第8話
ただ、本当にそう言うことが可能なのか、法的に問題は無いのか、家に帰って調べてみた。二人と結婚すると言う形は、法的には【重婚】となる。それがいけないのは知っている。だが、二人の女性を愛する場合の、障害が何かあるのかを知りたかった。そして、何も制限がないと分かると、いよいよ、美咲に相談することにした。しかし、テレビで不倫をしているタレントの話を、美咲と一緒に見ていると、『許さない』と言う強い怒りを、傍にいて感じる。さすがに、勇気がいる。
数日後の昼。昼食を終えた二人は、何気なくリビングで過ごしていた。恭二は新聞に目を落としていた。妻は、NHKの番組を見ている。
「ああ、あのね……」
思い出したように、口を開いた。本気度を出来るだけ感じさせないように、目は新聞を見たまま、わざと平然と尋ねた。妻の気持ちを聞いてみただけ、と言う印象を強くする必死の裏工作だった。
「なに?」
妻も、画面を見たままである。その無反応な態度に、二人の間の空気がピーンと張りつめた。新聞が細かくカタカタ震えていた。
「と、突然なんだけど、もしもだよ……。諒子ちゃんが一緒に住みたいって言ったら……、君、怒るよね」
ドでかい雷が落ち、凄まじい夫婦げんかが始まり、地獄絵図を思い浮かべて、内心、バクバクしていた。
すると、画面を注視したまま、しばらく返事が無い。
恭二も、『ちょっと、タイミング悪かったか』と、心臓の鼓動が鼓膜に、大きく伝わるようになり、脇を冷や汗が流れ始めた。恭二は、顔を見ることはできずにいる。当然と言えば当然だった。今から起きるであろう修羅場を、眼前に控えているのである。
だが、もうその場に踏み出さなければならない。
「あ、あの……」
つばを何回も飲み込み、口の中はカラカラだった。妻はどうしているのか、テレビの音だけが流れている。静寂の中、その時間を打ち破るのは勇気がいった。
「あ、あの……。一緒に……、この家に……」
「もしかして住みたいって言うの?彼女と」
妻の無表情が、余計に恭二の肝を冷やした。静かに見つめるその視線は鋭い。
「なぜなの。その理由を教えて。私と単に離婚したいの?不倫したいの?いったいぜんたい、何なのよ?」
鋭く恭二に詰め寄りながらも、相変わらず表情はない。言葉の矢が、恭二の胸に次々と突き刺さっていく。
「あ、ああ……」
恭二はその痛みに耐えるかのように、ただ、呻くだけだった。
『違う。違うんだ。僕は君も愛しているし、彼女も愛しているんだ。両方を失いたくないんだ』
頭の中では、理論が回っているが、言葉になって出てこない。
「はっきりして、そこは。別れたいの?」
妻は、恭二の態度に明らかに苛立っていた。
『違う、違う。分かってくれ!』
「何か言いなさいよ。彼女が好きだから別れてくれって!」
眉間にしわが寄って、眉は吊り上がってきた。
『いよいよ、ダメか……』
「す、すまん」
やっと声が出た恭二だが、妻の初めて見るような顔に圧倒された。目は焦点が合わず、泳いでいた。
『バカ。ちゃんと言えないくせに、突然言いだすからだ』
誠実な方の恭二が、この期に及んで慰めてきたが、それこそ、このタイミングではない。
しかし、妻はさすがに長年付き添ってくれただけあって、恭二の狼狽ぶりのその裏に、隠れた真実があることを見抜いた。しばし、こわばった沈黙に口が開きもしない恭二。その沈黙を壊してくれたのは、妻だった。
「最近見なかったあなたの慌てぶり。何を言いたいの?」
すーっといつもの妻に戻った態度に、ようやく恭二の気持ちも高ぶりから解放されてきた。
「あ、あのね……。僕は、死ぬまで君を愛するつもりだ。たとえ君に介護が必要になっても、死ぬまで責任をもって介護したいと思っている」
少し前までの、あの恭二かと思うほど、流ちょうに心のうちを伝えることができた。
妻も笑顔はないが、顔色は普通だった。
「僕は、君を愛しているのは当然だけど、その上に尊敬する気持ちがあるんだ」
視線も彼女の目に向けることができるようになった。彼女も、恭二を直視している。
「だから、何があろうと君を離したくない。それは分かってほしいんだ」
妻は、黙ってうなずいた。
「で、でも……。で、でもね……」
再び、彼女の鋭い視線が来るかもしれないと思うと、口ごもってしまった。
「あなたの気持ちと私の間に彼女が、関係しているのね」
恭二は、妻の助け舟に救われた。こっくりとうなずくと、意を決して口を開いた。
「彼女が幼いころから、好意を持っていたんだけど、まさかその気持ちが育っているとは思っていなかった。小さい時のたわ言のように思っていた。しかし、バードウォッチングの時の彼女を見て、当時の気持ちが間違いではなく、本当の気持ちだったとわかったんだ」
「今でも好きだったってわけ?」
うなずくと妻は続けた。
「で、どうしたいの、結局……」
「本心を話していい?」
妻はうなずいた。
「僕は、君も好きだし愛してる。でも、彼女も好きなんだ。どちらも失いたくないんだ。
だから、いっそのこと一緒に住みたいんだ二人と……」
妻は、ゆっくり下を向いた。
「あ、でも分かってくれないよね、こんな気持ち……」
うつむいたままの妻の反応は分からないけれど、もう突っ走るしかなかった。
「ああ……、うん、そうだ。分かれと言う方がだいたい、む、無理だよね。こんなバカな発想ってさ……」
どうやら話すことができた。ふーっと大きな息を吐いた。自分の気持ちが素直に話せたことで、幾分落ち着きを取り戻した恭二。妻の返事も、半ば諦め気味だが、落ち着いて聞けそうだった。しかし、妻はさっきうなずいたまま、恭二の話が終わっても、顔を上げてはくれない。
再び、氷の針のむしろに座っているような、どうしようもない、冷え切った緊張感が漂った。思わず恭二もうつむいた。
『うう、もういいよ。別れましょう、って言ってくれ。こんなわがままが通るはずはないんだ』
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