第2話 リア充vs非リア充!怒号狂乱バトルロイヤル
被告の怒号に裁判長のはずの冬村が「は、はい……」と縮こまる。
「世の中にはたくさんの女性がいる。だからいつか出逢いが巡ってくる。こんな自分にだって、そばにいてくれる女の子の一人くらいは……そう考えていた時期がオレにもありました」
ちょっと照れ笑いしたヒロマルは「だが」と一転、厳しい顔でクラスメイトの名前を挙げた。
「鈴木、新田、大園」
呼ばれた三人はギクッとなって「な、なんだよ、ヒロマル……」と口を尖らせた。
「お前ら覚えてるか? オレら中坊のとき、よく『うおー彼女欲しいー』『どっかにいねぇかなー』『女の子と手を繋いで歩きてぇ』『チューしてぇ』『おっぱい揉みてぇ』とかよく言ってたよな」
「あ、ああ……」
懐かしそうな表情で「あー言ってた言ってた」「認めたくないものだな、若さゆえの過ちってものは、タハハ……」「こっ恥ずかしいな」と苦笑した三人だったが、その笑顔は明らかに作りものだった。どの笑顔も恐怖に引きつり、強張っていた。
「そんときに『彼女が欲しかったら行動あるのみ! 待ってるだけじゃ始まらねー!』って四人でユニットを作ったよなぁ。その名も『モテ隊』!」
クラスメイト達は思わず吹き出したが、当の三人は青ざめた。
「ひ、ヒロマル……」
「ネットで色々ググッって声の掛け方を勉強したり、美容室に行ってモテる髪型にしてくれってストレートに言って笑われたり、親にダダ捏ねて高いブランド服買ったり、クラスの女の子に誰か紹介してくれって泣きついたり……いろいろやったよな」
三人はガタガタと震えだした。
「ヒ、ヒロマル。あの時は悪かったってオレ達思ってるんだ……」
「そんなに根に持つなよ。昔の話だろ、な?」
「頼むからそんな顔しないでくれよ……オレ達、友達だろ?」
「ほう、今頃になってよくもそんなセリフがホザけたものだ。それでお前ら、オレを糾弾するその裁判席にヌケヌケと座っている訳か。いいご身分だなぁ。あ?」
「……」
「鈴木くん、新田くん、大園くん、一体どうしたの? その『モテ隊』とやらに、一体何があったの?」
クラスメイト達に聞かれたが三人は顔面蒼白のまま黙りこみ何も言えない。代わってヒロマルが静かに語り始める。
「結成して三ヶ月が経った頃だった。鈴木に彼女が出来た。みんな喜んだよ。モテ隊初彼女! ってカラオケボックスで祝賀会までやった。確か今もつきあってるんだよな、鈴木」
「あ、ああ……」
「どうやって彼女と知り合ったのか、何と告白してOKをもらったのか、オレ達は参考にと色々聞いたが鈴木はデレデレするばかりで教えてくれなかった。彼女の友達を紹介してくれというオレ達のお願いも笑ってごまかしてばかり。そして、コイツは彼女とイチャつくばかりでオレ達とは一切つるまなくなった」
「……」
「オレ達は鈴木を裏切者としてモテ隊から除名した。彼女が出来た途端その秘密を明かそうとしない、モテない奴と関わりを避ける奴なんかもう友達じゃないからな。オレ達は三人になったが頑張ろうと誓い合った。そうして半年後、今度は新田に彼女が出来た。だが、新田は彼女が出来た瞬間、別の人間になってしまった」
「別の?」
「羨ましがるオレ達に向かってこうホザきやがった。今でも覚えている。『なぁに、彼女くらいすぐ出来るって。ま、お前らも頑張れよー』だと! 今まで『モテないオレ達の気持ちなんかこれっぽっちも考えなかったクソ野郎め!』と鈴木を罵っていた奴が! 彼女が出来た途端こんな手のひら返しする奴なんか、もう中の人が入れ替わったと考えるしかないだろ?」
クラスメイト達の反応は様々だった。ヒロマルの非難に共感して顔を赤くする者、自分にも身に覚えがあるのか青ざめて黙りこくっている者……
「残ったのはオレと大園、二人だけになった。だがモテ隊が結成してまもなく一年になろうという頃、大園は勉強で忙しくなったと言って活動に参加しなくなった。受験勉強とかもあるからオレは別段不審に思っていなかった。だが、クリスマスのあの日……」
三人は「もうやめてくれ!」「許してくれ!」と口々に懇願したが、恨み骨髄に徹した男の舌鋒がそんな哀願で今さら止まるはずがない。
「母親に頼まれ買出しに出かけたオレは、駅前の広場を通りかかり、そこで見た。三人がそれぞれの彼女と寄り添ってイルミネーションいっぱいのクリスマスツリーを見上げ、楽しそうにおしゃべりしていたのを。大園は彼女が出来たことすら教えずモテ隊を逃げ出し、彼女の出来た二人に合流したんだ。立ち尽くすオレの視線に気付いた奴等の顔を、今でもハッキリ思い出せる。後ろめたい、だが『オレ達はもうお前とは身分が違うんだぜ』と言わんばかりのあの顔……その時、オレがどんな気持ちだったか、みんな想像出来るか! そんな風に裏切られたオレの一体何が悪いと? 何を謝れと? なぁにが今さら『彼女を作れ』だ! もう遅い!」
「……」
教室の中はシーンと静まり返った。
「モテ隊がオレだけになったあの日……オレは生まれて初めて世の中の何もかもを憎んだ。煌びやかなイルミネーション、クリスマスソング、楽しそうに語らう恋人達……モテる奴だけに許された幸せな世界、モテない奴は白眼視され決して立ち入ることを許されない世界。そんな世界を憎まずして一体何を憎む? 憎むなというなら、このやり切れない怒りを他のどこに一体ブツけろと? 『モテる奴を妬んでも虚しいだけだからやめとけ』なんて、恨まれずにいい想いしたい奴らの詭弁に過ぎんわ!」
「……」
「クリスマスだけじゃないぞ、バレンタインもだ! チョコをもらう当てもない男子、あげる当てのない女子だって大勢いるだろうに、こんな残酷な行事を一体誰が作った? 誰か知らんがソイツは絶対に、もらえない奴の悲しみなんてこれっぽっちも考えなかった人間のクズに違いない!」
悲しみに共感した何人かのクラスメイト達が涙を堪えて鼻を啜る。怒りに同調した何人かのクラスメイトが「その通りだ」とばかりに力強くうなずいた。
「ヒロマル……オレ達はただその……後ろめたくて……」
「悪いことをしたと今でも思っている……今さらだがゆるしてくれ」
「な、今度オレの彼女から誰か紹介するから……」
浅ましく言い訳する三人をヒロマルは無言のまま冷ややかに見下ろした。
「涼美ヶ原さん」
「ひ、ひゃいっ!」
出し抜けに呼び掛けられた涼美ヶ原瑠璃は飛び上がった。
「な、な、なにかな、ヒロっち……」
「なんだったっけ。オレに対する起訴状は」
「……あ、あのさ、そうマジにならなくったって……」
「『彼氏彼女が出来た奴は出来ない奴を傷つけてよくも素知らぬ顔が出来るものだ。厚顔無恥とはまさに奴等のことだ』とかー『男同士、女同士の友情など、彼氏彼女の前では所詮薄っぺらい紙同然のシロモノだ』とか発言キモいー謝れー、だったっけ?」
「いや、その……」
「もういっぺん、言ってもらえるかなぁ」
「あ……う……」
恋愛至上主義のギャルっ娘もこの期に及んで何も言えない。顔面汗だくでアウアウと震えている。
「このクラスにもいるだろ? 彼女が出来た途端上から目線になった友達に憎しみを抱いた奴が、彼女の作った弁当やお菓子を見せられ殺意を覚えた奴が……」
「……!」
「女の子にもいるだろ? 友達から彼氏のノロケ話を延々聞かされ、ハラワタの煮えくり返るような思いをした子……『あの娘には彼氏が出来て、どうして自分には出来ないの?』って泣いた子……」
出し抜けに一人の女子がワーッと泣き出して机に突っ伏した。
「この世界には二種類の人間しか存在しない。モテる奴とモテない奴だ! モテる奴はバラ色の人生を謳歌し、モテない奴にはオコボレすら恵んでくれない。幸せを奪いつくした奴らの通った後にはペンペン草さえ生えてこない……ここまで踏みつけにしておいて何が『モテないのは罪』だ! 『今からでも努力すれば』だ! フザけんなァァァ!」
「ひ、被告は静粛に……」
弱々しく木槌を叩く裁判長に向かって、ついに「何が静粛によ!」と別の女子生徒が立ち上がった。
「ヒロマルくんの言う通りよ! 彼氏彼女のいる奴なんて所詮、いない人の気持ちを逆撫でにして平気な顔が出来る鬼畜外道の集まりなんだわ!」
「そうだ!」
「その通りだ!」
賛同の雄叫びを上げ、さらに何人かが立ち上がる。
しかし、一方で「じゃ、何かよ! 彼女のいる奴は、いない奴のために別れろとでも言うのかよ!」と反撃する者もいる。
「そーゆーのを逆ギレって言うんだよ!」
「へっ、負け犬がホザいてろ!」
「ンだと? もういっぺん言ってみろコラァ!」
怒号が飛び、掴みかかる者が現れると、怒りに燃え滾る彼らをもう誰も止められなかった。手当たり次第に物が投げられ、雄叫びが上がる。地獄のバトルロイヤル開幕である。
殴り合う男子達、掴みあう女子達……「しねぇ!」「くたばれ!」「ブッ殺してやる!」「裏切者!」「絶対許さない!」「アンタなんかに私の気持ちが分かるかー!」……絶叫や悲鳴、罵声が飛び交い、みるみるうちに修羅場が広がってゆく。
喧嘩を止めようとオロオロしていた担任のめぐ姉は「すっこんでろ!」と蹴りだされ、しゃがんでシクシク泣いていた。裁判長だったはずのクラス委員長、冬村蜜架は誰かに後頭部を殴られたらしく、ブチ切れて「ブン殴ったのは誰よ、てめぇかぁぁ!」と誰彼構わず木槌で殴り倒している。
「ヒロマル! てめぇ、この騒ぎどうしてくれんだぁ!」
叫んで難詰しようとした者もいたが「ヒロマルのせいにすんな! 元はと言えばてめぇがモテ自慢してるのが元凶だろうがァ!」と、たちまち別の誰かに張り倒されてしまった。
元モテ隊の三人といえばモテる側、モテない側双方から「友人を捨てた卑怯者!」「元はといえば手前らが!」と無数の殴打や蹴り、罵倒を浴びていた。完全に人間サンドバック状態である。
「……」
台風の中心が空白地帯で穏やかなように、ヒロマルの立っている場所だけが平穏だった。
「モテる奴とモテない奴の間に生まれた闇は決して消えることはない。この乱闘こそ恋愛格差に対する正しい判決だ……」
舞台俳優みたいに一人うそぶいたヒロマルは「これでいいんだ」と、満足そうにうなずいた。
こいつらは放ってこのまま帰ろうと思った彼は、そういえばユウジはどうしただろうと周囲を見回し、頭にタンコブを作って床に伸びている親友の姿を発見した。
(コイツも放置しておくか、オレを売りやがったし……)
かくしてヒロマルはカバンを手に、闘技場と化した法廷からひとり悠々と退廷したのだった。
「みんな、思う存分殴れ、殴り合え! 殴り合った先に、オレ達を待つ新たな地平線がきっと見えてくる……って、そんな訳ねーよなぁ」
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