第19話 国の上に立つ奴なんてどいつもこうです

 炎成エンセイ東方不敗とうほうふはい』よりところ変わってビサニティ、とあるユルト(移動式住居)にて。


「疲れたぁ!」


 茶髪の男が正装のまま、ユルトに備え付けの寝具に寝っ転がる。


「ま、及第点だね。交渉お疲れ様、テム」


 そう正装を脱いでラフな格好に着替えている桜髪はオウカだ。


 細いシルエットながらも筋と肉は計算されて中身を詰めている。


 彼はテムと呼んだ青年に杯に注いだ馬乳酒をサイドテーブルにサーブした。


 そのテムこそ、ビサニティ首長である。


「なんなのアレ⁉︎ いきなり『私という物がありながらっ! 浮気をするとはどういう了見ですか⁉︎』って身悶えてきたのは⁉︎」


「オウカちゃんなりの抗議だね。僕達そんな関係じゃないのに」


「それ聞いた旦那さんの方も膝ついたと思ったら、スクッって立って笑顔で握手してくるし!」


 思い出した光景で涙目になるテム。


「まあまあ、取り敢えず僕達の魔獣が通用するって分かってもらえたじゃないか」


 オウカも自分の分の馬乳酒を注ぐと早速口をつける。


 一方茶髪のテムはゴロゴロと寝具の上で身を転がしていた。


「そんなに不安?」


「だって鉄塊スライムもうないじゃん! なのに交渉で『あれを基準にしていい』とか! バレたらどうなるのさ⁉︎」


「いいんだよ。『通用した』って事実が大事なんだから」


「それに『東方不敗戦艦』もどかせなかったし!」


「よっぽどにナメられてるね」


 ピタリとテムが寝具の上でうつ伏せになる。


「ボクの悲願なんだ。譲りたくなかった」


「『国際社会での地位確立』、か」


 サイドテーブルに腰掛けるオウカ。


 近くのテムは起き上がって、そのテーブルに乗ってる杯を取って口をつける。


 柔らかな酸味と濃い乳の風味が鼻に抜けた。


「懐かしいなあ。百年前にオウカに奢った時を思い出すよ」


 あの時は仙人で驚いたけどね、とテム。


「こっちこそ一酒の恩義に『どんな国にも勝つ国』、なんてせがまれたのは良い思い出だ」


「冗談で済まされなくて助かったよ」


「ははっ、君は本当にイイ性格してる!」


 恩人の肩を叩いて褒めの肯定。


 対するその人はどうにも浮かない顔であった。


「不安かい?」


「あんなに真っ直ぐ来られるとね。トンデモないのに喧嘩売ったなぁ……」


陽昇ヨウショウ……、いや炎成エンセイと言うべきだね。それの世界征服に否を唱えたんだ。救世勇者くらいの覚悟だろう?」


「そうだけど、いよいよもって引けない……」


 死に際の草食獣だってもっとマシであろう唸り声を上げながら寝具の上を転がるテム。


「じゃあ、辞めるかい? 僕なら辞めるけど」


「……しない」


「その心は?」


「世界征服だろうがボクの願いは譲れないんだ。幼稚だろうとボクはこの国を凄いと言わす」


 起き上がった彼は起伏は無いが強い力が走り、触ればしっかりと返る答えがあった。


 それに満足しているのか、共犯者は割れる顔を更に割る。


「いいね。それでこそ返す甲斐があるもんだ」


「でも夫婦で陵辱ネタ擦られるのは想定外だったな〜〜〜〜!」


 テムはよほど夫婦めおと漫才が堪えたようだ。


 対照にオウカは思い出すと腹を抱えていた。


「いやー、産業廃棄物だったアレをめとるとはね。誇大妄想人にはお似合いだよ」


「それ、ボクのことも馬鹿にしてない?」


「レベルとしては同じくらいだろう?」


「うわぁー! この仙人否定しませんのよ!」


「改めるつもりもないのによく言うね」


 何拍かの沈黙。


 天幕の外からは飼われている馬や羊の吐息が流れてくる。


「……実際の所、勝算はどのくらい?」


「『合同軍事演習』のことかい?」


 オウカは投影端末を表示して、『陽昇ヨウショウ・ビサニティ合同軍事演習』の事項をまとめた画面に目を走らせる。


 それの『損害責任の所在を問わない』の一文に目が止まる。


「『演習』なんて言ってるけど、ぶっちゃけ事実上の戦争じゃん。そりゃ気にもなるよ」


「まあ、良いとこ行くさ。僕に任せるといい」


「そこは頼りにしてる。これで結果を残せれば粛正の甲斐があるんだから」


「こりゃ責任重大だね」


「ノリノリで手伝ったのに良く言うよ」


 テムはそう言うと、杯の残りを一気に飲み干す。


「そんなに疲れたかい?」


「本当に真っ直ぐだった」


 溜息をつく彼の目は回想している。


 『東方不敗とうほうふはい』にて相対した『伏禍豪槌ふくかごうつい』が踏み込んで来たのを思い出す。


「単純に踏み潰せばいいものを……。なんでこっちの事情まで聞きにくるかね」


「そういうスタンス、で割り切れないの?」


「だってウザいじゃん。ナゼナゼ期のガキじゃあるまいし」


「けどあの場だと、そんなに不愉快には見えなかったけど」


「まあね。ビサニティが遊牧国家として限界だってのは事実だし、それ保つ為のオウカだし」


「隠すことも出来ただろう?」


「内容は公開されるんだ。だったら世論に今のビサニティを知ってもらった方が都合が良い」


 テムは投影端末を開くと、各国から送られるてくる抗議文や会談申し込みなどの文書を眺める。


「反応としては賛否両論、か」


「しょうがないよ。少なくとも略奪の禍根があるんだから」


 首長はいくつかの会談申し込みをピックアップして、部下に送っている。


 仙人も同じ部署に資料を送っていた。


 現状、ビサニティの運営は彼等二人で大部分を回しているのだ。


「今のところ、反世界征服の神輿にしかなってないけど?」


「まあ、ビサニティに対する印象を考えたら、生贄扱いより良いかなぁ、って」


「テムって意外と度胸あるよね」


 さてと、とオウカは出入り口に立つ。


「魔獣のところ?」


「僕の管理だからね。『合同軍事演習』に向けて最終調整さ」


三禍憑みかづき様々なのがねぇ。自国由来のが良かったなぁ……」


「贅沢言わない。あの時期百年前手頃に強力だったのがオウカちゃんだったんだから」


「つくづくビサニティが発展に向いてないのが分かるよ」


「鍛えたとしても、不老が限界だしね。そもそも主要民族が人族系ヒューマーじゃない時点でお察しさ」


「龍脈性能で伸び代が決まるとかホントにクソな世界だよ」


「それで仙人なんてズルチートに頼っているんだ。君も大概さ」


「へいへい。じゃあ、せめて勝てる魔獣を生産しといてくれ」


 オウカは外に出ると、東の地平に巨大な艦影が頭をのぞかせている。


 彼はそれを握る拳に収めると、討つに相応しいと感情を回していく。


「意外と小さいじゃないか」

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