第21話 ようやく戦争が始まったのですが!
地表から約十五キロの上空に浮いて、そこから更に『
青く澄み渡るというより、宇宙が近い故に青暗く吸い込まれそうな空。
常人では到底身動きが取れないであろう低酸素低気温世界である。
「晴天、風向きは穏やか、か」
そんな環境お構いなしに彼は頭部『
オゾン臭がし、気温がマイナス二桁後半を記録する極限環境下であっても、呼吸は澱みなく肉体活動を平地のそれと遜色なく機能させている。
「つっても、そりゃ雲より高いとこいんだから当たり前なんだよな」
『寂しいなら寂しいと言っていいんだぞ』
彼は艦内中央管制室から通信で喋りかけていた。
「んー、まあな。
『
と、
通信で答えるのは彼女も艦内で待機しているからだ。
その背後からはなにやら多くの人の声が飛び交ってるのが分かる。
『なに白々しい
かく言う彼の通信からも人々の会話が漏れていた。
『広々静かな場所で待機、とは羨ましいな』
「おう、案外いいトコだぜ。日焼けするには丁度だな」
『
『盛るなら後にしろ』
振ったのはオメエだろ、とツッコむ
こんな風にじゃれあってる三人ではあるが、今回の軍事演習──実質的には戦争である──の中核を担っている。
そして現在、進行形で演習が行われているのであった。
「観測班からなんだって?」
『全面桜色で目に痛い、だとよ』
『狙う必要がなくて助かりますね』
光学で捉えた地表と空には数えるのが馬鹿馬鹿しいほどに生き物であろう蠢きが映っていた。
「これ全部、
『飛行種、特に輸送型とみられる奴もいる』
『ビサニティにならってワイバーン種とでも呼称しましょうか』
「で、特に馬鹿デケェのはドラゴンてか?」
採用します、と
赤髪はいきなり呼称が追加されて現場が混乱しないか少し思案するが、まあその程度で音を上げる連中でもないか、と一人納得して頭部『
『んじゃ、始めっか』
『号令は譲ってやる。精々吠えてろ』
おうよ、と次男は皇太子の権限譲渡を確認すると、天を指す。
『天の
***
次男の号令に合わせて『
『
脈動する艦は
『さすれば
形成された『砲』は艦全体を包み込んで拡張し、全長百二十キロメートルを超えていた。
その超巨大砲台に詰められる弾は何処からくるのであるか。
それが来るのである。
***
「やれやれ、
現皇帝の
「『
執務室の窓から見えるのは、遥か上空に鎮座してなおその威容を知らしめる飛行都市戦艦『
「ま、いいさ。息子とその友達が頑張ろうっていうんだ。
砲撃特化の機能を付与された
マテリアル、勁力を充填された砲身は今か今かと辛抱の末、
「撃て」
その主人は確かに、しかし、静かに。通る声を持って号令を降ろした。
***
皇都にいる『
その距離を三十秒で詰める砲撃。
時速にて三六万キロメートル。
マッハ三百の豪速。
破壊のみを目的にした実体を持つ光条。
勿論それだけでも破壊力は標高八千メートル級の山脈を数度吹き飛ばしてなお余りある威力ではある。
だが、狙いが甘く標的に効率的に着弾するかはまた別の話だ。
そしてその補正、更にはキックスタートを担う存在がある。
『
『
轟音。
しかし、船体は大きく揺れるもひっくり返るとはいかず、すぐさま体勢を整える。
元々二番艦からの砲撃を受け止められるだけの剛性靱性を有している
『狙い定め──!』
砲を地表へ。
『あと0.3度右下に降ろせ。熱膨張分の補正を忘れるな』
極大砲撃の照準を補正するのは彼が識る知覚だ。
光や音、振動、熱量、敵勢までの距離、どの角度で発射すればより多くに当たるのか、エトセトラ。
加えてそれらの幾らか先の風景、数値変化を有線接続した『
黒い瞳は寸分の狂い無く敵勢を捉えていた。
『保たせます』
一歩違えれば容易く自身を消し飛ばす暴れ馬の手綱を握るのは
計九人の分身体の並列処理により各所へ
拡散しやすい勁力を術式と組み合わせることで密にする技術は、彼女達の師が編み出し仕込んだ
金の髪は露の汗も垂らさずに暴れ馬を御しているのだ。
『来るぞ!』
雲海を突き破って来るのはビサニティの軍勢。
翼を持つ魔獣を中心とした朱、というより赤の足りない桜色の大群は兆を下らない。
羽根は
それら大群が、陽に向かい顕現する百鬼夜行は、それを阻まんとする
『
迫る群に対して、しかし
全体が砲となり、砲身に弾が込められ表面温度が数千度となっていても
『まだだ、まだ引き付けろ』
皇太子は部下の焦りを
黒の『
『
金の化け物は、本番において緊張する周囲に檄を送り、砲弾の熱量を保ちつつ、それのキックスタートの引き金を静かに握っていた。
『距離、一万五千……一万三千……』
刻々と迫る軍勢と熱を昂らせる船体。
ビサニティも巨大な熱量を感知しているらしく、防御壁の様なものを展開している。
『全く、出来る女が親ですと、子は子で小賢しい真似をしますね』
『笑っていいのか悪いのか分からない冗談はやめろ』
『いいじゃねぇか、笑えば。少なくとも
『そう言うお前はちょっと気が抜けただろうが……!』
あ、バレた? と
『全く……で? 美味しいところはお前に任すが大丈夫か?』
『応! 有り難く!』
『……杞憂か』
『継承一位?』
『気にするな。やる気があるならなんでもいい』
『アン? 元気一杯朝からドバドバの俺になんか文句でもあっか⁉︎ アアン⁉︎』
『ダル絡みやめろ! つかもう来てんだから撃て!』
『私も準備出来てますよ』
ンじゃ、と次男は最後に力を込めて、
『
豪砲が放たれる。
***
それは暴威だった。
それは威力だった。
それは力の塊だった。
単純な放熱量だけで周囲数百キロの大気がプラズマ化し放電。
雷の豪雨というべき線状が晴天を埋め尽くす。
その余波により地上ビサニティ部隊はそのことごとくが大気のない混ざった
放たれた砲撃それ自体も先鋒空戦力の魔獣を文字通り消滅させて突き進んだ。
それに加えて『
哀れ雑多な防護壁を展開しようとも、速度と質量が乗算された莫大なる砲弾の前では濡れ障子よりも脆い障害でしかなく、展開した魔獣はなんの延命も出来ずに、文字通り消え去った。
影も残らない熱と量の地獄の顕現。
例え人を超え魔獣と呼ばれた生き物であってもこの力の嵐の前では、彼等が持つポテンシャルを発揮することは叶わず消え去ったのが大半であった。
『へえ、彼女もその弟子もよくやるねえ』
──オウカが護る本隊を除いては。
砲弾と障壁が激突する。
大波。
空を走る波を生み出すのは勁力重点の障壁だ。
力には力という強引さで砲弾を押し返さんとするのは、『
桜の鉄傘を掲げてそこから
本隊を護るように広がる障壁は桜色を舞い散らせ、満開の花道を作っている。
押し返す。
砲弾それ自体に勁力の推進があるにも関わらず、ジリジリと後退していた。
魔獣は、当初の進軍速度よりも落ちているのにも関わらず、一個一個がその前進に乱されることなく飛翔。
高い統率力をもって実現することであった。
『うん、やっぱり君達は討ち滅ぼすに相応しい』
オウカは鉄傘の出力を上昇。
放射はそのままに、砲弾と接する部分から特大の爆破。
その衝撃波は『
そして、砲弾は大きく形を崩壊させていく。
爆発と推力に挟み込まれた弾体上下は半ばから膨れ上がり、その張力の限界点にてヒビが入った。
後はそこから崩壊するのみだ。
内部圧力が狭い逃げ道を得て、そこに殺到。
拡散しやすい勁力は術式と結合していても、元々の性質からその道に威力を発揮しながら噴出する。
欠けた部分をより広げ、更に逃げやすくなった力が殺到し更に広がる。
それがごく短時間的に繰り返されるとどうなるか。
爆発である。
まずは光。
地平線のその先ですら大きく観測された特大の光球が生じたその次には衝撃が走る。
星を数十回周る波は周囲の地形を見るも無惨な形に変え、そこに至ってようやく爆音がやって来た。
焦熱でガラス状になった大地と極高温によりプラズマ化して帯電する天。
波長の短い青い光は早々に消え去って、辺りは長い波長の赤が舞っていた。
昼に置いて夕が見えている戦場となる。
『で、それに合う鴉が舞い来る訳だ』
『よう! ブチ殺しに来たぜ!』
『元気そうで何より。あの雌の抱き心地はどうだった?』
気心の知れた仲の挨拶のように、どうしようもなく敵対する意思を隠さない剣呑な脅し合うような仲。
手始めにビサニティ本隊が九割、数千億が消失する破壊から戦端が開かれた。
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