第3話
大学時代。金が無かった恭二は、東京から各駅停車で帰ったことがある。もちろん、一晩掛かる。そして、帰りに山鹿の母の実家に立ち寄った。実家は、祖父母が入院していて、今はだれも住んでいない。すぐ隣に、母の三番目の妹夫婦が住んでいた。その夜。二日ぶりに風呂に入れてもらった。風呂から上がると、その妹の裕子が夕食を用意してくれていた。久しぶりのまともな食事。舌鼓をうっていると、
「ただいま」
と、若い女性の声がした。
「あら、帰ってきたの」
と、裕子が声を掛ける。そして入って来たのは、六年ぶりに見る諒子だった。祖父が介護施設に入っているため、諒子の祖母や母親が世話をして市内から離れられず、諒子だけ裕子夫婦のお世話になり、久留米にある高校に通っていた。カトリック系の女子高の制服に身を包み、女の子らしさをぐんと増した、きれいな女子高生になっていた。思わず、ドキッとしながら、慌てて
「や、やあ、諒子ちゃん。元気そうだね」
と、声を掛けた。するとハッとしたように、少し驚いた顔をした諒子。恭二がいることを知らなかったのか、一瞬間があって、
「い、いらっしゃい、恭兄ちゃん」
と、すぐに笑顔になり、あいさつをした。その顔を見た瞬間、恭二はある感情に揺れた。
その時に生まれた感情ではなく、思わず浮かび上がった感情と言う方が正しいだろう。
小学生とはいえ、『可愛い』と言う気持ちを六年前に感じていた。しかし、当時は高校生と小学生。恋愛の感情が生まれるはずがないと、恭二は自分の感情を疑っていた。
しかし、今彼女を見た時、当時の気持ちが間違いなかったと確信したのだ。しかも、はっきり恋愛の感情だと確認できた。もし結婚できるなら結婚したいと思った。彼女はもうすぐ結婚できる年齢である。しようと思えば不可能ではない。諒子は、法律で禁止されている、三親等内ではなく四親等なのだ。
ただ『だったら、自分の親を説得できるか』と聞かれると、とても自信は無い。まず母親が反対するだろう。それに彼女の父親が許すはずもない。ひたすら、名士と呼ばれる立場の人間との婚姻を望んでいる父親だ。また、親せきや近所の人たちも、最近では珍しい形だ。手放しでは喜ばないだろう。
湧きあがった感情を確かめるのに、恭二には一晩で十分だった。間違いない。
天草に帰る恭二を送る諒子。肝心の彼女はどうなのか。一緒に駅まで歩いて行く彼女の表情に、何らかの反応を感じたかったが、何も分からなかった。残念ながら、恭二にそこまで多くの女性との付き合い経験はなく、女性の心の変化はとらえられなかった。しかし、今はたとえ彼女の気持ちがこちらに向いていたとしても、恭二からは何とも言えない。何と言っても互いに学生だ。せめてお互いに社会人になってからの話だろうと思った。
その後は、お互いに連絡をすることも無く、別々に結婚して、子どもも巣立っていた。
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