第3話 孤独
獏は静かに私の話を聞き、話し終えると、申し訳なさそうに私の顔を覗き込んでくる。
「失礼ですが、ご結婚は?」
「はい、専業主婦なんです」
「成る程、因みにお子さんは?」
その質問に、答えようとしていた口が止まる。
何故そこまでいわなければならないのだろうか。
「……それ、答えなければいけませんか?」
「いえいえ、素朴な疑問です」
そう獏は答えると、いつもの爽やかな笑みを見せて来た。
何だろう、何もかもを見透かされているみたいで気分が悪い。
「……居ません」
「へぇ、今は居ないんですね」
“今は”を強調され、私は獏を睨みつけた。
何故、この男はそれを知っているのだ。
「そんな顔しないで下さいよ、コレは素朴な疑問です。
そうですね、では話しを変えましょうか、奥様は
「明晰夢?」
「えぇ、夢の中で自分が夢を見ていると自覚する夢です」
「それが、何か?」
「今回の夢は、全く同じ夢を繰り返し見ているそうですが、その時ご自身は自覚がおありですか?」
「……いいえ」
そういえば、同じ夢を見たと自覚するのは、いつも目が覚めてからだ。
「そうなんですか、ではまず自覚してもらう必要が有りますね」
獏はそういうと、一枚の紙を私に渡して来た。
紙には、獏らしき絵が描かれている。
ただ、牙があったり、歪な模様があったりと、私の知っているモノクロの獏とは雰囲気が違う。
「コレは、中国の伝説に基づいて描かれた獏です。
この紙を、枕の下に置いて寝てください」
「……いくらですか?」
「そんな不安そうな顔をしないで下さいよ、お金は貰いません」
「……他に、私は何をすれば?」
「何もしなくて大丈夫です。
これまで通りに過ごし、これまで通りに眠って下さい」
何だ、この拍子抜けするような答えは。
まさかこの探偵は、私に本気で対応する気がないのだろうか。
普通、何かもっと色々調べたり、色々使ったりするはずではないのか。
もしかして私は、遊ばれているのだろうか。
「……貴方の考えは分かりました」
「そりゃ良かった」
「もう、ココには2度と来ません!」
「え、ちょっと、それってどう言う……」
獏がいい終わらないうちに、私は探偵事務所の扉をあけて、勢いよく閉めて出て行った。
完全に、時間の無駄だった。
恥ずかしい。
自分のとった行動が馬鹿らしく見えてくる。
家につくと、残りの家事を済ませて、夕食の用意を始める。
そんな中、ふと夫と結婚する前の出来事が思い出された。
今の夫と結婚した切っ掛けは、私の妊娠だった。
これから幸せな家庭が築ける。
だが、思っていた矢先に悲劇は何の前触れもなく訪れた。
子宮に赤ちゃんがうまく定着せず、流産。
結婚の理由が妊娠という事もあり、その後夫との関係は徐々に悪くなって行った。
そんなストレスが続いたからだろうか、ある日を境に、私は悪夢に魘されるようになった。
料理が一通り終わると、携帯が震える。
メールだ。
『今晩は、同僚と飲みに行く』
それだけの報告に、自分が今作った料理が無意味になった事に気づき、静かに片づけを始めた。
ひとり夕食を取りながら、その料理がいつもより塩気が多いように感じる。
「あれ……」
塩気が多いんじゃない、泣きながら食べているからそう感じるんだ。
何でこうなってしまったんだろう。
流産して一番きついのは私なのに、何で私だけこんなつらい思いをしなくてはならないんだ。
「もう……やだ」
誰か、私を助けて欲しい。
そう思いながらも、時間は残酷に進み、その日は終わった。
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