旅立

第8話 鄙の宿にて




 秋の静かで明るい日のもとを、彼らは黙々と歩いた。

 ところで、ろうは昨夜から、影を見るようになっていた。

 影とは、今まで彼が見て知っていた影のことではない。この現世にありながら、別の世界にいるものたちのことである。

 行灯の影、木の影、岩の影、あらゆるものの陰でうごめいていて、時々そこから出たり他所よそへ入ったりする。特に動物や人間には、影を二つ三つ持っているものもいるし、おかしな形の影や、時に何もないところにひとりで佇んでいる影もある。

 突然見えるようになったのは、片目が鬼になったからだろうか。

 左目は包帯で隠されているのに、あらゆる場所で、彼は無数の影を見た。

 また一つ気付いたのは、宋十郎そうじゅうろうに、その影がないことだった。

 影は消えたり現れたりすることもあるが、この半日では、宋十郎の影を見つけられなかった。

 彼は歩きながら、影が見えるようになったこと、宋十郎の影が見つからないことを話した。

 宋十郎は表情を変えず、ただ質問を返した。

「お前の影はどんな姿をしている」

 言われて、篭は初めて自分の影を探した。

「……なんか、よく見えない」

「どういうことだ」

「よく動くし、変わる。人の姿をしてたり、変な形をしてたり、空を飛ぼうとしたりする」

「なるほど」

 それ以上、宋十郎は何も言わなかった。

 篭は色々な影を見つめながら、街道を歩き続けた。


 日が中天を過ぎた頃、篭は足に痛みを感じていた。

 休憩を挟むことはあったが、彼らは夜明けから歩き通しだった。

 飛ぶ鳥たちが、彼らの上を滑り抜けてゆく。

 その影の欠片がぱらぱらとこぼれ、風に吹かれ、大気に溶けた。

 飛べた頃は、地を行くものたちの苦労など想像したこともなかった。

「足が痛い」

 何度か口にしていたら、今日は次の町で終わりにしようと、宋十郎が言った。

「歩く旅って、大変だね」

「馬に乗っていれば目立つし、山道さんどうなどではかえって不便な場合もある。あの峠を越えれば今夜の宿だ」

 そう言う宋十郎が目で指した方向には、隆々と黒い峰が続いていた。

「うええ」

 篭は呻き声を上げたが、宋十郎は黙って歩いていく。

 覚悟を決め、その後を追った。







 日暮れ前に、彼らは寄木よるぎという町に辿り着いた。

 深渓みたにより小さな町だが、深渓ほど整備されておらず、明らかに宿とわかる風体の店は一軒しか見当たらなかった。

 旅籠はたごの主は客を迎え入れると、奥へ案内した。

「近頃この辺りも随分静かになりまして、今夜のお泊りはお客さま方だけです」

 古い板張りの廊下を歩きながら、壮年の主は言った。

 宋十郎が応える。

「寄木も以前はもう少し賑やかだったと記憶していたが」

「戦が長引いて北からの商人が途絶えましてね。うち以外は、半ば店じまいです」

有秦ありはた上埜うえのの争いは、まだみそうにない」

「そのようですね。ですがここが戦場いくさばにならぬだけ、私どもは恵まれておるのでしょう」

 主は笑顔を作ると、座敷部屋に二人を通した。

「夕餉の支度が出来ましたら、お声掛け致します」

「よろしく頼む」

 宋十郎が頷いたところで、格子戸が閉められた。


 戸が閉まるが早いか、篭は畳の上に座り込んだ。

「足痛い、どっかちぎれてる」

 彼は足袋たびを足から剥がした。

 指がまだ五本残っているのは意外だったが、指先や足首が血を流していた。

 それを横目に見つつ、宋十郎は荷解きを始めた。

「豆が潰れただけだ。今から手当をする。だが、明日はもっと早く歩く。今日の調子では、京へ着くのに一月ひとつきかかってしまう」

「そんなに歩いたら、足がなくなっちゃうよ……」

「それに、道が変わっていたり、揉め事に出くわさないとも限らない。私も尾上橋おがみばしより南へ行くのは久方ぶりだ」

「おがみばしって?」

「この先にある大きな町で、三蕊みしべの城下町だ。そう聞いてもお前にはわからないだろうが」

 確かによくわからず、篭はまた別の質問をした。

「何しに行ったの?」

「……伊奈いなの輿入れのときに、三蕊家を訪ねた。今の三蕊当主は、伊奈の父上だ」

 篭は瞬きした。頭の中で記憶が回転する。

「伊奈は、ありはたって町から来たって、言ってたよ」

「有秦は、深渓やこの寄木を含め、旧有秦領を広く指して言うことが多い。だが三蕊家の人々は、自家が有秦系の主流であるという思いが強いから、特に尾上橋を指して有秦と呼んだりする。……お前は伊奈と、どんな話をしたのだ」

 ちらりと、宋十郎が振り返った。

「ええと……有秦は大きい町だけど、深渓のほうがきれいだって、伊奈は言ってた」

 宋十郎の視線が下がる。

「そうか」

「おがみばしって大きいんだ?」

「有秦氏は、前の幕府の頃まで一帯を支配する大豪族だった。内紛で家が分裂したが、今でもこの辺りは三蕊や遠夜えんやといった有秦系の諸家が治めている。籠原かごはら家は当時まで有秦の家臣だったそうだが、有秦氏が解体された際に旧主から領地を与えられて独立した。今の三蕊と籠原は同盟関係にあるが、実質主従関係といっても差し支えない。実のところ他国には、三蕊も籠原も一括りにして有秦と呼ばれている」

 長々と説明されたが、やはり篭にはよくわからなかった。

 彼のとぼけた顔を見止めたのか、宋十郎は付け足す。

「私は籠原の当主として、十馬とおまの病のことやこの旅のことを三蕊に悟られたくない。明日は尾上橋の検問で呼び止められるかもしれないが、お前は一言も口をきいてはいけない。病だと言えば問い詰められることもないだろう」

 その話は理解できたので、篭は頷いた。

「ええと、尾上橋では話しちゃいけない。わかった」

 宋十郎は篭の、包帯に覆われていない右目を見つめた。

「わかったというのは、まことだな」

 篭はぎくりとした。彼は一度、約束を破っている。

「うん……」

 曖昧に頷いている間に、宋十郎が続けた。

「狂人か痴呆のように扱われるのが嫌だと言うなら、仕方ない。守れない約束などせぬほうがましだ」

 白い顔は荷物へ向き直り、手を動かし始めた。

 篭は慌てた。

「ええと、違う。おれ、何もわからないし、喋らないほうがいいと思う。だから、次はちゃんと約束守れるか考えてた。また約束破らないか、心配になったんだ」

 再び、白い顔が彼の方を向いた。

「ならば、できる限り努力するということで受け取っておく」

 理由はわからないが、篭は胸を撫で下ろした。







 窓の外で、日が落ちようとしている。

 宋十郎は篭の足を処置した後、何か書物を読んでいた。

 足に布を巻かれた篭は、寝転がって天井を眺めていた。

 痛みが落ち着くと、別の感覚が頭を擡げてくる。

 腹が減ったと思い、考えもなく立ち上がった。

 格子戸を開けて部屋を出ようとしたところで、宋十郎が顔を上げた。

「どこへ行く」

「ええと……家を見て回っちゃだめ?」

かわやか?」

 そう言われて、そこへ行こうと思った。

「あ、うん」

「恐らく家の裏手にあるだろう。敷地の外へ出ないように」

 釘を刺され、もう一度頷いた。

 戸を閉めて、廊下へ出る。

 細い廊下は案外と長く、奥から食べ物の匂いが漂ってくる。

 匂いを追うように歩いていると、廊下の先に人影が現れた。

 旅装の若い娘に見える。

 目が合い、意味もなく篭は微笑んだ。

 娘はすぐに視線を外すと、彼の目の前で立ち止まった。

 ごく短い沈黙が生まれ、彼は訊ねた。

「ええと、何?」

 彼は娘のうつむいた顔を見、次に、お互いに半歩よけなければすれ違えないと気付く。

「あ、ごめん」

 体を引いて道を譲った。

 娘は無言でそそくさとすれ違うと、廊下の先へ歩いていった。

 一人で首を傾げた後、篭は厠を探して進んだ。


 厠から戻る帰りに、今度は盆を持った店主と鉢合わせた。

「おっと、失礼いたしました」

 店主が退がろうとするので、篭は体を引いた。

「どうぞ」

 笑顔で言うと、店主は頭を下げながら進んできた。

 盆の上には、麺と汁だけの饂飩うどんが乗っている。

 篭は店主について歩き始めた。

「それ、おれたちの?」

 店主は笑い、首を振った。

「いえ、先ほど新しいお客様がいらっしゃいまして、その方のですよ。旦那さま方には、今お膳をお持ちします」

 店主は玄関付近の土間へ入った。彼らが到着した時には、閉められていた部屋だった。

 土間には四人掛けの机と椅子が二組置かれており、その一つに幼い子供と母親らしき女が腰掛けていた。

 貧しい身なりで、荷物を足元に置いているが、旅装ですらない。

 しかし、子供の周りに漂っている影が、篭の目を引いた。

 蝶のようにひらひらと舞う小さな影が、時折虹色にきらめくのである。

 子供のほうも、顔を上げると店主でなく、その背後の篭をまっすぐに見た。

 店主が盆を母子の前に置いた。

「温かいうちにどうぞ」

 母親が戸惑いがちに、店主を見上げる。

「あの、さっきお伝えしたように、お代がないんです」

「お代は結構だよ。お昼の残り物だからね」

「ですけど……」

 その時、篭を見つめていた子供が、突然声を発した。

「おかあさん、ひとつ目お化けだ。ひとつ目お化けがこっちを見てる」

 店主が篭を振り返り、母親がさっと青ざめた。

喜代きよ、何馬鹿なこと言うの。お武家さまに謝りなさい」

 注目を浴びた篭は、びくりと身構えた。

「え、いや、なんで謝るの。おれ、一つ目お化けだよ。ほら、いっこしかない」

 篭は笑いながら、包帯に隠れていない右目を指さした。

 店主がほっとしたように肩を落とす。

 母親はまだ青ざめている。

「申し訳ございません、この子はまだ子供で、」

「大丈夫、大丈夫だよ。あ、ねえ、おれのごはんまだ?」

 助け舟を求めて、篭は店主を振り返った。彼にはなぜ母親が取り乱すのかがわからない。

「準備はできておりますが……」

「ええと、今食べたいな。すごく腹減ったよ」

「ここでお召し上がりになるんですか?」

 店主は目を瞬きさせた。

 驚いているように見えたが、篭にはやはり理由がわからない。

「うん。だめなら、いいんだけど」

「いえ、とんでもございません、只今お持ちいたします。お連れさまはどうされますか」

「あ、うん。一緒に食べたいから、呼んでくるよ」

「承知いたしました」

 店主は頷くと、奥の廊下へ早足に歩いていった。

 篭は母親を宥めようとして、できるかぎり明るく微笑んだ。

 子供の向かいの椅子を引きながら言う。

「ここ、座ってもいい?」

 逆に、母親の顔は、ますます緊張を強くした。

 伊奈といい、先ほどの娘といい、自分は女性に嫌われるのだろうか。

 落ち込みかけていると、篭を見つめていた子供が言った。

「いいよ」

 つぶらな瞳が彼を見上げている。

「ありがとう」

 やっと居場所を得たように感じて彼は笑い、子供の向かいに座る。

「ごはん、食べないの?」

 彼が言った時、入り口に宋十郎が現れた。

「篭、何をしている。厠は逆方向だぞ」

 篭は手を振った。

「あ、宋十郎。厠はさっき行ったよ。夕餉だって」

「それは知っている。なぜここにいるかと聞いている」

「ごはんを運んでるおじさんを追いかけてきた。おれたちのも、ここに持ってきてって頼んだ」

「何を……」

 そこまで言いかけると、宋十郎は三和土たたきに置かれていた下駄げたの一組をひっかけて歩いてきた。

「お前、裸足で土間に降りたな。先ほど手当したばかりなのに」

 眉を寄せながら、宋十郎が言った。

「篭、言わなかった私の落ち度でもあるが、私たちは――」

 その時、間口に盆を抱えた店主と女将が現れた。

「旦那さま、お膳はどちらに置きますか」

 訊ねられ、宋十郎は立ったまま閉口した。

「いや、私は……」

 代わりに、篭は自分の前と隣を指す。

「ここで食べるよ」

 店主と女将は言われた通りに膳を置くと、丁寧に会釈して去っていった。

 母親は、相変わらず泡を食ったような顔をしている。

 溜め息を吐き、宋十郎は観念したように、篭の隣に座った。

 向かいの母親に向かって言う。

「すまない、私は深渓の者で、そうという。こちらは私の弟の篭だが、少し変わり者でな。驚かせたかもしれない」

 静かな声を聞いて多少人心地を取り戻したように、母親が頭を下げた。

「も、申し訳ございません。あたしは、羣峰むれみね渡喜ときと申します。この子は喜代です」

 宋十郎が箸を取ったのを見て、母親はおずおずと、自分の箸に手をつけた。

 既に篭は、椀の中身を口に入れている。

「羣峰から寄木ならば、今朝出たばかりか。この時世に母子ははこ二人でどこへ行く?」

「ええ、その、この子が病で。お医者に見せに鎌倉かまくらへ行くんです」

「それは、苦労するな。父親は?」

「亭主は、戦の怪我がもとで一昨年死にました。あたしだけじゃやっていけなくて、大きな国へ行けば奉公先が見つかるかもと思ったことも、あります」

 篭は、宋十郎の目が細められるのを見た。

「ここの宿賃は」

「部屋を借りるお金はないんですが、ご亭主が土間を貸してくださって。饂飩まで恵んでいただきました」

 箸を掴んだものの、母親は食事をしていない。

 篭は自分の膳から芋煮の小鉢を掴むと、喜代の前に置いた。

「これ食べる?」

 子供の目がきらきらと輝く。戸惑う母親の隣で、子供が言った。

「ありがとう」

 宋十郎が言葉を足した。

「召し上がられよ。この男なら心配ない、腹が減ると羽虫を捕らえて食う」

 実は、森を歩いていた時、篭は空腹を誤魔化そうとして三回ほど虫を食っていた。見られていないと思っていた。

 横顔に宋十郎の視線を感じたが、彼は黙って食事を掻き込んだ。

 やがて篭と宋十郎は食事を終えたが、母子ぼしはまだ箸を動かしていた。

 彼らは立ち上がり、篭は二人に笑いかけた。

「渡喜、喜代、おやすみ」

 母親が深く頭を下げる。

 彼らが土間を出ようとした時、喜代が言った。

「天狗さま、おやすみなさい」

 すぐに渡喜の「こら、静かに」という、囁くような声が後に続いた。







「まず篭、手当した足が台無しだ」

 部屋へ戻るなり、宋十郎が言った。

「ごめん……汚しちゃだめって、知らなかったんだ」

 言い訳に対し、宋十郎は呆れたように頷いた。

「そうだろうな。布を替える。足を貸せ」

 彼らは畳の上に座る。

 宋十郎は汚れた布を巻き取りながら、言葉を続けた。

「二つ目に、他人に関わるな。お前は魔物憑きだし、私たちは素性を隠して旅をしている。三つ目に、武士は庶民と飯を食うものではない。私はお前の人間好きを悪いとは思わないが、分別のない振る舞いを蔑む者もいるし、あちら側も恐縮する。恐らくあの母親は私たちがいたせいで、ほとんど飯を食えなかった」

 最後の言葉は、篭に衝撃を与えた。

「えっ、渡喜があんなにのろのろしてたのって、おれたちのせいだったの?」

「そうだろう。普通庶民は武士と飯を食わないし、もし同じ場で食すことがあれば、武士が食べ終わるのを待ってから食べ始めるのが礼法だ」

「何それ、なんで?」

「それは、そういう決まりだ。身分が違う。高い身分の者は、低い身分の者より先に飯を食う」

「えー……? 人間の種類が違う? 食べ物が違う?」

「人間は一種類しかいないし、同じものを食べる。家柄や身分の差はあるが」

「えー……変なの」

 それ以上宋十郎は何も言わず、篭の足に清潔な布を巻きつけた。

 理解不能なことに対する思考を投げ出した篭は、別の思い付きを口にした。

「そういえば、喜代の周りに、蝶みたいなきれいな影がいたよ。病気って言ってたけど、大丈夫かな」

 荷物を片付けながら、宋十郎は返した。

「病のことはわからないが、無事に鎌倉に着けるかが問題だろう」

「あ、盗賊?」

 篭は、朝の宋十郎の言葉を思い出した。

「あの人たちは、侮られないかな?」

 宋十郎の眉間に、皺が寄せられた。

「この時世に、母親と幼子の二人旅だ。正気ならばしない。何かよほどの事情があるのだろう」

 また宋十郎は難しい物言いをしたが、恐らく絶望的らしいということは、篭にも感じ取れた。

「おれたちも鎌倉を通るんだよね?」

「付近を通るが、私たちにできることはない。不憫な者を路上で見るたびに情をかけていては、永遠に京に着くことなどできない」

 眉間に皺を寄せたまま、宋十郎は立ち上がった。

「お前が汚した布を洗うため、水を借りてくる。おかしな音などは聞いていないか」

 ひとまず、篭は頷いた。

「今朝から影はいっぱい見るけど、悪い感じはしないよ」

「良し。私が外す間、決してこの部屋から出るな。何かあってもここで待つように。すぐ戻る」

 そう言い置くと、宋十郎は布を手にして、部屋を出て行った。


 残された篭は、ぼんやりと格子戸を眺める。

 あの親子は燕で、盗賊たちははやぶさなのかもしれない。隼は、腹を空かせると他の動物を襲う。

 しかし、人間は一種類しかいないとも、宋十郎は言った。

 それに燕も、仲間と力を合わせて、隼を追い払うことはある。

 篭は畳の上に寝転がると、さらに考えた。







 粗末な小屋の中である。

 闇の深い時刻だが、囲炉裏いろりの火の他には明かりもない。

 男が一人、火の隣でなたを研いでいた。

 暗い色の皮膚と酷く短い黒い髪は、夜の闇に紛れてしまいそうだった。

 すぐ隣は土間になっており、土間の端の戸口が開いた。

 現れたのは、篭が旅籠の廊下ですれ違った、旅装の娘である。

韋駄天いだてん

 娘が頭から笠を下ろし、男を呼んだ。

 上がった男の顔には表情がない。薄い瞼の下の目は、鉛のようだった。

 戸を閉め、土間を横切りながら娘は話した。

「深渓へ行ったにしちゃ早い戻りだ、だろ? 実は行かずに戻ってきたんだ」

 男のそばのあがかまちに腰を下ろしながら、娘は喋る。

「寄木の旅籠を覗いたらな、なんとな、黒鬼さんを見かけたんよ」

 男が声を発した。

「籠原十馬か」

 娘は頷いた。

「しかも宋十郎の旦那がご一緒でさあ。こりゃ、お館さまにご報告だな?」

「いや」

「ん? ほっとくか?」

「連中の行き先は」

 ああ、と娘は草葺きの天井を仰いだ。

「京まで行くとか何とか言うとったわな」

 韋駄天と呼ばれた男は、闇を睨むように目を細めた。

雨巳あまみ、十馬に付け。報告は俺にしろ」

「へい、合点でさ」

 雨巳と呼ばれた娘は、目を細めて笑った。




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