第6話 フーアーユー(お前は誰だ)?

「学級裁判第二審を開廷いたします」


 木槌で教卓をコンコンと叩いた裁判長の冬村蜜架が宣言する。

 ヒロマルはふて腐れた顔をしながら「何とかしてまた、この窮地を凌ぐ方法を……」と、頭を巡らせた。


(前回同様、自分と同じモテない仲間を煽ってまた乱闘騒ぎを起こせないかな……)


 だが今回は微妙そうだった。不満がありそうな顔やバツが悪そうな顔をしているクラスメイトがいない。みんな、彼氏彼女が出来たか紹介中なのだ。ヒロマルは舌打ちした。ドイツもコイツも牙を抜かれたオオカミ共め。


「では、まず口頭弁論を」


 裁判長の澄ました声に呼応して立ち上がったのは、前回で途中から訴状を読み上げた砂原優理だった。


「被告、小村崎博丸くんには彼女がいません。その辛い背景については第一審で被告自身の弁護により明らかにされており、裁判官、陪審員、検察官一同、深く同情するところであります。また、図らずも被告の心の傷を白日の下に晒してしまったことには、深く反省し謝罪するものであります。ヒロマルくん、この間はゴメンなさい」


 その言葉と併せてクラス一同が起立し、ヒロマルへ頭を下げた。


「いや、こうしてちゃんと謝ってくれたなら、もうそれでいいよ」

「ヒロマルくん、ありがとう」

「じゃあ裁判長、和解ということで結審に……」

「駄目! それはそれ、これはこれです」


 ヒロマルがアヒル口で「ケチーケチー」で一人ブーイングする中、優理は起訴状の朗読を再開する。


「被告の主張した恋愛格差問題については現在、クラスにおいて解消の取り組みが進められております。今日までに八組もの男女交際が成立しました! また、今後も独り身のクラスメイトへ紹介を進めていきます」

「……」

「しかし、一方で被告は交際カップルに対する嫉妬や憎悪を『正当な権利』だのと主張しています。これは看過出来ません!」

「だってそれは……」

「だても政宗もないでしょ! 私はヒロマルくんをいい友達だって思ってる。今日だってゴミ出しが重くて困ってたら手伝ってくれたじゃない。なのに彼氏がいるって理由で私をヤな奴だって思われるの、嫌だよ!」

「それは彼氏がいる幸せで穴埋めしてくれよ。妬まれるのは幸せに対する税金みたいなもんだと割り切って……」

「その考え方がおかしいのッ! だいたい税金ってどこに納付すんのよ!」


 そんな言い草があるかとヒロマルは周囲に視線を走らせたが、今回は自分に同調する声が上がらない。

 再びブスくれたヒロマルに向かって、今度は裁判長の蜜架が優しく説諭する。


「ヒロマルくん、彼女を作りましょう。第一審でユーリちゃんが言った言葉を覚えてますか? 人は誰もがいつか誰かと出逢い、恋をして結ばれる。人も社会もそうやって繋がってゆく。誰にだって運命の赤い糸は繋がっているのです。人によってそれは長かったり短かったりするけど、それでも……」

「違う……断じて違う!」

「は?」

「それは社会問題の現実を無視した理想論に過ぎん!」


 こうなったら理論展開でねじ伏せるしかない。

 ヒロマルは机の中から取り出した「現代社会」の教科書を開き、もっともらしく解説を始めた。


「生涯未婚率。言葉通り一生涯結婚しない人の割合を示す言葉だ。内閣府から発表されたデータによると一九九〇年からその割合はかなりのスピードで上昇し、男性で約二八%、女性で一八%弱という数値が出ている」

「だ、だから何だっていうのよ……」

「つまりだな、大雑把に言うと男性の三人に一人、女性の五人に一人が運命の赤い糸を見つけられないまま一生を終えているってことだ」

「む、むぅ」

「悲しい事実なんだけど『運命の赤い糸が誰かに必ず繋がっている』というのは、正しくないんだ」


 クラスメイト達の間から動揺のざわめきが起きる。教科書の記述を根拠にした説明だけに反論のしようがない。


「お判りいただけただろうか。恋愛格差とは、詰まるところ社会に深く根差した問題なんだ」

「言われてみれば……」

「被告はオレというより、この社会全体と考えるべきではないだろうか。モテないから人生を諦めたオレのような人々に救いの手を今まで差し伸べようとしなかった冷たい社会にこそ責任があると思わないか? それが今の日本社会に少子高齢化を招いたのではないだろうか」

「ウーム……た、確かに」

「モテない奴から妬まれて、それが原因でクラスが揉めた……元凶はオレではなく、生涯未婚率というこの深刻な社会問題なんだ。こいつがこの世にある限り、B組に平和は訪れない!」


 ここまで来ると被告が自己弁護しているというより、もはや国会で演説をぶってる政治家のようだった。感銘を受けたクラスメイト達から思わず拍手が起きる。裁判長の冬村蜜架は、まるで渋柿でも食べたよう顔で苦り切っていた。


「政府でさえ、いまだ解決の糸口が掴めないと言われているんだ。こんなところでオレを吊るし上げたり、逆ギレして乱闘なんかしている場合じゃない! ……では、我々が為すべきことは何か? 社会や政治に根差した問題に目を向け、それぞれの学識に研鑽を……」

「うるさぁぁぁぁぁぁーーーい!」


 イライラしながら聞いていた冬村蜜架がダンダンダン! と木槌を叩きつけてついにブチ切れてしまった。


「ウダウダウダウダ屁理屈こいてんじゃないわよ! こっちはちゃんとワビ入れた上で彼女を作れっちゅーとんじゃ!」

「さ、裁判長……」

「おんどりゃ黙って聞け! ヒロマルくんの『モテない奴に救いはない』『モテる奴イコール悪』って屁理屈のせいでクラスは崩壊しかけたの! この間は乱闘騒ぎまで起きちゃったし! 貴方自身がこれを改めてくれない限り、いつまた同じことが起きるか分からない。だから彼女を作れって言ってるの! いい? わかった?」


 突然中の人が入れ替わったように怒号する冬村蜜架に、ヒロマルは気圧されて言い返せなかった。


「ヒロマルくんには絶対彼女を作ってもらいます! これは二年B組の総意であり決定です! いいですね」

「そんなこと言われたって……そもそもアテだってないのに」

「じゃあアテさえあればいいってことだよね!」


 蜜架は目を輝かせた。やっと話が前に進む!


「実は……そんなヒロマルくんに彼女をと思って我々は先日、密かに緑ヶ丘の在校女子全員にオファーを出していたのです!」

「はぁぁぁ!?」


 何勝手なことを! と怒り出す前に蜜架は「ですが……」と、きまり悪そうに続けた。


「この緑ヶ丘高校にはヒロマルくんの彼女になっていいという女子は……実は、その、残念ながら一人もいませんでした」

「ええ……」


 ヒロマルは愕然となった。自分がモテないという自覚こそあったが、そもそも可能性など最初からなかったとは。


「彼女を作れと言われても、なってくれる人が誰もいないんじゃどうしようもないじゃん。一体、オレにどうしろと……」

「ハイ、用意しました!」


 悄然となったヒロマルに向かって蜜架が嬉しそうに叫ぶや、クラスメイト達が待ってましたとばかりに「おめでとー!」と沸き、一斉にクラッカーをパンパン、ラッパホーンをパフパフ鳴らした。


「それも、そこら辺にいる女の子ってどころの話じゃない。ヒロマルくん、あんたもう日本中から『しね!』とか『爆発しろ!』とか言われても仕方ないよ!」


 まるで当事者みたいに蜜架は興奮している。


「それくらい凄い人が……という訳で御入室下さい!」


 手を挙げて合図すると教室のドアが開けられ、一人の少女がおずおずと姿を現した。蜜架が「凄い人」と言うだけあって、教室の中へ入ってきただけで教室中のクラスメイト達が「おお……」と、どよめき、息を呑んだ。


「……」


 身長は百五十センチ足らず。小柄な顔に大きな瞳と桃色の唇、中学生くらいにも見える童顔だが、お嬢様学校で知られるフェリス女学院高校の制服を着ていた。青みがかったサラサラのショートボブヘアは右目だけ前髪で隠している。可憐で清楚な容姿の美少女だった。

 ヒロマルを見て彼女は「あっ……!」と声を漏らしたが、あらかじめ言い含められているらしく、まだ何も言おうとしない。

 ただ、期待と不安を湛えた左の瞳がじっとヒロマルの様子を伺っている。


「ヒロマルくん……ビックリしたでしょ。この人、な、奈月れむんだよ。そっくりさんじゃないよ、本当に本物だよ!」

「……」

「わ、私、心臓止まりそうなんだけど……」


 蜜架の声は震えていた。クラスメイト達も驚愕の眼差しで食い入るように来訪者の美少女アイドルを見つめている。彼女を推しにしている涼美ヶ原瑠璃に至っては口から泡を吹いて、半ば卒倒しかけていた。

 だが、当のヒロマルはというと驚いた様子も緊張した様子もなく、平然としていた。

 何故なら……


「ええと……この人、誰?」


 次の瞬間、クラス全員が吉本新喜劇よろしく「どえーー!」と、盛大にズッこけた。

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