3 いけない熱
ヴァイルに何度も触れられたあの夜から、シュエシは自分で体を慰めるようになっていた。以前にも慰めることはあったものの、こんなに頻繁にすることはなく、誰かを具体的に思い描いてすることもなかった。
それが、毎晩掛布に顔を埋めると同時にヴァイルの顔が思い出されて、頬が熱くなる。首筋を揉まれたときの感触を思い出してはどうしようもない熱が燻り、下半身がジンジンと熱を持った。そうなると、若いシュエシに我慢することはできなかった。
少女が着るドレスのような寝衣の裾をそっとたくし上げ、女性用の小さな下着を少しだけ下ろす。そうして、ただただ自分を慰めることに必死になった。その間もヴァイルの冷たい指を思い出し、そうするだけでさらに熱が上がる。
そうして欲望を吐き出したあと、シュエシは決まって罪悪感に陥った。
「僕は身代わりだけど、領主様の花嫁なのに……」
この屋敷に来てそれなりの時間が経ったが、いまだに領主様とは会っていない。それでもシュエシが領主様の花嫁であることに変わりはなく、領主様の執事に邪な想いを抱くのはいけないことだとわかっていた。
こんな気持ちでは、噂どおり遠くに売られることになってもつらくなる。生贄になるとしても、きっと命が惜しいと思ってしまう。それくらいシュエシはヴァイルにどうしようもない想いを寄せ、その気持ちはどうにもならないくらい膨らんでしまっていた。
もし領主様に花嫁らしい行為を求められたら、拒んでしまうかもしれない。そんなことをしたら土地の人たちに迷惑をかけることになるし、拒む原因を悟られでもしたらヴァイルにも迷惑をかけてしまう。
そう考えると、腹の底がひどく冷えるような気がした。
シュエシは、なんとかこの気持ちを消そうと試みた。しかしヴァイルとは毎日顔を合わせるわけで、駄目だと思えば思うほど想いが募ってしまう。わかっているのに、想いを寄せるのを止めることができない。
そんな気持ちでいるせいか、シュエシはヴァイルの微笑みから視線を逸らすようになった。話しかけられるだけで体が震え、ぎこちない表情になる。
それは夜の髪の手入れのときに、もっとも顕著に現れるようになっていた。今夜もヴァイルが髪を触っただけで顔が強張った。首にも肩にも力が入り、膝に置いた指までも固くなっている。
「奥様、どうかしましたか?」
「え!? いえ、なんでもないです……」
「そうですか? なにやら体を固くしているように見受けられますが」
「あの、……ちょっと肌寒くなってきたので、それで少しこわばってしまうというか、だから大丈夫です……」
「おや、それはいけませんね。羽織るものを用意しましょう」
そう言って、ヴァイルが薄手の上着を取りに離れた。
後ろ姿なら大丈夫に違いないと思ったシュエシは、つい、いつものように鏡越しにヴァイルの背中を追っていた。ぼんやりと見ていたからか、ヴァイルが振り返ったことに気づくのが遅れてしまった。そのため
(……っ)
途端に体がカッとし、全身が熱くなった。
慌てて視線を逸らしたものの、上がった熱を急に冷ますことなどできるはずがない。戻って来たヴァイルが上着をかける手に緊張し、余計に頬が熱くなる。
こんな状態を悟られてはいけないと、シュエシが膝に置いた手をギュッと握りしめたときだった。
「あぁ、首筋もこんなに固くしてしまって。また揉んで差し上げましょう」
「いえ、それは、……っ」
慌てて断ろうとしたものの、返事より先に冷たい指に触れられて声が詰まった。漏れそうになる厭らしい吐息に気づき、咄嗟に唇を噛みしめる。シュエシのことなどお構いなしに動くヴァイルの冷たい指に、背筋がゾクゾクとしてたまらなくなった。
毎晩のようにこの指を思い出しながら自慰に耽っていたこともあり、あらぬところにもあっという間に熱が集まってしまう。それを隠すように膝に置いた両手をギュッと握りしめ、早くこの時間が過ぎることを必死に願った。そんな気持ちも虚しく、不意に耳たぶをつままれて「ぁっ」と声が漏れてしまった。
そうなると、もう駄目だった。必死に我慢しても吐息のような声が漏れ、首筋に冷たい指を感じるたびに肩がヒクヒクと震えてしまう。気がつけば下半身を隠していたはずの両手はただ膝のあたりの寝衣を握っているだけになり、力の抜けた体は背もたれにクタリと寄りかかるような状態だった。
そんな姿勢では、下半身がどうなっているかなんてヴァイルには一目瞭然のはずだ。それなのにヴァイルの指が止まることはなく、しつこいまでに首筋や耳たぶを弄り続ける。
シュエシの口からは、ただ熱のこもった吐息がひっきりなしに漏れるだけになった。明らかに様子がおかしいことはわかるはずなのに、それでもヴァイルの指は止まろうとしない。それどころか、ますますシュエシの感じるところに触れてくる。
もうやめてほしいと思いながらシュエシがうっすらと目を開けると、ヴァイルの艶やかな声が耳元で響いた。
「このように乱れて、奥様はいけない人ですね」
脳天を痺れさせるようなその声に、シュエシの体がビクンと大きく跳ねた。それにクスクスと笑ったヴァイルの指が、今度は鎖骨を撫でるように動き始めた。
冷たい手のひらが感触を確かめるように鎖骨を撫で、そのまま胸へと下りていく。寝衣はとても薄く上等な生地でできているため、布の上からでもヴァイルの手の感触はやけにはっきりと感じられた。そのせいで胸の尖りに冷たい指先が触れたとき、シュエシはみっともない声を漏らしてしまった。
「ひ……っ」
「ここも、こんなにツンと尖らせて。なんて厭らしい人でしょう」
「ひぅ……っ」
「奥様は、こういったことをされるのがお好きなんですね」
「ちが、……っ、ちがい、ます……っ!」
「本当に……? それならば、どうしてこんなに震えているんです?」
冷たい囁き声にビクッと肩が震えた。気持ちは羞恥と恐怖を感じているのに、体だけが熱を持ってちぐはぐな感覚に陥ってしまう。そんな自分を隠したいのに、ヴァイルがどこかに触れるだけで「ひっ」と情けない声までが漏れてしまった。その声が厭らしく聞こえてますます恥ずかしさが増していく。
「奥様は、とんだ淫乱だったのですね」
そうつぶやいたヴァイルの手が胸をかすり、全身がビクッと震えてしまった。いつの間にか閉じていた目の奥が一瞬だけチカッと光った気がする。同時に粗相をしたことに気づき、シュエシは心の底から泣きたくなっていた。
そんな状況なのに、次に囁かれた言葉はやけにはっきりと聞き取ることができた。
「明日、旦那様がお会いするとのことです。乱れた跡は湯浴みで綺麗になさっておいてください」
ヴァイルの言葉に、シュエシは一気に現実へと引き戻された。体を巡っていた淫らな熱も、すぅっと冷めていく。
いつもどおり「お休みみなさいませ、奥様」と告げて出て行くヴァイルの後ろ姿を見ることはできず、シュエシは凍りついたように動けなくなっていた。
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