Episode.3 やっぱり大荒れ!学級裁判第二審
第5話 法廷からの逃走をサッカー部GKがスーパーセーブ!
あれから……
クラス委員長の冬村蜜架や涼美ヶ原瑠璃が、また人を次々引き込んでコソコソと密談している様子を時折見かけたが、ヒロマルはさして気にしなかった。恋愛格差を巡るオレ達の恨みつらみがそう簡単に解決するものかとタカを括っていたのだ。
ところが……
日を経るにつれ、対立するクラスメイト達の姿は目に見えて減っていった。ギスギスした空気が和らぎ、そこかしこで仲直りする姿が散見されるようになったのだ。
同じ教室の中でいつまでも喧嘩している訳にもいかないので互いに歩み寄ったのだろうと思ったが、そればかりではなかった。彼氏彼女のいる者からいない相手へ恋人の友達をどしどし紹介していたのである。ここ数日、あちこちで続々とカップルが誕生していた。
毎日のようにあちこちで黄色い歓声が沸き、祝福の言葉が投げられている。
「くっそー、また裏切り者が出たのか……おのれー」
恋愛は諦めたと言い切っても、周囲でリア充が増えれば増えるほど同志が減り、疎外感が増してゆく。独り身には寂しさが堪えた。
彼はまだ一六歳。やはり異性の存在は恋しいのだ。
「ちぇっ、いいなぁ……」
ついポロリと本心が漏れ、彼は慌てて口を押さえて周囲を見回した。幸い、誰にも聞かれていない。しっかりしろとヒロマルは自分へ言い聞かせた。
オレは独りでも強く生きると誓ったのだ。あんな風に女の子を紹介してやると言われてすぐシッポを振る浅ましい生き方などしてはならん。憎しみの炎に嫉妬の薪をじゃんじゃんくべろ、燃やせ燃やせ、心を燃やせ!
一方、ヒロマルにとっては妙なこともあった。
クラスメイトの涼美ヶ原瑠璃が最近、やたらと絡んでくるのだ。彼女はさほど親交が深い仲ではないのだが、いきなり「ヒロマルぅ、あーし達は友達だよな! 親友だよな!」と馴れ馴れしく肩を組んできたかと思えば「これからに備えてお前、もっとシャンとするし!」と説教までしてくるのだから訳が分からない。
「何言ってんの。この間の中間試験、オレ、涼美ヶ原さんより順位は上だったけど」
「それは……」
うっと詰まった涼美ヶ原は突然「あーしなんかと比較するな! お前はもっとしっかりしなきゃいけねえんだ!」と逆ギレしたように喚いた。
「なんで?」
「よく聞け、それはだな!」
言いかけた涼美ヶ原の口を、飛んできた冬村蜜架が慌てて塞ぐ。
「瑠璃ちゃんったら何、絡み酒みたいなことやってんの。お酒は二十歳から! ヒロマルくんゴメンね。たぶん絶対なんでもないから! 瑠璃ちゃんは私が絞めとくから!」
「たぶん絶対?」
「オラッ酒なしヨッパライ、ちょっとこっちに来い!」
離れた場所まで引き摺った親友を「もぉ、瑠璃ちゃんったらダメじゃない!」と叱ったものの、当人ときたら「だってぇぇ、もう嬉しくて居ても立ってもいられねぇしー」と子供みたいに口を尖らせてヘラヘラしている。
全然反省していない親友の襟首をひっ掴んで「ガタガタ騒ぐんじゃねえッ」と凄んだ一方、チラリと向こうを伺った。ヒロマルは胡散臭そうにまだこちらを見ている。
(もうこれ以上グズグズしてられない。例の計画は明日決行しよう)
訝しむ彼を見て蜜架は決心した。
根回しは大体済んだ。準備も段取りもほぼ出来たことだし、明日でこのクラスの面倒な独り者に飛び切りの幸せな引導を渡してやる。
もともと口の軽い親友は、こんな調子で口を滑らかせる寸前だし、事が露見するのは時間の問題だ。もう一刻の猶予もならない。
明日だ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
翌日。
その日は朝から何かおかしかった。
ヒロマルがいつものように登校し教室へ入ると、クラスメイト達が一斉に自分に注目したのだ。
「お、おはよう……」
気圧されたように挨拶すると「おはよう」と返事こそ返ってくるものの、期待と興奮の込められた視線が無遠慮に向けられてくる。
もうこの時点で怪しい匂いがプンプンしてきた。「この間みたいな学級裁判はゴメンだぞ……」とヒロマルは思ったが、あの時とは明らかに何か違うようだった。
ふと見るとクラス委員長の冬村蜜架と涼美ヶ原瑠璃、それに親友のユウジまで加わって何やら真剣に打ち合わせしている。
彼等はヒロマルの視線に気がつくと、慌ててノートやスマホをしまい、引き攣ったような笑顔を作った。
「おはよう……」
「ヒロマルくん、おはよう!」
声が裏返っている。得体のしれない不安がヒロマルの胸をよぎった。ユウジはそそくさと自分の席へ戻りながら「がんばれよ!」と言わんばかりのサムズアップを送ってきた。何をがんばれというのだろう。
涼美ヶ原瑠璃に至ってはニヤニヤしながらヒロマルに近づくと「んもうっ!」と腕を叩いて逃げて行った。
得体のしれない不安は「何かわからんが、また何か起きる」という確信に変わった。
だがヒロマルがそれを糺す前に、めぐ姉が「みんな、おはよう! 朝礼始めるわよ!」と教室に入ってきてしまった。
今日はいつものようにオドオドしておらず、元気いっぱいでひまわりのような笑顔を振りまいている。何故なら……
「昨日彼から電話があったの! 会いたいねって! いやんいやん、もうどうしましょう~」
顔はフニャフニャ、体はくねくね、生徒を前に完全に駄目駄目教師全開モードだった。
「めぐ姉、ノロケ話はいいからいいから授業始めてくれよ」
「やだぁ、ヒロマルくんったらノロケ話だなんてぇ~」
「あーもー授業はじまんねー」
ヒロマルはあきれたが、クラスメイト達といえば「春だわぇ」「恋の季節ねぇ」と皆、ニヤニヤしている。
そして、何故かヒロマルへもニヤニヤしている者が大勢いた。もうすぐお前もこうなると言わんばかりに……
「おいおい、春はとっくに過ぎたぞ。皆もしっかりしろよ。今度は模擬試験もあるだろ? 学生の本分は勉強だぞ」
だが、自分に向けられるニヤニヤは一向に収まる気配がない。
(これは絶対何かある)
(多分関わるとロクなことにならない何かがまた……)
ヒロマルは何も気づかぬ振りをして教科書を広げ一人で勉強を始めながら、決心した。
逃げよう。
授業が終わったら放課後ダッシュで速攻逃げよう。
こうして怪しい雰囲気のまま授業が終わり、昼休みを迎え、そして放課後がやって来た……
「……」
終業を告げる鐘の音が鳴るやいなや、ユウジが「ヒロマ……」と呼びかけたが、ヒロマルはそれに応えずカバンを抱えて「じゃあな!」と教室を飛び出した。
いや、飛び出そうとした。
「あ、ヒロマルくんが逃げる! だっ誰か!」
「オレに任せろ!」
扉の前に立ちはだかったのは緑ヶ丘高校サッカー部でGKを務めるクラスメイト、中林健三だった。両のコブシをパンと打ち付け、腕を大きく拡げる。
「中林、オレはボールじゃないぞ!」
「同じことだ! ボールも人もテストも恋も友情も、オレはすべてを受け止め切ってみせる! さぁ来い!」
ゴールキャッチというよりラグビーでタックルを掛けるように、走り抜けようとするヒロマルを彼は「とぅッ!」とダイビングキャッチした。
そのまま二人は絡み合ってゴロゴロと転がったが……ボールならぬヒロマルは扉の外には出られなかった。
「ナイスセーブ!」
クラス中から歓声が上がる。
「ふ……参ったな。お前の根性の入ったキャッチにはこの小村崎博丸……完敗だ」
立ち上がったヒロマルは、肩をすくめると右手を差し出した。
その手を取ると中林も「お前のシュートもなかなかのものだったぜ」と笑いかけた。
「次のサッカー県大会が楽しみだな。頑張れよ、中林」
「ありがとう、ヒロマル。よかったら試合観に来てくれよ」
「ああ。緑ヶ丘サッカー部守護神のスーパーキャッチ、もう一度見せてもらうぜ!」
「おう!」
ガッチリと二人は握手を交わした。
「みんな、次のサッカー県大会はB組みんなで応援しに行こうぜ!」
ヒロマルが呼び掛けると拍手が沸いた。クラスメイト達からも「中林、期待してるぞ!」「緑ヶ丘高校サッカー部に栄光あれー!」と、熱いエールが贈られる。
頬を紅潮させて「ありがとう」と応える中林の肩を笑顔でポンと叩き、ヒロマルはそのまま教室を後にしようとしたが……そうは問屋が卸さなかった。
時ならぬ友情の交歓に感動して目を潤ませていた冬村蜜架がハッと気づく。
「あっ、ヒロマルくん待ちなさいッ!」
再度ダッシュしかけたヒロマルは、慌てて飛びついたクラスメイト達によって、やっぱり確保されてしまった。
「なんだよ! せっかくの感動に水を差すんじゃねーよ!」
「それとこれとは話が別ですッ! ……ふぅ、ドラマチックな展開であやうく逃げられるところだったわ」
「何だよ、またオレの吊るし上げかよ! 中林ぃ」
「諦めろヒロマル。これから学級裁判のキックオフだ」
「誰が上手いこと言えと……」
再び机がガタガタと並べ替えられ、裁判席が設けられる。逃げ損なったヒロマルは、またもや子猫みたいに首根っこを掴まれて無理やり被告席に座らされることになった。
「チキショー、またコレかよ……」
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