@heibonsan

雨は、嫌いだった。朝、早起きをして丁寧にアイロンをかけて作ったストレートヘアは、抵抗むなしく、湿気によって毛先がくるくると巻かれていく。


天然パーマは、友達にはうらやましいと言われることもある。しかし、当の本人は、この上なく不便であった。

縮毛矯正は掛けてくれない親に苛立ちを覚えながら、卒業までは我慢しようと高校三年の秋を迎えた。秋雨前線の到来で毎日毎日、髪の毛との闘いである。


なぜストレートヘアにするか。それは、あの"彼"が前にクラスメイトに言っていたセリフを覚えている。

「黒髪ストレートが好み。」

そう言っているの聞いてから闘いの日々は始まった。


この日も秋雨前線は絶好調で、雨が降っている。放課後に下駄箱で靴に履き替えると私のビニール傘がなくなっていた。

誰かが盗んだのだろう。やっぱり市販のビニール傘ではなく、個人が判別できる傘にしようと思いながら、外見る。


家までの10分程度だがこの振り具合だと、きっと帰るころにびっしょりだろう。


でもなぜか、今日はそんな日になってもいいと思った。

そのまま、導かれるように外に出る。

たまたまだろうか。

周りには誰もない。

身体を打つ雨は、どこか気持ちよかった。


しかし夏と違い、秋に吹く微かな風は、濡れた身体を冷やしていく。寒いのが苦手な私なのに、それもまた心地が良かった。


天を見上げ、より雨を感じてその気持ちよさに浸っていた時、いきなり空は暗くなり、雨が遮られた。


驚き振り返るとあの"彼"がいた。

「何してるの?」

と言われたとき、はっとなった。

湿気でさえ毛先が丸まってしまうのに、雨に打たれたその髪は風呂上がりの時のようにくるくると巻かれていた。急いで走り去ろうとしたが、彼に腕を掴まれた。


「風邪ひくから途中まで送っていくよ」

彼の手は、私を離さないという意思が伝わるほど強く握られていた。

しかし、痛みはなく優しさを感じた。頷くことしかできなかった。


彼の傘に入り、ハンカチで濡れた髪や皮膚を拭きながら無言で家まで歩いていく。

彼の家は近いところにあるのは知っていた。小学生の時もおなじ通学班だったほどだ。


何も会話することなく、彼と私の家の分岐点を迎えた。

色々と見られてしまって恥ずかしさで爆発しそうになりながらも

「ありがとう」

精一杯にお礼を言った。

彼にもそれは伝わったらしく、微笑んでくれたと思う。

彼の顔は途中から見れていない。


傘から出ようとしたときだった。

「その髪、かわいいね」

その言葉は、私の心臓を跳ね上げた。

彼の顔を見ると彼も恥ずかしそうにしていた。


「ありがとう。」

そう言って頑張って微笑んで返せたと思う。

それ以上に頭が回らなかった。


思い出したかのように傘から出ると雨は上がり、雲の割れ目から光が差し込んでいた。どこか私の心と同じような気がした。


私が自分の髪の毛を好きになった。そんな雨の日の話。


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