Episode.1 教室の中心でモテる奴を悪と叫ぶ男

第1話 モテないのが罪?断じて認めん!

 彼が突然結婚する羽目になったのには同情すべき……と言っていいのか微妙だが一応、事情があった。

 事の始まりは半年前にさかのぼる。


 キーンコーン……


 放課後の鐘が鳴る。緑ヶ丘高校の平凡な、だが平和な一日の終了を告げる鐘が。

 しかし、その日のそれが自分のクラスを地獄へ誘う弔鐘になるのだと、一介の平凡な高校生ヒロマルには想像も出来なかった。


「ユウジー、帰ろうぜー」

「お? あ、え……」

「どうした? あ、オレさぁ腹減ったからさー、帰りに何か買い食いして……」


 親友、菅田祐二すげた ゆうじがいつもと違って挙動不審だったので「何、キョドってんだよ」とヒロマルは笑った。

 ユウジは背が高い文科系イケメンである。昔から女の子に人気があり今まで彼女を切らしたことがないらしい。 

 だが女の子に縁のないヒロマルとは何故か妙に気が合い、二人は何かとつるんで行動することが多かった。

 いつもなら「お好み焼き食いてーな!」とかノッてくるハズのユウジが今日はどうしたことかよそよそしい。彼はヒロマルからコソコソと距離を取った。

 と、同時にクラスメイト達が一斉にガタガタと机を並べ替え、会議でも始めるように大きな四角形を作った。

 皆で何か打ち合わせでもするのかとヒロマルは訝しんだが、どうでもいいやとカバンを肩に引っ掛け、そのまま帰ろうとする。

 ところが……体育会系のクラスメイト二人が厳めしい顔をして教室の出入口を封鎖していた。扉の左右で屹立したその様子は寺院でよく見かける金剛力士像のようだった。


「あの……オレ、帰りたいんだけど。ここ、通してくんない?」

「スマンがダメだ」

「は?」


 予想外の返答にキョトンとしたヒロマルへ、門番の一人が顎をしゃくる。

 何事かと振り返ると、腰を手に当てたクラス委員長の冬村蜜架ふゆむら みつかがメガネをクイッと上げていて、こちらを見ていた。


「これから学級裁判を行います。被告人、小村崎博丸はそこの席へ」

「はぁ?」


 いきなり被告人と言われ、あっけに取られたヒロマルは、四角形に囲われた席の中央でポツンと置かれた自分の席を見て更に驚いた。

 どうやら、この裁判の被告とは自分のことらしい。


「なんだよ、いきなり学級裁判って! オレはそんなものに付き合うほどヒマじゃねーぞ!」


 声を荒げたものの、怯えた様子を見せた者はあまりおらず、クラスメイトの大半が無言で彼を睨みつけている。


「ヒマでなくとも裁判には出席していただきます、ヒロマルくん!」


 緊張した震え声でクラス委員長の冬村が叫ぶ。


「冬村さん、何ワケわからんこと言ってんの!」

「ヒロマルくん、お願いだからどうかおとなしく被告席に着いて下さい!」


 ヒロマルは今までクラスの中で特に目立ったことはなく、クラスメイト達からはせいぜいモブキャラ程度で認識されていると思っていた。それが突然の罪人扱いである。彼は「離せよオイ! なんだよ! オレが何したって言うんだよ!」と喚きながら、門番役の生徒二人から猫の子のように首根っこを掴まれ被告席へ座らされてしまった。


「ユウジ、助けてくれ! こりゃ一体なんなんだよ!」

「ヒロマル、すまん……これはクラス中が結託しての裁判なんだ」

「はぁッ?」

「オレも味方にはなれん」

「て、てめえ……」


 クラスメイト達の圧に負けて親友を売った男は、仏壇でも拝むように手を合わせて「成仏してくれ……」とほざいていた。

 彼の後ろでは女教師の咲良さくらめぐみもオロオロしている。彼女はクラス担任なのだが気弱で無力な為にこの裁判を窘めることすら出来なかったようだ。


「委員長、裁判って何の裁判だよ! オレは神に誓ってイジメも盗みもしてねえぞ!」

「ヒロマルくん、落ち着いて! 窃盗の疑いとかじゃないから!」

「じゃあ、何なんだよ! みんなから嫌われてるならオレ、別のクラスに移ったっていいよ!」

「誰も嫌ってないから! 罪状はあるけど皆、ヒロマルくんを友達と思ってるから!」


 懸命に「落ち着いて、お願いだから! どうどう!」と懇願するクラス委員長を前に、ヒロマルは不承不承ながらようやく頷いた。

 この学級裁判は自分に対する悪意ではなく、何か別の理由で開かれたものと察しがついてきたのだ。


「皆さん静粛に! では、これより二年B組の学級裁判を開廷します」


 工作室から持ち込んだものらしい木槌で教卓をコンコンと叩くとクラス委員長の冬村蜜架が厳かに告げた。


「裁判長は不肖このわたくし、冬村蜜架が務めさせていただきます。では、まず起訴状の朗読を」

「……っす」


 検察官役として立ち上がったのは、意外にも涼美ヶ原瑠璃すずみがはら るりだった。ギャル系少女の彼女は、クラスでは他人のコイバナに黙っていられない恋愛至上主義の火の玉っ娘として知られている。


「起訴じょーっ! 被告、小村崎博丸くんには彼女がいねーし。それはかわいそうっつーか気の毒だけどぉ、ヒロマルくんはそれを『世の中の不公平』だの、あーだうーだ言ってこのクラスの人間関係にヒビ入れてるのは全然よくねーし」

「はぁ? おい、何勝手なことを……」

「被告は発言を慎んでください!」


 思わず立ち上がって叫んだヒロマルへ、裁判長がすかさず注意する。


「例えばー『彼氏彼女が出来た奴は出来ない奴を傷つけてよくも素知らぬ顔が出来るものだ。厚顔無恥とはまさに奴等のことだ』とかー『男同士、女同士の友情など、彼氏彼女の前では所詮薄っぺらい紙同然のシロモノだ』とかー、発言キモいー」


 訴状に余計なアドリブも加わったので、裁判長から「瑠璃ちゃん!」とツッコミが入る。


「ワりぃワりぃ。よーはさー、子供じみた屁理屈捏ねてるじゃん、それって緑ヶ丘高校の学生として、いかがなものかー」


 明らかに検察官役は人選ミスだった。こりゃアカン……と、頭を抱えた一同の中から「もー瑠璃ちゃん、それ貸して!」と涼美ヶ原の親友、砂河優理すなかわ ゆうりが飛び出し、訴状を奪い取って続けた。


「モテないのはひとえにモテる為の努力を怠った結果に他なりません! 被告はそのような己の言説をクラス内に流布したことを恥じ、かつ謝罪するべきだと思います」

「……」


 何を勝手なことを……と睨みつけたヒロマルへ、涼美ヶ原瑠璃は「でもマジ話、そこはそーじゃねーし? ヒロっち、ここは男らしくワビ入れてさー、緑ヶ丘高校で恋バナ探すしー」と訴えた。砂河優理も頷く。


「人は誰もがいつか誰かと出逢い、恋をして結ばれる。人も社会もそうやって繋がってゆくんだよ。ヒロマルくん、今からでも努力して彼女を作ろう! 私も協力するからさ、ね?」

「……」


 返答せず、黙って手を挙げたヒロマルに、裁判長の冬村は「被告は判決前に言いたいことがありますか?」と尋ねる。


「裁判長、たったいま検察から罪状が読み上げられましたが、オレの弁護人は……」

「い、いません。基本的に異議の申し立ては認められません」

「なんだと?」


 一方的な主張に反発する者は自分以外にいないのかとヒロマルは周囲を見回した。

 検察役の主張に「よく言った」と頷く者も多かったが、俯いて黙っている者も結構いる。それは彼氏や彼女がいない者達だった。

 どうやら自分は孤立無援ということではなさそうだ……と、ヒロマルは素早く頭の中を巡らせた。次第に怒りがこみ上げる。


(黙って聞いてりゃ勝手なことばっかりホザきやがって。なぁにが『今からでも努力して』だ!)

(そっちが言うなら……こっちも言わせてもらおうじゃねえか)


 売られたケンカは高く買う。

 覚悟を決めたヒロマルは立ち上がった。戦闘開始だ。


「これは裁判じゃない、ただの吊るし上げだ。不当判決は断固拒否する!」

「ふ、不当じゃありません。公平です!」

「公平? 弁護人もいない、異議も言えないで罪状の正誤をじゃあどうやって糺すんだ。一方的に主張を押しつけて大勢で寄ってたかってとにかく謝れ! の大合唱。これじゃ中国の文化大革命と同じじゃねーか!」

「と、当法廷の侮辱は許しません!」


 懸命に言い立てる裁判長を遮り、検察役代役の砂河優理が「ヒロマルくん、罪状を認めて謝ってよ! 貴方の心ない発言がこのクラスの水面下で色々揉め事を引き起こしているんだから! 謝って、彼女を作って下さい!」と叫ぶ。


「だが断る!」

「なんですってェェェ!」

「何故ならクラスに不和をもたらした罪状はオレにあるのではない、別にあるからだ」


 他の席から「別ってなんだよ!」「男らしくねーぞ!」とヤジが飛ぶ。色めき立つ一同を手で制し、ヒロマルは語り始めた。


「さっきの『彼氏彼女が出来た奴は出来ない奴を傷つけてよくも素知らぬ顔が出来る』、『男同士、女同士の友情は彼氏彼女の前では紙同然』……確かにオレはそう言った。それは認める」

「だったら!」

「だが、モテない奴の僻みを罪と言うなら、モテない奴は一体どうやって生きてゆけというのだ」

「だから、それは身だしなみとか教養とか色々努力して……」

「無駄だ! そんなものを幾らしたところで陰キャは所詮陰キャ! 負け組は絶対に勝ち組へ入ることを許されない! リア充になれない奴は未来永劫、嘲笑を浴び続ける日陰者でいるしかないんだ!」


 さっきまで駄々を捏ねて騒いでいたヒロマルは今は完全に別人と化していた。厳しく引き締まった顔で裁判員と陪審員達を睨み、炎のような熱弁を振るっている。


「ひ、被告人。勝手な自己弁護は認められま……」

「何をホザく! 弁護人がいないなら自分で自分を弁護するしかなかろうがッ!」

「ひゃいっ」

「お前らがこうやってオレを糾弾するなら、本当の被告が一体誰か、何が悪か、オレの口から徹底的に糾弾させてもらうぞ。いいな、裁判長!」

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