第20話 あんまグダグダすると嫌われますよ?
「
「
「そして頭に公衆と付きますね」
彼女は壊れない程度に薄い扉に連続蹴りを入れる。
その先には
「何故に公衆トイレですか?」
「家のトイレだと
「ここでも十分に迷惑になってますが」
「
「さっきまで入っていた方々が慌てて出て行きましたね」
手を汚してなければいいのですが、と
彼女は投影端末を開くと、昼頃の時刻が表示されている。
通知の来る連絡文書欄は溜まりが消費を少し上回っていた。
「仕事しなくていいのかよ?」
「手のかかる事項が最優先ですので」
「分身でどうにか出来るだろ?」
「私含め九人までが限界ですので。
はあ、と妻はため息をつく。
夫がトイレに引きこもっているのに加えて、いくつか心当たりがあるのがどうにもというところだった。
「そんなにビサニティとの交渉が気に食わなかったのですか?」
こうであった。
先日ビサニティとの軍事演習を取り付けた交渉以降、
そして、今日に至ってはこうして公衆トイレの個室に引きこもるまでになっている。
「分かってるなら聞くなっつうのー」
「言ってもらわないと確認出来ませんので。それにほっとく期間は過ぎましたし」
「うわぁ! 容赦ねぇよこの女!」
個室からうめき声があがる。
「何がそんなに嫌だったのですか?」
「……情け
「具体的に」
「分かってんだろ? 交渉の時に来たピンク髪に
「あの方が仇だと?」
「……それにオメエの仇だしな」
彼女は投影端末にいくつか書き込む。何かの連絡だろうか。
「私は気にしておりませんよ」
「そうじゃねえ。俺が俺を気にしてんだ」
「プライドからでしょうか?
妻は夫が存外にそういったことにこだわる傾向にあるのを思い出す。
そして、自身のことではないとなると更に気にするのも思い出す。
「人として最低限だ」
「自身に及ばないことは最低限ではありませんよ?」
「人との繋がりが人らしいならそこは最低限だろう?」
理想が高くていらっしゃる、と皮肉くる
返しはなく、しばし無音が続いた。
「………………」
「………………」
外からは
(この場合、
彼女は投影端末を開いては、時折送られてくる重要文書に目を通してやり過ごしていた。
内容はどれも近々行われるビサニティとの軍事演習で必要になる物資や人の動きの承認だ。
「そろそろ
「もうちょっとここに居させてくれ」
「……」
熱せられた油が放り込まれる。
肉が油に炒められるときに香る妙な香ばしさがあたりに
「お゛ぎゃああああ!!!!」
野太い蛙の叫び声の主は
「は、
「三百度ほど熱した油ですが? 発火させないよう管理するのが面倒でしたね」
術式様々です、と金髪の四耳二角の
「いい加減鬱陶しくなって来たので強硬手段です」
そう言って彼女は個室の扉を蹴破った。
長い脚での前蹴りは飛ぶ、というより縫い付けられるように壁が穿たれる。
「……ンだよ?」
妻は
その夫は妻に濡れ鼠のようなみすぼらしい姿を気にしているのか、横目から睨んでいた。
「油臭いですね」
「誰のせいだと思ってンだ⁉︎」
「いつまでも塞ぎ込んでる
「こ、このっ……! いけしゃあしゃあと……!」
うわっと! と彼は油で滑って体育座りを崩してしまう。
便座から落ちて壁とそれの間に挟まった。
「ふむ、前衛芸術ですね」
「助けろや!」
「ほっといて欲しいんじゃないんですか?」
「く、クソっ! 自分で言った手前だけどよぉ!」
どうにか抜け出した彼は踏ん張りで立つ。
滑る足場でもしっかりと二足を落とせるのは日々の鍛錬の成果だろう。
「嫌でしたら、どうしてエンルマ師父と一緒に行かなかったんですか?」
「しなきゃいけねえことがあったからな」
「どうして
「それだと筋が通らねえからだ」
分かってるじゃないですか、とバケモノ。
それに対する人はそれでもまだショボくれた顔であった。
「頭では分かってんだよ。それでもしとけば良かったが
悔恨。
思い出せば思い出すほど、近くづく張り付く感情であった。
「それでも
問い。
分かっていることでも、今一度言葉にして示すのが教わったことであった。
「全部お膳立てした上でビサニティ潰さねえと世界征服の意味がねえ」
「覇者は如何なる者も真っ正面から打ち倒すべき、ですか」
そうだ、と次男は頷く。
「決めたンだけどなぁ。それでも感情に振り回されちまう」
「私も子供を望めないのがあるので、おあいこですよ」
「重てえこと言ってくれんなよ」
はあ、とため息の夫。
「
「別に。仕事が溜まってましたので、早く片付けて欲しかっただけです」
「はいはい、そういうことにしとくぜ」
「では、そういうことで。それと本気で投げ出したくなったら、一緒に投げ出してあげますからご留意を」
「ま、マジトーンで言うなよ……!」
そうして二人は個室から出たのであった。
***
「お?
「なんと?」
公衆トイレから出た二人は即座に届いた私的の連絡グループに皇太子からの伝言があった。
「『痴話喧嘩が済んだら帰りに
「私達をパシるとは。継承一位も中々イイ度胸してますね」
「てかアイツ、これまでのやり取り全部見てたのかよ」
「とんだ
そうだな、と
「ま、いいじゃねえか。俺も腹減ってるしよ。この辺で食ってから帰ろうぜ」
「では、苦労させた
「おう、いいぜい。なんなら甲板で食うか」
「好きものですね」
そういいながらも彼女は店に行こうとする彼に並んでいた。
***
かの国の挑発に耐えかねたビサニティは交渉に訪れ、
そして、それが遂に始まろうとしていた。
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