Episode.2 学級崩壊の危機!ヒロマルに彼女を

第3話 クラス崩壊の危機!なんとかしなくては…

 翌日。

 いつものように登校したヒロマルが教室に入ると、乱闘で散らかっていた各自のイスや机はきちんと元に戻されていた。

 教室の中は一応、平穏こそ保ってはいたが……昨日のダイナマイトなバトルロイヤルの傷痕がクラスメイト達に痛々しく刻まれていた。


「ヒロマル、おはよ……」

「おはよう」

「ヒロマルくん、昨日はお疲れ……」

「砂原さんもお疲れ……」


 ヒロマル以外で負傷していない者など誰もいなかった。誰も彼も大なり小なり負傷している。絆創膏を貼った者や腕を三角巾で吊った者、中には松葉杖を突いている者までいる。クラス中がボロボロで、みなゲッソリと意気消沈していた。

 そればかりではなかった。そこかしこで昨日までは友達だった者同士が距離を取り、冷たい視線をぶつけ合っている。言うまでもなく、彼氏彼女がいる者といない者が正面切って対立するようになったのである。

 亀裂の発端となったヒロマルへ何か言いたげな様子を見せる者もいたが、言ったところで昨日の話を蒸し返して乱闘が再燃するだけである。彼等は何も言えず、ため息をつきつき引き下がるしかなかった。

 さすがに、裁判を開いたクラス委員長の冬村蜜架はヒロマルの前で「昨日はゴメンなさい」と殊勝に頭を下げたが、その彼女も頭に包帯を痛々しく巻いていた。


「冬村さん、大丈夫?」

「ええ、後頭部を誰かにブン殴られちゃって。いたた……」


 自分を吊るし上げようとした発起人とはいえ、こんな有様ではさすがに責める気になれない。ヒロマルは「昨日のことならもういいよ。お大事に……」と気遣った。

 と、そこへ比較的軽傷の親友が、こちらは昨日のことなど忘れたような笑顔でやって来た。


「いよぅ、ヒロマル! 今日もいい天気だなぁ」

「何がいい天気だこのノーテンキ野郎! てめぇオレを売っておいてよくもぬけぬけと……」


 ヒロマルは親友の胸ぐらをつかみ、「昨日の裁判は一体どういうことだ! ええ、おい!」と、ギリギリ締め上げた。


「ぐえ! わがっだ……離ぜ、話ずがら離ぜ……じぬ………」

「離さん、絞め殺される前にすべて白状しろ! 白状してから死ね!」


 次第に顔が紫色になってゆくユウジを見かね、彼の取り巻きらしい少女が「やめて! ユウジくん、話す前に死んじゃう!」とヒロマルの腕に取りついた。


「げほっごほっ、ヒ、ヒロマル、てめーオレをコロす気か! シんじゃうだろっ!」

「ふん、命拾いしたな。せいぜい彼女に感謝しろ」


 自分の席にどっかと腰掛けたヒロマルは足を組んで顎を上げると「さぁ、話してもらおうか」と促す。ユウジはしぶしぶ事情を説明始めた。


「お前、ここでオレと雑談してた時に『モテない奴に救いはない、リア充を憎むしかない』『リア充死すべし!』とかよく言ってじゃん?」

「ああ」

「実は、クラスの皆はそれをよく盗み聞きしていてな。お前の知らないところで『その通りだ』『よくぞ言った』と肯定する派、『極論すぎ』『所詮、モテない奴の僻み』と否定する派に分かれてケンケンガクガクやってたんだ」

「そんなことやってたのか」


 ヒロマルは目を丸くした。


「言い合いで友ヤメに発展したり激論の末ケンカになったりして、今やクラスはまっぷたつだ。お互いどこかで妥協出来ないかと話し合いもしたんだが……結局ダメだった」

「……やはりそうか。そうだろうな」

「納得するなよ! まぁ、そんな訳でゴウを煮やした否定派の冬村さん達が、お前からの発言取り消しと謝罪で解決しようと学級裁判を強行した訳だ」


 ヒロマルはようやく合点がいった。自分の発言についてあれだけ執拗に責められたのはそういう訳だったのか。


「だがお前の不幸な過去を聞いた肯定派が激発、裁判は結局ルール無用のバトルロイヤルになっちまって……見ろよ、教室中お通夜みたいじゃん。どーすんだよ。あとめぐ姉、さっき職員室で教頭先生にメチャクチャ怒られてたぞ」

「あちゃー」


 美人だがいつも気弱な笑顔でおどおどしてばかりの担任を思い浮かべ、さすがのヒロマルも気の毒に思った。

 だが、少なくとも彼女が叱られる原因は自分ではない。


「でも昨日のお前の話はヒドかったな。さすがにありゃあないぜって思ったよ。でもさヒロマル、リア充を妬んだところで何にもならないぜ。でな……」


 ユウジが横目でチラッと見ると、向こうの席で固まっていた何人かの女子が真剣な面持ちでうなずいた。


「お前にはやっぱり彼女がいた方がいい。オレに任せろ、取り巻きの女の子達も協力してくれるって言うし、誰か連れてきてやる」

「いや、遠慮しとくよ」


 ドンと胸を叩いたユウジはヒロマルにアッサリ謝絶されてガクッとなった。向こうでは女子達が「えー!」と声を上げている。


「な、なんで?」

「いや、昨日の裁判といい、彼女なんて本当にもう懲り懲りだ。気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」

「そんなこと言うなよ。中学の頃はあれだけ彼女が欲しかったんだろ? 今だって欲しいだろ?」

「これ以上ロクでもない目に遭うのはもうゴメンだ。それよりも、オレはリア充どもへの恨みつらみを世に広く知らしめていきたいと思ってるんだ。最終的には政治家になって、リア充どもへ重税を課して日本の財政問題を解決するとこまで行きたいな」

「お、お前は権力を持っちゃいかーん! モテない怨みを煽って社会を混乱させるような悪の企みはやめろ、やめて差し上げろ! それより彼女を作ろうぜ、な?」

「うるせーなー、学生の本分は勉強だぜ。ホレたハレたばっかりいつまでも騒いでどーする。中間試験ももうすぐだぞ」

「うっ、試験のことはすっかり忘れてた……」


 ほどなく職員室から戻ってきた担任のめぐ姉が朝礼を始めた。職員室でさんざん油を搾られたらしく、彼女はまるで生きる屍のようになっていた。


「皆さん、放課後に乱闘は止めて下さいね。そういうのはゲームの中でやって下さい。さっき教頭先生から『咲良先生、教師に向いてないんじゃないの』とか言われちゃった……彼氏からは相変わらずメールも電話も来ないし……ううっ、教師生活大ピンチの私をこれ以上イジメないで……」


 半泣きで説教するめぐ姉は傍目にあまりにも不憫で、「彼氏から連絡が来ないのは関係ないだろ」とツッコむ者は誰もいなかった。

 現代文の授業が始まった。昨日は阿鼻叫喚の修羅場と化した教室も、声涙ともに下るめぐ姉の講義に今日はさすがに寂として声もなし。


「まずい……」


 昼休み。生気のないクラスメイト達がボソボソとお弁当を食べる様子を見てクラス委員長の冬村蜜架がポツリと漏らした。


「ミッカ、そんな激マズの弁当作ったし?」


 聞きつけた涼美ヶ原瑠璃が言うと、蜜架はやにわにフォークで自分の弁当から卵焼きを突き刺して彼女の口へ突っ込んだ。


「お、うめえし!」

「そうでしょう。マズいって言ったのは今のクラスの状態のことよ!」

「ああ、そーゆーことだし……確かになぁ」


 昨日のお昼はクラスメイト達が和気あいあいとお弁当を広げていたのに、見回すと今日は殺伐としていた。談笑しながら食べている者は誰もいない。中には孤立してボッチ飯している者もいる。


「こんなことになってしまうとは……困ったわね」

「あーしもダチのミッチからハブられちまったしー。『あたいのことホントはキョロ充って思ってたんでしょ!』とか勝手に暴発しちゃってさぁ」

「今まで水面下で淀んでいた彼氏彼女いない組の嫉妬や憤懣がヒロマルくんのあの激情に触発され、一気に噴き出してしまったんだわ」

「……」


 事態は深刻だった。このままではB組はクラス崩壊まっしぐらである。こんな状態で体育祭や文化祭など迎えようものなら……


「マジヤバじゃん! ミッカも次のクラス委員選挙、再選どころじゃねーし」

「うひぃぃぃん! 瑠璃ちゃんどうしよう」


 情けない声で縋りついた涙目のクラス委員長を涼美ヶ原は「落ちつけー!」と一喝したが、かといって何か妙案がある訳でもない。何とか丸く収める手はないか考えつくことといったら……


「ここはやっぱ、ヒロっちに彼女を作ってもらうしかねーしー」

「私も同意見よ。『みんな、妬んだりするヒマがあったらこんな風にカレカノ作ってヒロマルくんみたいに幸せになろう!』って落としどころに持っていけば皆、納得すると思うの」

「でもさっき聞いてたらさアイツ、彼女作るつもりはもうないとか言ってたし」

「それじゃクラスの亀裂はいつまで経っても埋まらないわよ! なんかこう、『モテない派のシンボル的なヒロマルくんを全員でハッピーにしよう』って流れでクラスの団結を……」

「なーるほど……」


 二人はうなずき合うと、近くにいた友人達を招き寄せる。

 こうして、自分の知らないところでしょうこりもなく陰謀が再び企まれ始めたことなど、ヒロマルは知る由もなく……


「でもさユウジ、お前が女の子とイチャついてるのを見てるとやっぱムカつくからオレ、スマホ彼女作ったんだよ」

「スマホ彼女?」

「ホラ、このアプリ。性格や外見も全部自分好みでカスタマイズ出来る。学習能力でリアクションは無数に変化するんだ。スネたり甘えたり……かわいいなぁ。フラレることもないし。へへへ……」

「ヒロマル、お前……」

「名前はリリカって言うんだ、バーチャル彼女。AIがボッチの救いになるとはホントいい時代になったもんだ。あ、ちなみにこれ、女の子用のイケメンAI彼氏もあってさ……」

「……」


 現実逃避としか思えない仮想恋人の話を聞き、周囲にいた彼氏彼女のいないクラスメイト達が「オレもやってみよう……」「私も……」とスマホを取り出す。

 その様子を遠目に見た冬村蜜架は、ますます頭が痛くなってきた。彼のロクでもない言動に周囲が影響され、クラスの空気が混沌とした暗黒方面へ進んでゆく。


「い、いかん。このままじゃクラスの半数が二次元に旅立ってしまう……なんとかしなくては」


 しかし……

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