Episode.4 クラス中が懇願!彼女とつきあって!

第7話 再会の歓喜、そして大団円と思いきや……

「あやまれ! れむんちゃんに手を突いてあやまれ!」


 教室中に非難の怒号がこだまする。

 ヒロマルは、目の前の美少女の正体が分からないので彼等が怒鳴る原因が理解出来るはずもない。ただただポカンと突っ立ち、されるがままド突かれたり揉みくちゃにされた。


「そ、そんなこと言ったって、オレ本当にこの人知らねえもん」

「ヒロマル! てて、てめぇぇぇブッコロしてやるしー!」


 激昂して飛び掛かろうとする涼美ヶ原瑠璃を「瑠璃ちゃん待って!」と、砂原優理が後ろから必死に抑えている。


「離せユーリィ! コイツ、ブン殴ってやらねぇと気が済まねえし! れむんが今までどんな思いで運命の赤い糸を探していたかも知らねえで!」

「そうだ! 涼美ヶ原の言う通りだァァ!」

「ヒロマルを高く吊るせー!」


 涼美ヶ原瑠璃と同じ奈月れむんの推し達から賛同の叫びが上がる。担任のめぐ姉といえば「乱闘は……乱闘だけは……!」と半泣きで哀願していた。

 今にもヒロマルに向かって鉄拳が飛びそうな空気の中、ユウジが「フリーズ、いったん全員フリーズ!」と飛び出した。


「涼美ヶ原、殴る前に聞いてくれ。ヒロマルがれむんちゃんの事情を知っててそんな奴知らねえとかホザいてたら、お前はれむんちゃんの推しとしてコイツを撲殺する権利がある。そん時ゃ、オレもお前らと一緒に血祭りに上げてやる!」

「おぉ! よく言ったぞ、菅田ぁ!」

「ヒャッハー! 血祭り血祭りぃぃ!」

「お前ら落ち着けってば。だけど、ヒロマルはそんな奴じゃない。『オレは顔で振られても女の子を顔で振る最低男にはならない』と言い切った奴だ。男の筋がちゃんと一本通ってる。コイツはアイドルに興味がなくて、れむんちゃんのことを本当に知らないだけだ。そうだろ? ヒロマル」


 この間は親友を学級裁判へ売り渡した軽佻浮薄なユウジが先日の罪滅ぼしのつもりか真面目に親友の為人を説き、弁護している。問われたヒロマルは衆人環視の中、顔面蒼白で「そ、その通りです」と頷いた。


「オレ……アイドルなんてどんなに応援しても自分なんかじゃ絶対手が届かない世界の人だと思ってて、興味を持たないようにしてたから……今は推すのにも金が掛かるっていうし」


 震え声で釈明したヒロマルが「本当に知らねえんだけど、なんかゴメンな」と頭を下げたので、怒号は静まった。「そうだったのか……」と、肩を落とした涼美ヶ原瑠璃も自分の早とちりを悟って頭を下げる。


「ヒロっちゴメンな。あーし、れむんをバカにしたのかと思ってカッとなっちまって……」


 修羅場になりそうだった空気はヒロマルと瑠璃が互いに謝ったことでひとまず治まったが、何となく気まずい沈黙が流れた。奈月れむんは、さっきから俯いたまま黙っている。

 その場を取りなそうとヒロマルが「それで……この人はどんな人?」とユウジへ尋ねた。彼女も「お願いします」というような眼差しをユウジへと向ける。


「『幻の恋懸け姫』、奈月れむん。日本中の高校男子が今一番彼女にしたい女の子と言われてる、元・売れっ子アイドルだ。探し人がいて、その人を見つけるためにアイドルになったけど、ステージの上から見つけてもらうより自分自身で探したいと言って、人気がうなぎ上りだったのにたった半年くらいで卒業してしまった。」


 本人を目の前に、ユウジが緊張した声で解説する。


「そして探していた人がオレってこと? で、でも何でオレを……」

「ヒロっち、本当に見覚えない? 彼女をよーく見てみるし……」


 涼美ヶ原瑠璃に言われ、首を傾げて覗き込むと、奈月れむんは今にもこぼれそうなほど涙の溜まった瞳でニコッと笑った。


「!」


 泣き笑いの、そのはかなげな表情に、ヒロマルは見覚えがあった。

 それはもう何年も前の遠い日に離れ離れになった……


「あのさ、もしかして……」

「……!」

「お前、恋夢れんむ?」

「は、はい!」


 初めて少女は口を開いた。うわずった、だが鈴を転がすような声にもやはり聞き覚えがあった。


「え、ええ? ええええええええっ!?」

「ヒロマルくん、やっぱり覚えてくれてたんですね! はいっ、恋夢です!」


 泣き笑いの顔がパアッと歓喜に輝き、彼女はそのままヒロマルに抱きついた。再会の抱擁にクラス中から「キャーッ!」という黄色い叫び声や「おぉぉぉ!」と、どよめきが上がる。

 だがそれすら眼中になく、ヒロマルは「恋夢だ! 本物の恋夢だ!」と歓喜して手を取り、恋夢も「ヒロマルくん、会いたかったです!」と叫ぶ。二人は手を取り合って喜びのまま、ひとくさり踊り回った。


「信じられねえ、本当に本物の恋夢だ!」

「はい、正真正銘の恋夢です!」

「離れてもうどれくらい……七年振りになるのか」

「会いたかったです! ずっとずっと会いたかった……」


 冬村蜜架が「ヒロマルくん、さすがにビックリしたでしょ?」と笑うと、ヒロマルは「そうか、お前らがこの間から色々やってたのはそういうことだったのか!」と、手を振った。


「恋夢は小学校の頃からのオレの幼馴染なんだ。七年前に互いに引っ越しで離れ離れになっちまって……それがこんなところで再会出来るとは思わなかったよ」

「よかったね、ヒロマルくん!」

「ああ、このあいだ学級裁判を始めた時は、お前ら全員許さねえって思ってたけど、まさか恋夢を連れてくるとはなぁ! よくわかんねーけど本当感謝だ、ありがとう!」

「どういたしまして」


 さっきまで殺伐としていた教室はようやく和やかな雰囲気に包まれ、クラスメイト達の笑顔が再会した二人の周りを取り巻いた。


「れむんちゃん、やっぱり本名じゃなかったんだ」

「はい、本当の名前は春瀬戸恋夢はるせと れんむ。恋の夢と書きます」

「素敵な名前! でもいいの? 教えても」

「いいんです。アイドルはもう卒業したし、みんなヒロマルくんの友達なんでしょう?」

「友達? 学級裁判でオレを吊るし上げた連中を友達と言っていいものか……」


 ヒロマルが腕組みしてうそぶいたので、慌てたクラスメイト達から「何言ってんだ、オレ達友達だろヒロマル!」だの「さっき感謝してるって言ったじゃない!」と、何を今さらな声があがる。ヒロマルは目を細めて薄笑いを浮かべ、彼等の浅ましい言い訳を心ゆくまで堪能した。


「でも、ヒロマルくんにいつか見つけてもらえるようにって一心で恋夢はアイドルになったのに……」

「スマン……アイドルなんてファンから金を搾取する恐ろしい存在って思ってて、TVとかネットで見掛けてもスルーしてたんだ」

「じゃあ恋夢のアイドル活動って一体……」


 見つけるどころかスルーしていたと云うヒロマル、自分の努力が徒労だったと知った恋夢は互いに言葉を失い、がっくり肩を落とした。アニメならさしずめ「ごーん」と鐘の音みたいな擬音が入るところだろう。

 まぁまぁ、と見かねたクラスメイトが笑顔で割って入る。


「でも恋夢ちゃん良かったじゃない。ずっと探していたヒロマルくんとこうやって会えたんだから!」

「はい!」

「でもなんで二人は疎遠になってしまってたの?」


 ヒロマルは恋夢をチラッと見てうなずいた。


「恋夢が………その、事情があって引っ越して、その後ウチも引っ越したんだ。急なことでお別れも言えなかった。すっかり離れ離れになっちまった後で、今頃どうしてるだろう、元気だろうかって時々思い出しては胸が痛くてな……」


 どんな事情かはさりげなく言葉を濁し、彼は少し陰のある笑みを浮かべた。


「それにしても、いつもオレの後ろでみーみー泣いてたあの小さな恋夢が、こんな綺麗になって……」

「恋夢はヒロマルくんのために、一生懸命綺麗になったんです」


 両頬に手を当てて照れる恋夢とそんな彼女の姿に目を細めるヒロマルを見て、クラスメイト達は微笑んで頷き合った。

 恋愛格差を巡る不毛な大騒ぎがこれでようやく収束する。乱闘騒ぎまで起こし「恋愛に縁無き者に救いはない」と断じた男にだって、こうしていつか恋の巡る時は来るのだと……そんな結末で皆が納得し、話が終わる。

 誰もがそう思い、笑顔になったが……


「いやぁ、それにしてもみんな人が悪いな! こんなドッキリを仕掛けてオレの妹を連れて来るなんてよ」

「い、妹……?」


 ヒロマルは気づかなかったが、二人の再会に共に歓喜し感激を分ちあっていたクラスメイト達の笑顔が「は?」と固まった。

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