急変

 翌日、久しぶりに僕は昼に目を覚ます事となった。久しぶりの昼起床だった。それでも慌てる事なく、のんびりと起床をする事ができたのは、たぶん今日がゴミ捨ての日でもなければ、大学が朝からある日でもなかったからだろう。

 なんだかんだ午後の授業には間に合う時間なので、のっそりと布団から起きると朝食兼昼食を取った。それでもまだ余裕があったので、洗濯機を回し、洗濯物を干してから大学に向かった。


 山里千里に昨日の事を謝ろうと思った。なんにせよ、僕が酷いことを言ってしまった事は確かなのだ。それについては謝らなければならない。

 正直、吉田の件については、色々と言いたいことはあるのだが、それは謝ってからでいいだろうと思った。


 謝って、和解して、いつも通りに戻ってから。それからで充分だろうと。

 そう思った。


 思っていた。


 その日、山里千里は僕の前に現れなかった。講義中も休み時間中も、彼女の姿は何処にもなかった。


 こんな事は初めてだった。しかし、山里千里だって人間だ。大学を休む事だってあるだろう。こんな日があったっておかしくはない。


 ただそれでも何か腑に落ちなかった。大学全体が何処かザワついた空気を醸し出していたからかもしれない。何かの話題で持ち切りの様子だったが、僕の耳は全ての会話を右から左へ流してしまった為、詳しい事はわからなかった。


 大学が終わった後もしばらくの間、彼女が来るのを待った。中庭、ベンチに腰をおろして本を読み、時間を潰しながら山里千里が来るのを待つ。彼女と別れた場所で、彼女がいつものようにやってくるのを待ち続けた。


 けれど山里千里は現れなかった。

 代わりに読み終わった本をもう一度最初から読み直そうとしたあたりで、2人組の見知らぬ男女が僕の前に現れた。


「山里千里さんの御学友の方でよろしいでしょうか」


 小綺麗な白い襟付きのシャツに身を包んだ女性と男性だった。女性の方は若く僕と同年代ぐらいの人物に見え、一本の髪の毛も取り逃がさないように綺麗にまとめられた一つ結びが特徴的な女性だった。男性の方は僕の一回り二回り上の年代の人物のように思えた。堀の深い顔立ちをした男性で、目元に濃い隈がある男性だった。


 声をかけてきたのは男性の方だった。「御学友」と言われた言葉に、一瞬、なんと答えようか逡巡する。しかし、結局いい返事は浮かばず、ひとまず「はい」と頷き返した。


「私達、こういうものでして」と男性がズボンから手帳のようなものを取り出す。


 黒い2つ降りの手帳の中に、旭日章と呼ばれる金色の紋章と『POLICE』という金字が輝いている。警察手帳だった。


「山里さんが今朝方、ご遺体で発見されました」

「え」

「山里さんについてお話を伺いたいのですが」


「少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」淡々と続けられた言葉に、僕は何かが崩れていくのを感じた。

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