第4話 夢食い

真夜中の薄暗い台所で料理を作っていると、足音が聞こえてくる。


旦那は残業で、この家には誰も居ない。


なら、一体誰が。


緊張が走り、料理を作っている手が自然と止まる。


足音は確実にこちらに近づいて来ている。


そして、ソレは遂に台所へと姿を現した。


「おやおや、結構広い家に住んでいるんですねぇ」


そういって姿を現したのは、赤い片目が特徴の夢探偵の獏。


「え……え!?」


状況が理解できずに、当たりを見渡す。


この男、どうやって部屋に侵入したというのだろうか。


「ちょっと、不法侵入ですよ、警察呼びますよ!」


「どうぞご勝手に、夢の世界にも警察が駆けつけてくれればいいんですがねぇ」


「……夢?」


ふと、獏の言葉に頭を抑える。


そうだ、この空間は私の記憶を遡って見ると、時間軸がおかしい。


何故私は、又料理を作っているのだろうか。



「いやー、怒って出て行ったので枕の下に紙を置いてくれないかと思ったんですが、置いてくれた様で良かったです。

おかげで、僕はココに来れた」


そうだ、あの時渡された紙、信じてはなかったが試しにと寝る前に枕の下に置いた気がする。


だが、それだけで普通他人が、人の夢に入ってくる事なんて可能なのだろうか。


「……貴方は、何者なんですか?」


通常ではありえない異常な展開に、恐る恐る私は漠に問いかけると、獏はゆっくりと私に向かって微笑んだ。


「自己紹介は既にしましたよね。 僕はばく、夢喰いですよ」


「夢……喰い……嘘よ……」


そんなの、ありえない。


だって、ソレは空想上の生き物で、実際には存在しないはず。


「あれ、信じてくれないんですか?

なら、僕がココに居る事をどう説明するんです?」


「そ……それは」


返す言葉見当たらず口ごもると、ふと水に濡れた足音が聞こえてた。


「ひっ!」


音の正体に気づき、私は咄嗟に体を震わせる。


夢だと自覚してなかったときは、姿を見るまで何が来るのか理解できなかった。


だが、今なら理解できる。


血まみれの赤ちゃんが近づいて来ている。



「へー、奥さんの恐怖の根源のご登場ですか」


獏はそんな私など興味がないという表情で、聞こえる足音の先を見て不気味に微笑んだ。


もしや、この状況で獏は楽しんでいるのだろうか。


「ちょっと……あんた、夢喰いなら早く何とかしなさいよ」


もうこうなれば、妖怪でも化け物でも関係ない。


早くこの悪夢から開放して欲しい。


「まぁまぁ、そう焦らないで下さい」


獏はそういい、足音の正体が姿を現すまで待った。


そして、ついにソレは台所へと姿を現した。


『ま……ま……』


そういってこちらに近づて来たのは、血まみれで立つ生後1ヶ月程の小さな赤子。


「いや、いや、来ないで!」


恐怖が思考を支配し、咄嗟に近くの大皿をつかむ。


そして、私は赤子向かってそれを勢い良く投げた。


「いっ……」


気づくと、目の前には獏がしゃがみ込み赤子を包み込むように庇っていた。


「な……なんで……アンタ、私の悪夢を何とかしてくれる為に来たんでしょ……何庇ってんのよ」


状況は全く理解できずに聞き返すと、獏はこっちをまっすぐと見てきた。


ただ、いつものひょうきんさはそこにはなく、真剣な表情で私を見てくる。


「……赤ちゃん相手に皿を投げるとは、アンタが赤ちゃんを授からなくて正解だったな」


これまでの敬語ではなく、タメ口。


これが、彼の素なのだろうか。


だが、私が彼に怒られる筋合いはない。


「アンタ、いっていい事と悪い事があるわよ、赤ちゃんを授からなくて正解ですって、私がどれだけそれで苦しんだか!」


「まだ気づかないのか!」


私の言葉を止めるように、獏は声を荒げた。


「お前の恐怖しているこの赤ちゃんは、お前が流産で失ったお前の子だ」


『ま……マ……』


獏の言葉の後、赤子は私の元に手を伸ばしながらそういってくる。


「だから……何?」


そんな事は知っている。


「その子は私が流産して生めなかった事を恨んでいるから、夢に毎日の様に出てくるのよ!

早く、何とかしなさいよ!」


もう精神が限界で、苦しくて、辛くて、怖いのに。


これ以上、何も見たくない、何も聞きたくないのに。


『マ……マ……』


赤子は、血の涙を流し始め、こちらにじりじりと近づいてくる。


「いや……来ないで……来ないでよ……この化け物!!」


そう叫んだと同時に、獏は部屋中に響き渡るほど大きな音を立てて、私の頬を叩いた。


そして、表情がいつもの笑顔に変わる。


「おっと失礼、虫が居たので、つい」


どう考えても嘘だ。


だが、突然に行動に言葉がまとまらず中々声に出せず、私は酸素を求める魚のようにただ口をパクパクと動かしてしまった。


「この赤ちゃんはね、お母さんを心配していたんですよ」


獏は、いつもの優しい声に戻り、血まみれの赤子の頭を優しく撫でた。


「流産の罪悪感から、自分の殻に閉じこもり、何もかもを拒絶してしまう貴女を見て、励まそうとした。

でも、貴女の中にある不の感情があまりも強い為に、この子はこんな姿であなたの前に姿を現してしまった。

夢は、潜在意識の現われともいいます。貴女は、自らの思い込みで悪夢を作っていたのですよ」


獏は、そういうと赤子の額に優しく口付けをする。


すると、赤子は突然淡く光り始め、血が蛍の光に変わり空へと消えていった。


薄暗い部屋には光が差し込み、そこには愛らしい赤ん坊がまん丸な瞳でこちらを見ている。


「これが、本当の姿ですよ」


獏はそういって、赤子を抱き上げると、私の腕の中にゆっくりと渡してきた。


『まん……ま』


赤子のその言葉に、涙が溢れ出す。


丸い瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。


あぁ、この子は私の心配をしてくれていたか。


それなのに、私はこの子を恐れてしまった。


「ごめんね……こんなお母さんでごめんね……ありがとう」


赤子にそういうと、赤子は楽しそうにきゃっきゃと笑い始める。



「さて、では僕の仕事を終わったので帰りますね」


「ちょっと待ってください!」


立ち去ろうとする、獏を引き止めると、獏はきょとんとした表情でこちらを見た。


「あの……お代は」


「あぁ、それなら貰いましたよ」


「え?」


「貴女の悪夢ですよ、獏にお金は何の意味もありませんから」


獏はそういい、いつも人懐っこい笑みを浮かべて姿を消した。







目を覚ますと、いつもよりすがすがしい気持ちになっている事に気づく。


起きて、朝食の準備をすると、夫がしばらくして、台所に下りて来た。


いつもの会話のない朝食。


だが、私はそんな無言の中、意を決して口を開いた。


「ねぇ、今度の休み、一緒にどこかに行かない?」


自らそう切り出すと、夫が唖然とした表情で私を見てくる。


そして、少しの間の後、小さく微笑んだ。


「そうだな、行こうか」

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夢探偵 翻 輪可 @56483219

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