第22話 素直に感情出しゃいいのにね

 天地鳴動。驚天動地。晴天にあって霹靂へきれきを見る。


 そんな形容が相応しい技の応酬があった。


 赫鴉カクアとオウカの二人だ。


 二人とも宙空にて激突。


 あかと桜の『よろい』を展開、武器を打ち合っている。


 だが赫鴉カクアは少々様子が違った。


 巨槌きょつい、ではなくこんを得物としている。


 そして、その明らかに質量の足りていない武器で、天と地が裂けていた。


 ***


『噂よりサービスしてくれるんだね』


『たりメーだろうが。テメエ殺すには全部盛ってからだ』


 こんと鉄傘の応酬。空中での激突。


 赫鴉カクアが右袈裟打ちを叩き込む。


 オウカはその方向の後ろに落下加速込みの勁力逆噴射をかけ、回避。


 いくつか(といっても数千はくだらない)飛行魔獣との衝突を利用し減速。


 飛び上がりの衝撃波でもう数千をひき肉に変えつつ、鉄傘を振り上げ突撃。


 それに対し、あかの『よろい』は真正面から立てたこんで防御する。


 弾いたその引きを勢いにし、身を一回転。左逆袈裟を一打。加速には勁力噴射を付与してある。


 高い位置を取っている次男が放ち、それを神仙は無理矢理な横移動で回避。


 発生した衝撃波は多数の魔獣を巻き込みながら、十数キロ下の大地に大きな痕を刻んだ。


『なるほどね、彼女がいさぎよく死ぬ訳だ』


師父しふ語りてえなら死んでからにしろ』


 想う人は同一なれど、分かりあう気のない二人。語らうは武器のみだ。


 こんによる突き。胴体を狙ったそれは勁の横噴射により回避される。


 そこから薙ぐ、が当たりはすれど立てた鉄傘に阻まれ致命打とはならず。


 スウェーバックを伴った回避で威力を最低限まで殺された。


 それでも彼は構わず振り抜き、距離を取らせた。


(来るか……!!)


 オウカは傘を広げ、更に勁力を通す。


『『打樹棍法だじゅこんほう』が最終奥義』


 赫鴉カクアこんに集中させた勁力の余波で周囲の魔獣が炭化する。


 遥か後方の『東方不敗とうほうふはい』が全開の障壁を貼った。


 彼が放つのは、彼と周りがよく知る恩ある相手の業だ。


『『天世樹穿てんぜじゅせん』』


 勁力の奔流。


 放たれた熱量は地平線より先を照らし、その線の地は何もかもを焼き尽くしていた。


 受け止めた神仙は姿をあかに飲み込まれ、そしてそこからその色の柱がほとばしる。


 光柱はゆうに星の空気の層を突き破り、月に観測者が居れば球に突き刺さるあかい極太の柱が無酸素宙域を煌々こうこうと照らしているのが分かっただろう。


 その収束までいくばくの時間。


『出てこいよ。まだくたばっちゃいねえだろ?』


『ふー! やれやれ、ここまでやるとはね!』


 オウカは得物をさして、あかい勁の粒子舞い散る天を飛んで現れた。


 防護兼戦闘服である『よろい』はところどころが溶け、関節周りの噛み合わせが悪いのか、金属が擦れる不協音を散らしている。


『これが君の証明って訳かい?』


『俺のじゃねえ。師父しふわざの証明だ』


『全く、ガラの悪さの割に律儀なことだね』


 やれやれ、と傘を閉じてついたすすを払うような仕草。


 そうするとあちこちの溶けて固まった部分が取れて元通りになっていく。桜の花びらが散るようにも見える。


 風情があるように見えるが、実際には肩にフケがついて不愉快くらいの感情だろうか。


 そして、関節などの隙間から余剰らしい勁の粒子群が吐き出された。


『勁力変換された魔獣共のカスか』


『ご明察。そんな脳味噌筋肉百パーセントの見た目だっていうのに、エンルマの教育は余程良かったみたいだ』


『語んなってつってるだろ』


『いやいや、術式契約ギアスによる魂の還元に気付けるとは。流石と言いたいね』


 赫鴉カクアは周囲の死んだ魔獣の魂(勁力とマテリアルの塊)の流れを読んだ上で、現在兆近い数のそれを持つ仇に棍を向ける。


『おっと』


 そういうオウカは身をひるがえすと、その残像を鎖が貫いた。


『隙ついて攻撃してこねえんだな』


 それはあかい棍と地上から上がってきたそれで連結されると、巻き上げられ棍から巨槌きょついへと変わる。


『そしたら鎖が絡んで振り回されるでしょ? そこまで再現されるのは腹立つからイヤだなあ』


『なぞりゃあ最後はテメエが勝つだろうが』


『そこまでサービスされても味気ないから……ねっ!』


 鉄傘の石突による突き。


 迎え撃つのは巨槌きょついの担ぎ上段による振り下ろし。


 衝撃波と勁力爆発を伴う破壊が起こる。


 周囲数十キロは衝撃波と熱波の嵐により、並の生物がとても生存出来るような環境になく、数百キロ離れた他国の国境では波長の短い光がなくなり赤の空が観測された。


ァ!』


 爆発がおさまらない内に、あかと桜の『よろい』が打ち合いを再開する。


 あかが横薙げば、桜の花弁ような力も噴射でそれとかち合う。


 しかし、単純な張り合いはあかに軍配があがり、桜は吹き飛ばされた。


『ハァァ……』


 吹き飛ばされた神仙は『よろい』の各所から勁力を噴射し、姿勢制御。


 鉄傘を開けば露先つゆさき一つ一つから、莫大なリソースに任せた勁力放出を次男へと向ける。


 多頭の蛇の怪物を思わせる複数の放出を、しかし巨漢は回避運動を交えながら、その巨槌きょついにて迎撃。


 十から別れて、一点に集まれば、更に数百を超える追尾の勁力。


 赫鴉カクアは一番最初に到達するそれを引きながら叩き落とす。


『ハン、あめぇよ……!』


 爆発の余波で後続を複数巻き込みつつも、それでも突破してくるそれら。


 加減速と急カーブで誘導しては、巨槌きょついで複数巻き込める数になり次第打ち抜く。


 しかし、一筋打ち漏らしがあれば、


 ズバン!


 右肩から先がぜ落とされた。


 左が支えてたので得物こそ落とさなかったが、その反対は手首を残してすす焦げた金属片を落としながら、煙を上げていた。


『さあ、お互い消耗戦といこうじゃないか』


『……上等だ!』


 赫鴉カクアは即座に右腕を『よろい』ごと再生。


 残る右手を激痛ごと握りつぶして巨槌きょついを構える。


 辺境邑次男と蛮族国家の神仙の戦いはまだ始まったばかりであった。


 ***


『はい、それで構いません。皆様、有り難う御座いました。御武運を』


 白星ハクセイは轟音止まない外部音を知覚素子で拾い、『東方不敗とうほうふはいにて、その区画を去っていく責任者に別れを告げた。


 彼女は拠点であり、城である『東方不敗とうほうふはい』の防衛を任されている。


 艦内端末には、外部装甲に食らいついている魔獣が『侵入までいくらか』の警告を発していた。


『やれやれ、あの鉄塊スライムが勁、マテリアル吸収で自爆でしたら、ワイバーンは増殖ですか』


 光学カメラから捉えた映像を見ると、装甲に取り付いている二翼六肢の金属質の薄桃色外皮の魔獣が、現在進行形で異常ともいえる分裂を果たしている。


 白星ハクセイは確かにこれなら軍事的な資質は十分にある、と感心してしまう。


『出来る母がこれですので、当たり前ですかね』


 そう言いながら、呼吸が少し辛くなる。


 彼女自身、少々荷が勝つ虚勢を張ってるのは理解していた。


 ただ、


赫鴉カクア様だって泣いていらしたのですから』


 心を許している夫は泣いてはいても、今はそれを止めて憎き仇と対峙している。


 それなのに自分が逃げては、それこそ通り名が泣いてしまう。


おろしたての服もあることですし、そろそろ行きましょう」


 白星は『よろい』に直結したインターフェイスを通じて、最終セーフティを外した。


 それらは既に暖気が済んでおり、勁力・マテリアル共に装填・充填も完了している。


 あとは解き放つだけだ。


「『傾天麗獣けいてんれいじゅう』、白星ハクセイ炎心エンシン久恩窮奇くおんきゅうき』出ます」


 彼女が出撃を申請すると、轟音が鳴り響いた。


 ***


 


 区画と区画を接続補助の勁力が押し出すように爆発。


 その周辺の装甲に侵食していたと言うべき数十万の魔獣達を、爆風が飲み込み消滅させる。


 吹き飛ばしと同時に四方十キロ以上、高さ一・二キロ近くの区画が排出された。


 きしむ轟音と空中分解していくドック。


 けれど、それは無理矢理な勁力浸透からの噴出により姿勢制御を果たした。


 不規則に大回転しそうになるカタパルト出入り口を外側に無理づくに向け、マテリアル点灯のガードラインを描く。


 術式仮想カタパルトも落ちながら形成。


 その大戦艦を射出──、否、──発射した。


 ***


 ち出された巨大質量。


 中央三艦、そこから後部に半分近くズレて左右三艦。計九艦の全長九・三キロ全幅三キロ全高九百メートル程。


 カラーリングは小麦を思わせる金と鮮血のようなあかの二つ。


 発射の勢いで粉々になったドックをフレア代わりに、付近にいた数万の魔獣を撃墜し、威風をたなびかせて堂々航行する。


『敵方の皆様、初めまして。私があなた方の母に当たる者です』


 外部スピーカーから白星ハクセイは少しでも薄桃の魔獣の気を引こうと、大音量を流す。


 気取られた、というより「あちらの方が楽に堕とせそうだ」というような、それら軍勢の挙動を前に『久恩窮奇くおんきゅうき』は全速力をもって飛ぶ。


 音を百超える飛沫を散らしながら、その余波で幾つもの敵がミンチに。


 しかし、それらは血飛沫と肉塊を盾にしながら取りつこうとする。


 その内一体が触れ、


 崩れた。


『母は許していないのですから、殺戮の二字をって抱擁致します』


 術式である。


 白星ハクセイ自身のマテリアル情報から開発された魔獣検知・検出術式を昇華したもの。


『一定値以上の私の要素を持つ生物、かつ私自身が直接操作時有効、という二重の制限故に実現した、対魔獣術式で御座います』


 ただの吶喊とっかんで群れにぶつかる度に、肉の支えを失い血煙となる魔獣達。


 すぐさま距離のある集団はマテリアル式のブレスを吐き遠距離攻撃に移った。


『障壁展開』


 巨大さからくる大容量大出力であれば、ありふれた障壁術式であっても、鋼鉄を瞬時に融解させるエネルギー照射すら容易に防ぐ。


 その照射が途切れれば勁力爆圧雷管式の対空機銃が火を噴き、数万体もの魔獣が穴だらけになる。


 それでも、と彼等は複数体で結合する。


『ほう、そうやってドラゴンになった訳ですか』


 輸送用の胴体部が大きい生体フォームと比較すると、噴射式に変えた羽根、格闘用の大型クロー、頭部はより情報を送受信しやすくなった二角を形成していた。


 大きさはキロに届かない程度ではあったが、次々とワイバーン達が結合していく。


 内一体がパワーダイブを仕掛ければ、我も征かんと後続が続き、その槍撃めいた突出が『久恩窮奇くおんきゅうき』に迫る。


 穂先、というにはあまりに太い穿孔の濁流。


 壁の如く、といった軍勢の上部から、流れ落ちてくるような勢いでその戦艦を撃ち堕とさんとする。


 それに対し、彼女はに伝達した。


『さあ、皆様、分離形態に』


『『『『『『『『了解』』』』』』』』


 一人の命令に対して、八人の返答。


 途端に、牽引索が外れて巻き上げられる。

 各艦が四方八方へブースト。


 単艦が散開したのだ。


『各員、互いの位置情報に気をつけるように』


 再び『了解』とそれぞれ返ってくるが、(まあ、互いの考えは大体読めるし)と全員が思ってもいた。


 『久恩窮奇くおんきゅうき』単艦分離モード。


 白星ハクセイ本人含めて九人の分身体が一人一艦を操縦している状態だ。


 性能は分割されるが、相対的に小さくなったことで旋回力等の取り回しが向上する。


 また、


『衝角剣、着剣完了。吶喊とっかんします』


 先頭三艦の元々と、後続六艦が術式仮想型の衝角に勁力をまとう。


 加速で音の壁を幾枚も突き抜け、九艦それぞれが穂先の側面に突入。


 突き破れば血の大瀑布をブチ撒け、上昇すれば空を覆う軍勢にも穴を開ける。


『全艦、主砲フォーメーション』


 突破後、勢い余って低軌道ながら衛星軌道へ到達した『久恩窮奇くおんきゅうき』は徐々に近づく。


 元々の合体艦の位置から中央三艦が下へ、左右六艦が間を開けるように移動。


『術式共鳴・コーティング、勁力放出開始』


 術式仮想砲台を構築していき、内部に勁力を溜めていく。


『マテリアル・勁力結合式エネルギー、充填完了』


 巨大な十五キロ超過の砲身が形成されれば、九艦それぞれから彼女達の師父が開発した力の奔流が集まる。


『砲身加圧、正常』


 砲身の中が満ちれば、それを圧縮する加圧の熱で周囲の屈折率が変動。

 界下の空は歪んで光が降り注ぐ。


『照準、魔獣軍勢』


 編隊を組み、艦に接近してくる、もしかしたら共にあったかもしれないそれら。


 マッハをゆうに超える速度で接近するのは敵意故だ。


『撃ちます』


 中央先頭艦で、白星ハクセイは引き金をいた。


 黄金の閃光


 迎撃した魔獣群は塵一つ残らず消滅。


 さらには、大地に沿ってなぞるように射角をあげれば、直撃分だけで分厚い積乱雲のようだった軍勢も消し飛ぶ。


 余波は熱と衝撃で、射線が通った周囲を滅茶苦茶にした。


 ビサニティ領内の空から見ればそのあとがはっきりと分かる程度には焦げている。


『まだ征きます』


 彼女は自身が『久恩窮奇くおんきゅうき』の動力炉としても稼働する故の体温上昇に身を焦がしながら、心にともる感情に薪をくべつつ、残りの艦と連動する。


 『東方不敗とうほうふはい』から送られてくる観測情報も参考にし、最大限魔獣を葬れる照射を通していた。


赫鴉カクア様が怪我をなさっていなけばいいのですが』


 ***


『アイツの心配をするより、自分の心配をしろ』


 呆れて眉間に皺が寄ってる声での返答。


 黒狼コクロウである。


 彼は現在、『東方不敗とうほうふはい』にて全体指揮をっていた。


 そしてなにやら、通信から騒がしい音が漏れ聞こえてくる。


『侵入されましたか』


『気にするな。遅かれ早かれだ』


 白星ハクセイが母艦でもあるふね網膜もうまくディスプレイに投影すると、それの一部が赤くなっていた。


 彼女の記憶が正しければ、そこは元は右舷戦艦ドックだったはずだ。


『シュミレーション通りにはいきませんでしたね』


『別にこれだけが想定外ではない。俺達自身が初めてなんだからな』


『私達は初めてではないです』


『ここで張り合うな……! あと、お前らの軍事行動を含めるのはやめろ!』


 あら、小ボケに律儀な、と白星ハクセイ


『お前も無理はするな。現状優位とはいえ、さっきからリソースを切っているのはこちらなんだ』


『もう音をあげるのですね』


他人ひと玩具おもちゃではしゃげるほど子供でないからな。なんならお前もだろ』


『……』


『どうかしたか?』


 友人の妻が急に黙るのに半目になる黒髪。


 すると、彼女が溜息をつく。


『さっきから継承一位に気遣われるとは……。一生の不覚です』


『一生不覚ってろ……!』


 皇太子はキレで通信を切りそうになるのを、青筋をキレさせることで代わりにした。


『……あの馬鹿が心配だ』


赫鴉カクア様でしたら、大丈夫ですよ』


『あの状態でか?』


 黒狼コクロウは自身の知覚に映る赫鴉カクアの勁力加熱状態に疑問を持つ。


 現状、複数回四肢をもがれては再生しているのを確認していた。


 優れた武侠ぶきょうであれば、四肢の再生自体は不思議ではないが、その再生速度が並外れている。


『勁力と感情が連動するのは分かってはいるが、こうも昂ってるとな』


赫鴉カクア様はああですよ』


『長年の信頼故か?』


赫鴉カクア様そもそもが信頼に足るのですよ』


『アイツとは初めてだからな』


 じゃあ、と金髪の女は操縦槽で浮かびながら「胸が楽でいい」とふと思いながら、


『今回ので焼き付けといて下さい』

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