回転ずしマジック 🍨

上月くるを

回転ずしマジック 🍨




 つい先日まで寒さにかじかんでいたのがうそのように、眩い晴天が広がっている。

 その青空の下に、出し惜しんでいた絵の具を一気にぶちまけたような色、色、色。


 履きなれたスニーカーを進めながら路地や野の花をあれこれ数えあげてみると……そんなにいっせいに咲き急がなくても、順番をつけたら? と言いたくなるほどで。



      🌺



 雪柳 木蓮 花桃 連翹れんぎょう 金雀枝えにしだ 花蘇芳はなずおう 躑躅つつじ 木瓜ぼけ 芍薬しゃくやく

 黄水仙 芝桜 パンジー チューリップ デージー ムスカリ 

 踊子草 たんぽぽ 犬ふぐり なずな つくし 菜の花……



      🍃



 日本列島でも春の遅い高原都市の4月は、眠たそうにたわんだ空とまだ雪が残る遠い山巓を背に、そこらじゅうがお祭りみたいに動植物が生命の讃歌を謳いあげている。


 いましも大陸で起こっている凄惨な紛争の犠牲者を思えば、同じ地球で安全な場所にあるわが身が申し訳なくなるが、瑠璃子には瑠璃子なりの深刻な現実があり……。


 薄いむらさきのサングラスと淡いピンクのマスクをつけ、鍔の深い帽子をかぶり、今年、二度目のプチ家出(笑)を決行した足取りは、一歩ごとに軽快になってゆく。



      ****



 寺のおかみがこれほど気骨の折れる仕事(と言うのも気が引けるほどの裏方だが)とは、高校の同級生だった住職からプロポーズされたときは思ってもみなかった。


 地域に多数の檀家を抱えている古刹なので、1年365日が行事みたいなもので、そのくりや関係をすべて取り仕きるのが「お大黒だいこく」と呼ばれる瑠璃子の役目だった。


 そのうえ、3世代の大家族の炊事、洗濯、本堂や庫裡のそうじ、落ち葉の季節にはだだっ広い境内の掃き掃除まで、身体がいくつあっても足りないような日常で……。 


 寺の大黒というだけでPTAや地域の役職は当たり前のように押し付けられるし、スーパーでぼんやりしていると「挨拶もしてくれない」と陰口をたたかれるし……。


「年中気を張っているわけにもいかないのに、いやになっちゃうよね」とこぼせば、皮肉屋の友人から「有名税だよ」と口をげられて、いっそう憂うつになり……。


 なのに、夫の住職、隠居の義父母、跡取りの息子とその嫁、孫たち……家族のだれひとりとして気にかけてくれず、「キュ~ン💦」と鳴いてくれるのは愛犬だけ。🐶



      ****


 

 日ごろのあれこれを考え始めるとキリがない。😪

 ふと気づくと、となり町との境まで来ていた。🏘️


 ここまで来れば檀家の視線からも解放されるし、つい今朝、うるさ型の長老から、江戸期の藩主夫人の墓の供花が萎れていると叱られたことも忘れられそうだった。


 で、ランチはお蕎麦にしようかなと思った目の端を、回転ずしの幟がひらひらと。

 そういえば孫たちが幼いころはよく連れて来たが、コロナ以降とんとご無沙汰で。


 回転ずしにおひとりさまは初体験だが、いまさら小娘じゃあるまいしと肚を決め、足で操作する自動ドアを入ってみてびっくり! なにもかも以前とは変わっている。


 接客もオーダーも会計も無人で、人間の代わりにコンピュータがこなすシステムが醸し出す人工的な空気には少しビビったが、こういうものと思えばそれまでのこと。


 それどころか「おばあちゃんは安上がりだね」(生臭いものが苦手ゆえ)「寿司屋で味噌汁?」恒例の揶揄からかいに苦笑で応じずに済むだけでもリラックスできる。(笑)




      💐



 やっぱり時代はかくじつに変わっているんだよね~。


 家族葬や樹木墓がふつうになったお寺にしても……。



      🌳



 静まり返った店内のカウンターに座った瑠璃子の背に、世の変遷が覆いかぶさる。

 寺院とて例外ではあり得ないが、本来の仏教に立ち返る、いい機会かも知れない。


 歴史上の為政者は、民衆の困窮をよそに莫大な寄進で自身の極楽行きを祈ったが、その煩悩を拒まなかった側とて俗の極み……かくて仏教は捻じ曲げられて来たのだ。


 都の古刹から見れば吹けば飛ぶような地方の末寺を後生大事に守って来たけれど、生き方も価値観も転換したこれからは、思いきって斬新な改革が求められるだろう。


 ついては、いつまでも院政を敷きたがる住職のリタイアのタイミングと捉えたい。

 若のお経は有難味が……とか言われながら、案外やってくれそうな息子でもある。


 実際は無給の家政婦に過ぎない瑠璃子にしても、大黒のままで終わるのはいやだ。

 篠笛、星座の観察、古文書解読……人としてやってみたいことはいくらでもある。


 何もかも変わるがいい、どんどん変わるがいい、いや、変わらねばならないのだ。

 ひとつところに留まれば、水も自ずから腐る、行雲流水こううんりゅうすいこそ世の道理であろう。

 


      ****



 〆の茶碗蒸しを食べ終えると、くいっと顎を上げてタブレットの会計表示を押す。

 案内に従って自動レジに向かう瑠璃子の胸は、帰宅後の算段に弾んでいる。😉🤩


 


 


 


 

 


 


 


 



 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

回転ずしマジック 🍨 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ