第4話 幻の恋懸け姫と運命の赤い糸

「なんてことなの!」


 数日後。

 放課後の社会資料準備室で、冬村蜜架は再び頭を抱えていた。

 ちなみにここはいま、恋愛肯定派のアジトになっている。彼女の周囲では彼氏彼女のいるクラスメイト達、いわゆる「ヒロマルくん彼女対策委員会」の面々が青ざめた顔を並べていた。


「一人もいなかったって……本当なの?」

「そうなんだよ。ヒロマルくん彼女募集の釣書を作って緑ヶ丘高校の全女子へ極秘裏に当たった結果、『彼女になってもいい』と手を挙げた女子は……ただの一人もいなかった」

「でもヒロマルくんってそんな嫌われ者だったっけ? 顔だってそこそこイケメンじゃん」

「うん。彼、アンチ恋愛をコジらせてる割に人付き合いは良くて、好感を持ってる女子は結構いた。友達なら喜んでって奴は数人いたけど、みんなカノジョにはなれないと……なりたくないと……」

「……」

「ヒロマルくん……悪い人じゃないのになんかこう、恋愛の神様にだけソッポ向かれてるってカンジで気の毒だね……」


 一人の女子がため息をつく。


「どうしよう……」


 普段は能天気な涼美ヶ原瑠璃も「ううむ、マイッタ……」と、苦悩に満ちた顔で腕を組んだ。コイバナに目がない彼女はあれから張り切って知り合いや友達へ釣書を配って当たったのだが、こちらもすべて玉砕していたのだ。


「駄目だわ、クラスをまた一つにするなんて……私があんなバカなことしでかして亀裂を作っちゃったから!」


 両のコブシを机に叩きつけ、クラス委員長の冬村は「B組はもうおしまいだわ……」と、すすり泣いた。悲痛な光景である。クラスが団結を失い、皆の心がバラバラになった状態でこの先に待っている学校行事を一体どう乗り切っていけばいいのだろう……


 一同が途方に暮れた……まさにその時だった。


 涼美ヶ原瑠璃のスマホから出し抜けに『恋と勇気が世界を救う~♪』……有名なラブソングの着信音が鳴り出した。


「なんだよホズミン、例の合コンの話? 後にしろし! 今それどころじゃ……」と、面倒くさそうに電話を取った瑠璃だったが、相手が何やら叫んでいるのを聞いて突然「なんだと!」と、口調が変わった。


「い、いま何て言ったし!? おい、もう一度名前を言え!」


 真っ青な顔で瑠璃が叫ぶ。ヒロマル対策委員会のメンバー達は、いぶかしげに彼女を見上げた。


「知ってるも何も『幻の恋懸け姫』は、あーしの永遠推しだし! ラストコンサートの握手会で泣きながらハグしあったマブダチだし! で、でもそれ、マジのマジのマジかよ……」


 周囲から集まる視線など眼中になく、瑠璃は「ヒロマルが……そんなウソみたいな話、マジであんのかよ!」と叫ぶ。ヒロマルの名前が出たので一同は顔を見合わせあった。

 瑠璃といえば、電話で「本当か!」「信じられねえ……」を交互に何度も連呼している。


「瑠璃ちゃん、一体……」

「と、とりあえずあーしの電話番号とLIMEのIDを送っといて! あと、またサインくれって……」


 震え声で電話を切った瑠璃は「やべえ……超やべえし、オイ……」と呟くや、そのままぼう然となってしまった。

 蜜架が「瑠璃ちゃん、さっきの電話一体何だったのよ」と袖をつかんで揺さぶるが、まるで気付いていない。


「もしかして、ヒロマルくんの彼女になってもいいって名乗りを上げた人が?」

「なってもいいってもんじゃねえ! ミッカ……アイツ、とんでもねえ王子様だったし!」

「はぁぁ?」


 次の瞬間、涼美ヶ原瑠璃はソシャゲのガチャで超レアを引き当てたゲームオタのように吠えた!


「キタァァァー! 超キタァァァー!」

「瑠璃ちゃん、一体なんなの? ちゃんと教えてよ! 私、何が何だかサッパリわかんない!」

「奇跡だァァー! 恋懸け姫の運命の赤い糸、身近に転がってたァァァー! ウォォォーーッ!」


 電話の内容を教えろとしきりにせがむ蜜架をよそに、瑠璃は勝手に一人で吠え、一人で涙ぐみ、一人で感動している。傍目には彼女が気でも狂ったようにしか見えない。

 困惑している彼等の一人が「ん?」と、気づいて傍らの友人へ話しかけた。


「ノリコ、そういえばさっき涼美ヶ原さん『幻の恋懸け姫』って言ってたよね」

「幻の恋懸け姫って、『奈月なつきれむん』?」


 二人は顔を見合わせた。


「確か『想い人を見つける為にアイドルになった』けど引退しちゃったっていう……」


 奈月れむん。

 たった半年だけ活動した人気アイドルだが、彼女を今も推すファンは多い。

 恋愛を禁じられた国民的人気アイドルグループに対し、「行方不明の恋人を探す為に歌うアイドル」という触れ込みで彼女はデビューした。その話題性と可憐な容姿で同世代の少年たちから「日本でもっとも恋人にしたい少女」と言われるほど高い人気を博し、また一途に恋人を想う姿に同世代の少女達からも高い支持を得ていた。

 だが、「ステージの上から探すより、もう雑踏の中に分け入ってでも想い人を探したい」と、僅か半年足らずで彼女は芸能界から去ってしまった。そんな経緯から「幻の恋懸け姫」と呼ばれたが「一生掛かってもきっと想い人を見つけます」と涙ながらに告げたラストコンサートは伝説となった。

 引退後にも多数の熱心なファンが彼女の想い人捜索を支え、クラウドファンディングで探偵へ依頼したり「もしかしたらこの人では」という情報を寄せたりしている。


 その涼美ヶ原瑠璃が運命の赤い糸を見つけたと狂喜乱舞しているのだ。ようやく思い当たった二人は「まさか……」と真っ青になった。


「そんな話が本当にあるの? 都合の良すぎるラノベみたいなお話が……」

「でも瑠璃ちゃんのあの狂ったみたいなハシャぎよう……」


 彼らの向こうでは、瑠璃が蜜架の手を取って無理やり「いつかまた逢えるって予感、ただ信じて~♪ ラッセーラッセーラッセーラァァ~!」と歌いながら踊りだしている。


「恋と勇気が世界を救う~♪ ラブコメの神様どうもありがとう! ハイッ蜜架もリピートアフターミー!」

「だーかーらー、さっきから一体何の話か話せっちゅーとんじゃ! うりゃあ」



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



 震える手でそのヨレヨレになった釣書を取り、何度も見つめた。

 小さな紙切れに、情けない顔をした少年とプロフィールが掲載されている。


「【氏名】 小村崎 博丸(こむらさき ひろまる)

【生年月日】 二〇〇七年五月一五日、現一六歳

【学歴】 滝津山小学校、辻峰西部中学校卒業 現在、緑ヶ丘高校在学中

【身長】 五七メートル(一七八センチ)、【体重】 五五〇トン(五九キロ)

【趣味】 カードゲーム「レコード・ストライカー」(黒カード使用。自称「慈悲なき墓場荒らし」)、ソシャゲ「信長の大望」、読書(最近の愛読書は漫画「フランケンシュタインの女」ラノベ「異世界に転生したのにブラック企業の上司がノルマを達成しろと追いかけてきた」「仲良くしてよ小出さん!」)

【容貌】 見ようによってはイケメン

【人柄】 やたら説得力のある屁理屈を吐く陰キャだが、親切で困った人を見かけると必ず助けてくれる義侠心厚き漢。世のリア充を犯罪者のような目で見ており、将来は政治家となりリア充を迫害する圧政を敷くことを企んでいる。


【お願い】リア充=悪という彼の持論を支持する非リア充軍、反発するリア充軍で先日、二年B組で乱闘事件が起きました。そんな彼ですが、一方で人づき合いも良く皆から好感を持たれており、嫌いにもなれないという困った奴です。笑うと結構カワイイぞ。彼氏としてなかなかの優良物件、オススメです。今回、彼女を超絶大募集、先着一名様! 連絡はこちらまで……」


 間違いなかった。小学校の名前、名前は「ヒロ兄」と呼んでいた記憶にも符合する。何より、どこか寂しそうにも見える懐かしい表情。見ようによってはイケメンなどと書いてあったが、世界中のどんなイケメンより愛しい顔だった。

 見ているだけで想いがいっぱい溢れた。釣書の顔の上に涙の粒が落ちて滲み、慌てて拭き取った。摘まんだ紙片をそっと胸に抱く。

 今すぐ会いたい。


「見つけた。やっと、やっと見つけました! 大好きだった人。今もずっとずっと大好き……ヒロマルくん……」

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