Episode.5 デートを賭けたカードバトル!

第9話 デートしたいから、やっちゃいました…

「デートしましょう!」

「はぇ?」


 いきなりのお誘いに目を白黒させたヒロマルは思わず間抜けな声を出してしまった。


「ヒロマル、恋夢ちゃんはハエじゃねえぞ。失礼なことを言うな」

「わ、分かってるよ。いきなりだったからイミフな声が勝手に出ただけで……」


 放課後、B組の教室に恋夢が毎日現れていた。

 緑ヶ丘高の中で彼女だけがフェリス女学院高校の制服を着ている。嫌でも目立つ上に、そもそも「幻の恋懸け姫」として知られた美少女アイドル『奈月れむん』である。来るたび恋夢は校内中の衆目を集めていた。勇を鼓した男子から声を掛けられたりラブレターを渡されたりすることもあったが丁寧に謝られ、断られていた。


「そんなことより恋夢、フェリス女学院からここまで毎日来るのって大変じゃないか?」

「ああ、それはノープロブレムです」


 恋夢はフンスと胸を張った。


「実は昨日、ママに電動自転車を買ってもらったんです。ここからフェリス女学院へブッ飛ばせば午後の始業時間にも間に合いそうだから明日から昼休みだって毎日来れますよ!」

「そ、そうか……」


 教室の中で恋人同士語らうのがずっと夢だったらしく、恋夢は瞳をキラキラさせて「明日からはお互いの学校の出来事を……」と言いかけたが、ハッと気が付くや「ヒロマルくん、さっきの『そんなことより』って何ですか!」と向き直った。


「アッハイ、ゴメンなさい……」

「恋夢はヒロマルくんが大好きだから許しますけど、そんなことなんて軽く言わないで下さい。ヒロマルくんとのファーストデートは恋夢にとって国家的イベントです!」

「ス、スケール巨大過ぎないか?」

「まだ小さい方です。付き合い始めたカップルが始めることってまずは連絡先の交換です。続いて一緒の登下校! そしてファーストデート! さぁ、どんどんステップアップしていきますよ」

「待て待て」


 身を乗り出して迫ってくる恋夢をヒロマルは「とりあえず落ち着け」と、向かいの席に座らせる。


「そもそもお試しで付き合い始めたけどな、その前に七年ぶりに会えたんだ。話したいことならいっぱいある。恋夢の話も聞きたいしな」

「はい」

「照れくさいけど、こうやって恋夢が会いに来てくれるだけで嬉しくてなぁ。毎日が楽しくて、黙ってても顔がニヤけちまって最近困ったもんだ」

「それは……恋夢もそうです」


 二人は顔を見合わせて微笑みあった。そうしているとまるで相思相愛の恋人同士のように見えたが……


「LIMEでやり取りして、たまに電話とか、こうやって顔を合わせて話が出来ればもうそれだけで充分だよ。毎日デートしてるみたいなもんだ」

「……」

「恋人同士ってこんな幸せを毎日堪能してるのか。ちくしょう、いいなぁ……」


 恋夢はムゥゥと膨れた表情で「いいなぁって何、他人事みたいに言ってるんですか!」と再び立ち上がる。


「ヒロマルくんと恋夢は恋人同士なんです。幾らでもワガママ言っていいんですよ。手をつなごうとか、一緒に写メ撮ろうとか」

「……」

「キスしたいとか、だ、抱きしめたいとか……え、えっち、し、し……」


 傍で聞き耳を立てていた男子が思わずゴクリとのどを鳴らし、涼美ヶ原瑠璃がソイツの頭をベシッと引っ叩いた。冬村蜜架が「恋夢ちゃん落ち着いて! クールダウン!」と、真っ赤になった恋夢を座らせる。


「えーと、と、とりあえずはですね、一緒に映画に行こうとか、海を見たいとか」

「お、おう……」

「だから恋夢もデートしたいって言ってるんです」

「そんな訳にはいかないよ。デートは本物の彼氏が出来た時に……」

「ヒロマルくんが恋夢の彼氏です!」

「いや、恋夢にはいつか本当の恋をする時が来るって。こんなガサツで情けない、なんちゃって彼氏じゃなくて、イケメンで優しくてどんなワガママも笑顔で受け入れてくれる王子様がある日、風のように現れて恋夢をさらってゆくんだよ……」

「どんなイケメンが来ても、恋夢はヒロマルくん以外ゴメンです!」


 話の噛み合わない二人を前に涼美ヶ原瑠璃と冬村蜜架が口を挟みかけたが、恋夢は目顔で止めた。クラスメイト達の圧を利用して躊躇するヒロマルをまた押し切れば、本気で嫌われかねない。

 だが……


(このままじゃ埒があかない)


 なにか、ヒロマルを決心させるいい手は……俯いて考え込んだ恋夢は、釣書に書かれた彼の趣味を思い出して顔を上げた。


「そういえばヒロマルくん……カードゲーム得意でしたね」

「うん、『レコード・ストライカー』のことか?」


 ふっとキザに髪を掻き上げたヒロマルは、内ポケットに入れたホルダーから扇状にカードを広げて見せた。


「自慢じゃないが、これでも『緑ヶ丘高校のストライカー四天王』と言われてる」


 ちなみに四天王なんて偉そうに言ってるが、そもそも緑ヶ丘高校にこのカードゲーム『レコード・ストライカー』を愛好している者はヒロマルを入れて四人しかいない。


「ヒロマルくん、すごーい!」

「まぁな。カードゲームバトルの世界は惚れた腫れたの恋愛なんかと違って、勝つか負けるか非情の世界だ。オレは、その容赦ない戦いをくぐり抜け、いつしかこう呼ばれるようになった。『慈悲なき墓場荒らし』とな……」


 しげしげとカードを眺めて感心する恋夢に向かってヒロマルは得意げに鼻をうごめかせた。

 だが、呼ばれるようになっただのと言っているが呼んでいるのは彼自身、つまり『慈悲なき墓場荒らし』はただの自称である。

 そして……ヒロマルの言葉を聞いた恋夢はどうしたことか、「ふふっ」と肩を震わせた。


「『慈悲なき墓場荒らし』ですって。笑わせてくれますね」

「れ、恋夢?」

「ヒロマルくん。恋夢のもうひとつの顔をそろそろ教えてあげます」

「もうひとつの……顔?」

「二つ名を持つのはヒロマルくんだけじゃないのです。フェリス女学院の全てのカードゲーマーを震え上がらせた恋夢の呼び名。その名も『地獄の魔獣をもてあそぶ闇姫』……」

「な、何ぃぃぃ? まさかお前も『レコード・ストライカー』を……」

「はい」


 可憐な顔で頷くと一転、恋夢は顎を上げて格上ゲーマーのようにヒロマルを見下ろして薄ら笑いを浮べた。周囲のクラスメイト達は別人のように豹変した彼女を驚きの目で見つめている。


「ただでデートしてくれないだろうなって、実は最初から思ってました。好きであればこそ、やっぱり幸せは戦って勝ち取らなきゃいけないんですね」

「恋夢、お前何を言っているんだ?」


 驚愕するヒロマルへ向かって恋夢はビシッと指を突きつけた。


「ヒロマルくん……恋夢はヒロマルくんに決闘を申し込みます!」

「な、なんだってぇぇぇー!?」

「カードを揃えたり戦術を練る時間も必要でしょう。勝負は一週間後の放課後、ここで!」

「いや、突然そんなこと言われても……」

「あらぁ? 慈悲なき墓場荒らしと恐れられた方が闇姫の名を聞いて怖じ気づきましたか」

「な、な、なんだとぉぉぉ!」


 含み笑いで「尻尾を巻いて逃げてもいいんですよ。そんなことぐらいでヒロマルくんのことが好きな恋夢の気持ちは微塵も揺るぎませんから」と恋夢はうそぶいたが煽っているようにしか見えない。

 ここまでくるともはや売り言葉に買い言葉。ヒロマルは「よし! そこまで言うんなら恋夢の挑戦、受けてやろうじゃないか!」と吠えたけた。

 周囲のクラスメイト達は突然決まったカードバトルの果し合いに「おおーっ!」と、どよめく。


「勝負は恨みっこなしの一度きり。禁止カードとかの制限は一切なしだ!」

「わかりました。じゃあ、恋夢が勝ったらデートして下さいね」

「ああ。その代わり負けたら……そうだな、お試し期間終了ってことにするか」


 負ければ仮初めの恋人関係が終わる。一瞬青ざめた恋夢は「い、いいですとも」と健気にうなずいた。


「心配すんな。彼女じゃなくなっても恋夢はずっとオレの妹だから」

「心配なんかしてません。ヒロマルくんこそ覚悟しておいて下さい。デートで歩くときはずっと恋人繋ぎ、カフェでジュースを飲むときはカップひとつにストロー二本差しですからね」

「お、おう」


 「こちらもカードバトルは久しぶりだし、リハビリしときますんで」と、立ち上がった恋夢はヒロマルがどんなカードを揃えて戦いを挑んでこようが一蹴してやると言わんばかり。余裕しゃくしゃくと云った態度で肩をすくめ、颯爽とB組の教室を後にした。


「冬村さん、すずみん。ちょっと顔を貸してくれませんか?」


 相談があると促され、涼美ヶ原瑠璃と冬村蜜架はうなずくと彼女の後を追う。背後からヒロマルが己の勝利を予告した。


「一週間後だ。恋夢、悪いがお前のデッキなんざ完膚なきまでに叩きのめしてやるからな!」

「ふん、恋夢は楽しみにしています。それが出来るものならね」



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「ええっ!? 恋夢ちゃん、『レコード・ストライカー』やったことないのぉぉぉ!?」

「は、はい……」

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