第24話 クライマックスまでもう少しだね

 一秒


 結合魔獣の前と中の腕が外に弾かれた。


(速い……!)


 黒狼コクロウの短剣がひらめいた瞬間のことだ。


 二秒


 それでもと、四本角の魔獣は弾かれた右前腕を首に巻き付ける。関節を外して後ろから巻きつけ、急所である首を守る為だ。


 そして、同時に回転して尾を振り回す。


 三秒


 黒の『よろい』はそのぎに剣で乗った。


 尾から首までの棘を、全てがす勢いを叩き出す瞬発力は軽量級ならではだ。


 四秒


 狼貌ろうぼうは腕が巻かれている部分へ到達する前に、肘のバネを使って跳躍。


 その際に、すれ違った頭部の三本角を斬り落とす。


「ガァァァァ!!!!」


 五秒


 角を落とされた魔獣は苦し紛れに、拡散する術式エネルギーを上空に放つ。


 半秒にも満たない速度で到達するそれらを、皇太子は一つずつ短剣によりさばき、返した。


 六秒


 爆煙に混じる術式粒子を吹き払う頃には、皇太子が巻き付けられていた腕を払っている。


 逆手の突き刺しが決まる。


 七秒


「甘い!!!!」


 黒狼コクロウは刺さった短剣が抜けなくなっているのに気付いた。


 魔獣が鱗下りんかの筋肉を収縮して、固定したのだ。


 八秒


 広がった三肢が観音開きを閉じるように、獲物を切り裂かんとする。


 停止。


 九秒


『刺すだけではない』


 燐光。


 十秒


「ミッッッッ°゛!!!!」


 爆発四散。


 これにて魔獣は討伐されたのであった。


 ***


『これでもこっちじゃ上澄みなのでな』


 黒狼コクロウは身を振って全身に着いた血飛沫を振り払う。


『お前達が勁力けいりょくに耐性があるのは知っている』


 彼は以前の戦場で対峙した鉄塊スライムを思い出す。


 それに対する対策も考えてはいるが、


『とまあ、言っても超高エネルギー体の勁力だ。限界まで注入するばこうなるな』


 要は、


功夫クンフーが足りてないってことだ』


 勁力を過剰に流して、経絡を暴走。内傷ないしょう(経絡系へのダメージのこと)を拡大させて、そこから肉体を破壊させたのだった。


 勁力を扱えても、使いこなせていない最初の魔獣達はこうして討たれた。


『さあ!!!!』


 一息からの号令。


『総員整列! 状況を再開せよ!』


 ***


『知覚強化、戻ったぞ!』


 炎成エンセイと中央の軍団は皇太子による強化知覚支援が復帰したのを確認する。


 その量産『よろい』は通信から流れて来た皇太子の音声に耳を傾け、維持していた戦線を上げていく。


嗚呼ああ、我ら世界をせる者なり!』


『我らあるじと姫に使われる手脚てあしなり!』


『故に我ら、──主と姫に世界を届ける者達なり!』


 間を置かずして、


『『『征けよお前達!!!!』』』


 通信、外部音声問わず、赫鴉カクア白星ハクセイ黒狼コクロウの号令が降る。


 行くぞ!、と誰かが言った皮切りに『よろい』達がぶちまけるように突撃。


 戦線は白熱の一途を辿たどっていく。


 ***


『さて、現場の皆様はこれで大丈夫でしょう』


 戦場はところ変わってビサニティ領内上空。


 地表から数万メートル離れた大気内。


 その中で拠点防衛用大戦艦『久恩窮奇くおんきゅうき』の九艦が飛んでいた。


 そして、相対あいたいしているのは全長十キロを超す、二本の角と全体に触腕が生えた数十億匹と一匹が結合した魔獣だ。


 ウネウネと蠢く、というにはあまりにも大きく、空を切り裂く速度で水蒸気が発生しているの威容は、排熱の蒸気を思わせる。


『ああっ! お母様! お母様ですのね!』


『何かと思えば最初期型の獣ですか。親と呼ばれるのは中々不愉快です』


 四耳二角よんじにかくの少女は母と呼ばれたことに、眉間のしわが残るような不快感をあらわにした。


 対する巨大な触腕の塊は歓喜に打ち震えるように、大気を切り裂く腕を激しくさせている。


『ツレないですわね! 折角の再会ですのに!』


 オープン回線に流れる馴れ馴れしい声色は、発情した雌犬の吠え声よりも耳に響き、白星ハクセイにとって頭の痛いことだった。


『私、お母様に会えてとっても嬉しいの! 早くお父様に報告させてくださいまし!』


 副砲一発。


 『久恩窮奇くおんきゅうき』から放たれたものだ。


 巨大触腕はその数十本を自切じせつし、壁にした。


『チッ……!』


『見てくださいましたか?』


 二角の魔獣は喜色を隠さず、親の前で良い子のように振る舞った娘のような態度である。


 切れた触腕が再生すると、そこから術式放射が放たれる。


 術式により直接『命』という大きな代価を、何億とあるそれで踏み倒されて放たれるエネルギーは障壁と回避運動により、無駄撃ちとなる。


 しかし、


『アハハハハッ! いつまでも出来ませんわよね⁉︎』


 一枚で数千匹のワイバーンの放射を耐え切れる障壁が万と割れる。


(流石に術式契約ギアスでブーストされてる威力は侮れませんか……)


 白星ハクセイはその厄介さに、内心苦々しく顔を濁す。


 術式は代価が取り返しが付かなければ付かないほど、この効力を増す。


 その点でも、勁力けいりょくとマテリアルを元に分裂増殖する魔獣を開発した『あの』憎きかたきの悪辣さには感心すらしてしまう。


『全艦分離形態!』


 大戦艦は牽引帯けんいんたいを外して巻き上げ、魔獣を囲むように航行。


 各艦が砲撃を行う。


 狙いは一面で正面を削るのではなく、多面で側面複数を散らして削るのだ。


『んもうっ、お母様のいけず』


 だが、魔獣はひるむことなく腕を広げて各方位へ術式を放射する。


 単艦の分、機動力が上がっている白星ハクセイ側は障壁を展開しつつも、基本的に回避行動で放射を避けた。


 それでも厚みの減った障壁ではそれを殺し切れずに、各所に損害が出ていく。


じれったいですわね! そちらがノらないのでしたら、私はこうですわ!』


 そう二角が言うと、数百本の触腕が切れた。


 落ちていくかと思われたそれらは、その途中で身震いすると、翼が生え飛行し始める。


『さあ、お行きなさい!』


 翼、といっても飛翔器官というのでばたくというより、そこから術式を出力しての飛行だ。


 飛ぶという効率を無視という名の代価を支払って、術式飛行で無理矢理な速度を出す。


 もちろん、その非効率的な形での音速超過は、発生する衝撃波によって身をどんどんと削った。


 そうして無理矢理到達した一本の触腕が、


 爆発!


 ウン万匹の魔獣の命が凝縮された術式爆破は、星を数回はめぐる衝撃波を伴う。


『……ッ! 被害報告!』


『左舷に損害! 航行は可能です!』


 白星ハクセイは分身体の報告から、一筋縄ではいかないのを察する。


 他艦も同様に無理矢理迫ってきた触腕の自爆攻撃に損害がではじめてきた。


 しゃくさわりますが、と白星ハクセイは溜息をつく。


『各艦、連結形態へ!』


『『『『『『『『了解!』』』』』』』』


 再び九艦が連結する。


 各艦の損傷部分を生体金属ならではの、勁力けいりょくとマテリアルを急速補充で修復させていく。


 それでも、リソースを切っている『久恩窮奇くおんきゅうき』側が不利だ。


(さて、どうしましょうか)


 彼女は数百キロ離れた地点で、時折余波が飛んでくる夫の戦場を知覚素子で拾う。


 今なお死亡する魔獣の魂を吸収して立て直しの粘りをみせるオウカに、赫鴉カクア手脚てあしを吹き飛ばされながらも(その傷を再生させて)奮闘していた。


 ふと、『東方不敗とうほうふはい』で泣いていた彼のことを思い出す。


『情け無いからって他人ひとのことで泣くんですから』


 操縦槽の温度が上がる。


 龍脈りゅうみゃくそのものを内蔵し、そのおおきさゆえに《地相》を持てる大戦艦が脈動したのだ。


『まあ、お母様ったらヤる気になったんですわね!』


 多数の触腕をうねらす魔獣は、戦艦の炉心温度上昇をそう捉えた。


 触腕が高速で迫る。


 巨体を削るような、リーチを無理矢理伸ばす攻撃。


 複数の触腕は音を何枚も打ち抜いて、衝撃波で削られようとも、その莫大なリソースから何杯もの湯水の如く無邪気に撃墜しようとする。


『回避──!』


 白星ハクセイは『特定分解術式魔獣特攻』に対してなんらかの対策があると想定して、回避運動に移った。


 牽制が三、ブラフが二、本命が五のように迫る内、本命に限って副砲で撃ち落とす。


それらの認識は彼女自身用に調整された拡大知覚と黒狼コクロウからのバックアップでの聴勁ちょうけいだ。


 なるべく内側に巻き込むように回避行動をし、触腕達の動きを阻害する。


 接近しそうなモノは取り回しのいい副砲にて迎撃。


 けれど、


『甘いですわぁ!』


 二角はその内の何本かを爆発。


 強制的に方向を補正されたそれらが戦艦に取り付いた。


『がぁっ、──がっああああぁぁぁぁ!』


 白星ハクセイは神経系が焼かれるのを知覚する。


 取り付いた触腕は『特定分解術式魔獣特攻』にて血煙になったが、その粒子が戦艦の知覚素子に阻害情報として流れ込んだのだ。


『どうですの⁉︎ 『死ぬ』という代価で『知覚すれば苦痛を味わう』という術式は⁉︎』


 娘の狂笑をともなって流れてくる情報の奔流に、その親は叫ぶ。


 ***


白星ハクセイっ⁉︎』


 知覚情報のノイズに気づいた黒狼コクロウはそれを調整しようと、万もの魂の情報を一瞬でさばこうとする。


 しかし、重い代価の分、処理に手間がかかってしまう。


『チィ……!』


 そのえる景色に極太の触腕が戦艦『久恩窮奇くおんきゅうき』に迫る。


 ***


 白星ハクセイは知覚した。


 それは同時であった。


 鎖で伸びたあかい巨槌が太い触腕を叩き落としたのと、二角の巨大な魔獣が破裂したのがだ。


 巨槌きょついが通った後には、数千もの音の壁を突き破って、ふねと魔獣をかき回すような風圧をともなっていた。


 けれど、大戦艦は勁力けいりょく放出にて姿勢制御。


 濁流に何千もの土砂が流れ込むような荒れ狂う大気の中を、焼かれた神経系であってもその無茶に応えるよう、彼女と戦艦は持ちこたえた。


『俺の女に何してくれてンだ』


 オープン回線に野太い、それでいて良く通る声が響く。


 赫鴉カクアであった。


『有り難う御座います。赫鴉カクア様』


『別にオメエ一人でもどうにかなったンじゃあねえの?』


 流れてくる声には全力で急な坂を登り切って、デートに遅刻してきたような疲労と息の荒い色が濃かった。


『そうですね。でも、貴方あなたが助けて下さったのは事実です』


 『久恩窮奇くおんきゅうき』は魔獣に接近しつつ、通信で夫に感謝する。


『そんな訳で、赫鴉カクア様は戻っていいですよ』


『もう戻ってるつっーの』


 そう言われて通信が切れた。


『がぁ……! 間男の癖にぃ……!』


 苦痛で歪むながらも、恨み言を吐く姿勢に彼女は少しは感心する。


『結合したのが裏目に出ましたね』


『どうしてですのぉ……⁉︎ 情報奔流は一方通行のはずですのに……!』


『呪詛返し《攻性防壁》は発動してませんよ。ただ、貴女あなた方の情報を元に呪っただけです』


『……っ! 死んだばかりの魂の情報……!』


 まだ生体として機能しかけてる部分を、呪いのという術式の触媒にしたのだ。


 だが、一つ疑問が残る。


『私の呪詛返し攻性防壁をどうやって……!』


『簡単です』


 白星ハクセイは操縦槽に混じった血を循環させて流しながら、一つの事実を言う。



『……っ!』


『ああ、ちなみに私が一人でも生きていたら、いくらでも作りだせますので』


 中央三番艦で死亡した自身の分身体を新たに作り直しながら、次男の嫁は(これでも結果シンドいですけどね)と世間話のようにとも思っていた。


『……でもいいですわ。まだまだ殺そうと思えば……!』


『全く……、可愛げがないのは誰に似たんでしょうね』


 獣は子を見て呆れ返った。


 そして、引導を渡そうととも思う。


『ついて来れるならついて来てみて下さい』


『なんの、これ、しきぃ……!』


 大戦艦は高度を一気に上げる。


 二角の魔獣も全身の触腕と体から血を流しながらも、ついていこうとする。


 音を何百枚も突破する衝撃波。


 大気圏を突破し、遂には外気が無い地点まで飛翔する。


『行けますの……! 私はお母様とお父様が一緒にいて下さったら……!』


『残念ですが、それは叶いません』


 『久恩窮奇くおんきゅうき』が主砲を放つフォーメーションを取る。


 魔獣も受けて立つと、辛うじて繋がっている触腕を束ね術式放射。


『お母様ぁぁぁぁ!!!!』


五月蝿うるさいです。死ね』


 一方的な勝ち負けであった。


 『天を傾けるように、麗しき獣が穿うがつ』


 故の『傾天麗獣けいてんれいじゅう』であった。


 出力で術式に勝る勁力けいりょくを拡散しないよう編まれたわざは難なく魔獣を消滅に導いた。


『ふう……』


 白星ハクセイは自身を炉心代わりにしているのと、不快感から解放されて上気じょうきする心を落ち着かせる為、深呼吸。


 ***


『さて、戻りますか』


『さっさとしろ。まだ魔獣共が残ってる』


 通信に入ってきたのは黒狼コクロウだ。


『あら、継承一位。お偉い立場からご苦労様です』


『実際偉い立場だからな……!』


 こめかみに青筋を立ててるような、なんとか感情を表に出ないとつとめている返し。


『……すまん』


『なんですか、いきなり。気色悪い』


『察して受け取れ……!』


『言って下さらないと分かりませんので』


『こ、この……!』


 数瞬息をする音が通信に混じって、一呼吸。


『情報奔流をさばき切れなかったことだ』


 なんだそんな事かと白星ハクセイは溜息。


『いちいち律儀ですね』


『俺の気が済まんからな』


『私の事はもう大丈夫ですので、赫鴉カクア様の援護にまわって下さい』


 雑魚の掃討と『東方不敗とうほうふはい』の護衛もしなければ、と白星ハクセイ


『……大丈夫とか言ってなかったか?』


 皇太子の不審の混じる声。


 しかし、返しは明瞭であった。


『だからこそです。この戦いを盤石ばんじゃくに致しましょう』


 妻は信じているからこそ、夫の身を彼女なりに助けるのであった。

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