幼馴染はたぶん俺のことが好き

久野真一

幼馴染はたぶん俺のことが好き

 大学への進学を控えた三月某日の夜。

 俺と幼馴染の月夜芽衣つくよめいは揃って暗闇に輝く月を見上げていた。


「やっぱ満月はいいもんだなー」


 俺たちの住むマンションは郊外にあって、交通は少し不便だ。

 しかし、すぐ近くにベンチがあるだけの小さい公園があって。

 座って月や夜の星が思う存分眺められるのはいいところだ。


「でも、ちょい寂しいもんやね」


 ベンチで隣にたたずむ芽衣の声はどこか寂しそうだった。

 隣を見やればどこかしょぼんとしている気がした。


「ま、四月から違う大学だし俺も寂しいな」


 小中高とずっと一緒だった隣の彼女。

 クラスが別でも「あっちの教室にはコイツがいる」という感覚だった。

 同じ実家から通学とはいえ、大学に入ると距離感も変わってくるんだろうな。


「ヨーちゃんは寂しがりやねー」


 気が付いたら頭に手を置かれて撫で撫でされてた。

 ヨーちゃんは俺のあだ名で本名は楠木陽太くすのきようたという。


「なんていうか昔から俺のことを撫でたがるよな」


 悪い気分はしないから、するがままにさせておく。

 ふと、


「なあ。ずっと前から思ってたんやけど……」

「ん?」


 何やらもの言いたげな顔だ。


「高校生にもなってこういうの嫌がらへんのどうなん?」

「といってもなー。別に気持ちいいし拒否する理由もないだろ」


 大体、自分から撫でてきといて何をいうかこいつは。


「ふつーもうちょい羞恥心湧くもんちゃうの?」

「お前も高校生にもなって男を撫で撫でしてるの恥ずかしくないのか?」


 芽衣のいうことは少しはわかるがそれならこいつも同類だ。


「んー、別になんとなく?」


 こいつは昔からこういう惚けた……いや、何かがずれてる奴だった。

 これ以上追及しても仕方がないか。


 それに、今日はちょっと大事なことを話そうと思っていたんだ。


「ところでさー、前からちょっと聞いてみたかったことあるんだけど」


 少し、心臓の鼓動が大きくなった気がする。


「ん?大学生活のこととか?」


 少し眠そうな顔で俺をみてずれた受け答えをするのも昔から。


「そういうんなくて……俺の事どう思ってる?」


 声のトーンを変えて、ついでに大阪弁に戻して真剣に聞く。


「んー……友達とは思っとるよ」


 目を閉じて何事かを考えつつ話す芽衣は少し悩ましげで、こういう問いに真っ直ぐなのも変わってないな、なんて思う。


「友達か……」


 芽衣のことだからそういう答えが返ってくるのではないかと思ってた。

 ただ、即答されてしまうとどこか寂しい気持ちが湧いてくる。


「親友とか幼馴染とか色々言葉はあるけど定義がわからへんしなあ」


 溜息をつきながら一言を付け加える。


「定義なあ。別に難しく考えんでもええやろ」


 こういうところだけ小難しく考えてるのはどうなんだ。


「ただ、居心地がええから昔からヨーちゃんといるのは本当やからね」


 ぽつんと差し込む街灯の光の中、そういう彼女はどこか嬉しそうで―


「う……それ反則だろ」

「反則?」

「いや、いい」


 居心地がいいとあえて言われるのはそりゃ嬉しいわけで。

 しかも、直前でただの友達かーと内心で落胆したあとだったからなおさら。

 

「じゃあさ……うーんと、異性として、てのはどうなんだ?」


 ああ、しまった。言葉選びまずった。

 もうちょっと婉曲に聞くつもりだったのに、こんなのは「お前のことが気になってるけど、お前はどうなんだ?」としかとれねえ。


「それ、前から時々悩んでたんよねー」

「え?」

「なんていうんやろ。ヨーちゃんを少し弟っぽく見てたところはあるし」

「お、おう。弟ね」


 これは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。


「でも、よくお話であるやん?家族同然かちゅーと少しちゃうんよね」

「そりゃなあ。お前んとこの弟見てるとわかる」


 芽衣には二歳下の弟がいて、よく最近生意気だの愚痴を聞かされたものだ。


「弟みたいに別に憎ったらしいとこはあらへんし」

「あ、うん。ありがとう?」

「なんでお礼?」

「いいから続けて」


 このパターンだと、きっと後に続くのは―


「ヨーちゃん努力家やし。面倒見もいいやん?」

「あ、ああ」


 特に照れる様子もなくこっちの美点を挙げ始めるもんだからどんどん恥ずかしくなっていく。


「毎年、ウチの誕生日には色々考えてくれる律儀なところもあるし」


 それは律儀以外の意味合いもあるんですけどねえ。


「それくらいは友人として当然な」

「ほかにも、友達が困ってたら自分の予定犠牲にしてでも駆けつけるやろ」

「いやその。そこまで褒められるほどでも?」


 怒涛の誉め言葉ラッシュで羞恥心が限界突破しそうなんだが。


「やから、どう思ってるかいうと。たぶん好きなんやと思う」

「……」


 告白というものはもっと奥ゆかしいものだと俺は思っていた。

 勇気を振り絞って相手に想いを伝えるというような。

 しかし、今はどうだ。横をみれば芽衣は至って平常運転。

 俺だけが羞恥心とか色々でドキドキだ。


「あのさ……一つ聞いてええか?」

「うん?ええけど」

「それって……告白ってことでええの?」

「告白……!?あ、ああ別にウチはそういうつもりやなくて!!」


 急にあわあわとし出した。

 しかも見る見る間に顔が真っ赤になっていく。

 なんとも珍しい代物だ。


「ちょ、落ち着け!深呼吸!」

「は、はい!了解です!」


 何故か急に敬語になったかと思えば、しばらくの間すーはーすーはーとお互い息を整えるのに必死になっていた。


「……えーと。たぶん好きいうんは本音なんやけど。やから付き合ってほしいかっちゅうと少し違って。ていうんは恋愛感情とかウチは全然自信ないんよ」

「おう。俺には「たぶん好き」がよーわからんのやけど」


 だって、目の前にいる彼女のことはずっと「すごく好き」だったし。


「やって、居心地がええし、唐突に声聞きたくなるんも一緒にいたくなることもあるけど、別にいっつもそうってわけやないし」

「それは男冥利に尽きるもんやけど。続けて?」


 こいつは特に意識もせずに言ってるんだろうけど、これまでそう思ってくれてたことが度々あったってことだぞ?嬉しくないわけがない。


「でも、別にヨーちゃんと話すよりゲームしてたい夜もあるし、他の友達と遊びたいって思うときもあるし。これって好きって言ってええんかな?」

「お前な……別に恋愛してる奴が24時間365日相手のこと考えてるとでも?」


 ようやくずれの原因がわかった。

 「本当の恋愛感情があれば、絶対に四六時中相手のこと考えてるはずだ」と思い込んでいるんだ。

 そんなわけがないというのに。


「そう思ってたんやけど、ちゃうの?」

「この際だから言うんやけど、俺も芽衣のこと好きや。でも、毎日毎晩お前のこと考えるかというとそれはねえ。断言する」

「え。ヨーちゃんもウチのこと好きやったん?」


 待て。


「さっきの「異性として、てのはどうなんだ?」で気づかんかったんか?」


 相手からそういう話を振られたら、相手も好意を持ってるんじゃ?と考えそうなもんだ。


「それは……単純にそういう質問やと思ったんやけど」

「もういいや。そういえば昔から芽衣はこういう奴やったわ」


 幼馴染はお互いをわかりあえるという話をよく聞く。

 ただ、こいつはいつも斜め上の答えを返してきていまだにわかれる気がしない。


「さすがにその言い方はウチがアホみたいで傷つくんよ?」

「あー、はいはい。そこは悪かった。んで本題に戻そうや」


 結局のところ。


「確認すると、俺は芽衣のことが好きで、芽衣も……俺のことを意識してくれてる、でええんよな?」


 あえて確認しないとまたとんでもない方向にずれていきそうだし。


「たぶん、やけど。それでその……ヨーちゃんはウチとお付き合いしたいと思ってくれてる、てことでええの?」

「ま、まあそういうこと。大学行ったら過ごせる時間も減りそうやし」


 告白というのはもっとロマンチックなものだと思っていた。


「そ、それやったらウチで良かったらその……お願いします?」

「なんで疑問形やねん!」


 さすがにツッコミたくなったので芽衣の頭をはたいてみた。


「いた。さすがに頭はたくんはナシやと思うよ?」

「交際の申し込みに疑問形で答える奴おるか?」

「そ、それは……でも、お付き合い言うてもウチはまだ経験ないから」

「から?」

「これでええのかいまいち自信もてへんわけで……」

「もう、わかったわかった。とにかくこれからは恋人としてよろしく」

「さすがにさっきのはウチがアホ過ぎたわ。ごめんな」


 急にシュンとして頭を下げてくる。

 こういうとこが男心をくすぐるんだけど、こいつは素でやってるんだろうな。


「ええよ、ええよ。ちょいアホなとこくらいは可愛いもんや」

「アホなんは否定せえへんけどちょいムカつく」

「はいはい」

「そこで流すんがさらにムカつくんやけど」


 どうでも良い言い合いをしながらベンチを立って家路につく俺たち。

 月夜の告白なんてロマンチックになりそうなものなのに。

 ロマンチックさの欠片もない。でもまあ―


「なんかヨーちゃんと手えつなぐんも久しぶりやね」


 隣にいる大好きな人が笑ってくれるなら、


「小一の遠足の時以来やった?」

「たぶんそうよー」

「あんときはそういえば担任の先生が―」


 まあいっか。そう思った一夜だった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

唐突に思いついたネタを短編にしてみました。

明確なテーマはないですが、コントっぽい感じを特に意識してみました。


楽しんでいただけたら、★レビューや応援コメントいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染はたぶん俺のことが好き 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ