第28話・転回

 祈祷師様たちの話に、俺も泣く泣く加わった。いや、加わるしかない。空を自由に飛びたいが、貨物列車にそんな芸当は出来やしない。

「谷ピッタリ停まっているので、前にも後ろにも進めません」

「ドラゴンだろう!? 空は飛べないのか!?」

 と言ったのは、首長だ。それを聞いた祈祷師様も騎士団長も、唇を噛んでうつむいている。


「このドラゴンは、祈祷師様が神に祈って作った轍、線路しか走れないんですよ」

「それじゃあ、この正面をくり抜くか!?」

 周りで見ていた男たちが拳を振り上げ威勢よく雄叫びを上げた。

 いやいや、街に上がるまで何年かかるんだよ。手掘りトンネルだろう? そんなことをしたら、地底がジャガイモ畑になっちまう。


「うぬぬ……この谷筋に沿ったセンローが現れてはどうだ? 双頭の赤龍は曲がれないのか?」

「曲がれませんよ。上にあった線路だって曲がれなかったのに、ここはもっと狭い……」


 そこで俺はハッとした。神様次第で、ちょっと無茶にも思えるが、貨物列車を走らせられる手段がある。

「試したいことがあるんです。騎士団長、首長、みんなをコンテナに……ドラゴンの胴体に乗せてください」

「ドラゴンに飲まれろと言うのか!?」

「大丈夫です、この中に連合軍がいます」

 みんなを安心させようと、俺は近くのコンテナを開けてみた。


 ……ラトゥルス兵が椅子に絡まり、目を回してひっくり返っていた。壁ドンしないよう非常ブレーキを掛けたせいだ、ごめんよぅ……。


「……サガと言ったか。大丈夫なのか……?」

「大丈夫です、彼らは伸びているだけです、これには深い事実がありまして……」

「我々を信用してくれ。ラトゥルスのみならず、ピグミスブルクもヴァルテンハーベンも、ロックフィアも加勢してくれている」


 俺と騎士団長による必死の説得で、地底に追われた住民たちがおっかなびっくりコンテナに乗り込んだ。俺は運転台には上がらずに、祈祷師様と騎士団長、首長を引き連れて列車後方に向かって歩いていく。


 俺はひとつのコンテナそばに立ち止まり、祈祷師様に眼差しを向けた。

「サガ男爵、どうすると言うのです?」

「祈祷師様、そして神様に懸かっています。俺の望みを叶えてください」

 祈祷師様はコクンとうなずき両手を組んで、神に祈る格好となる。


 頼むぜ、神様。


「ドラゴンの頭の先から尻尾の先まで、円形の氷を張ってください」

 一瞬にして願ったとおりの、列車編成を直径とする正円の氷が地面を覆った。

 そして俺は、コンテナを開ける。


 コンテナにいたのは、窮屈そうに膝を折るゴーレムだ。


「ゴーレム、地面の氷を回してくれ」


 コンテナを降りたゴーレムは、俺の指示どおり正円の氷盤を回しはじめた。貨物列車は少しずつ谷筋へと向きを変える。

 貨物列車編成まるごとの、直径400メートルを越える巨大な転車台ターンテーブルだ。大抵は機関車のみを転回させる。こんな規模のものは、世界中どこを探してもない。


「これは凄い! サガ男爵、やりましたな!」

「本当に凄いのはゴーレム、祈祷師様、そして何より神様ですよ。思いついただけでは、どうにもなりません」


 貨物列車は深々と刻まれた谷筋を睨んだ。これで再び走れるぞ!

「ゴーレム、ありがとう。狭くて申し訳ないが、またコンテナに収まってくれ。祈祷師様、騎士団長、首長さんも先頭に戻りましょう」


 運転台に上がり前方を注視すると、祈祷師様が祈りを捧げた。進路には谷筋に沿った氷の線路が現れる。

 しかしそれは平坦だった。これではラトゥルス連合軍は地底を這っているままじゃないか。


「祈祷師様、これでは……」

「サガ、私が祈るべきセンローとは、どのようなものでしょうか」

 ああ……祈祷師様、ちょっと泣きそうになっている。可愛い。じゃなくて、さっき怒りすぎたのかな。


 俺は胸の前に腕を出し、肘から手までをほんの少し傾けた。これでだいたい10パーミル……1パーセント勾配か。氷の線路だから走行抵抗が小さすぎるけど、もうちょいイケそう。15パーミルくらいか?


「これくらいの坂をお願いします」

「わかりました。しかし……何やらおかしな格好ですね。サガの世界で結ぶ印でしょうか?」

「あっ! ……これはアインと言って、見た人を笑わせる印です」


 真正面の氷の線路が持ち上がった。列車の重みで沈むから、一切の迷いなく走りきらなければ。


「首長さん、この先はどうなっていますか?」

「街を囲む堀になっているんだ。土の掘削と防衛を兼ねたんだよ。まぁ……唯一の橋から進行されちまったがな」

「橋を焼き落とせなかったのか?」

 騎士団長は軍事の専門家らしい意見を述べた。首長は膝に握った拳を睨み、苦々しく唇を噛んでいる。

「重たい煉瓦を運ぶんだ、丈夫な石橋じゃないと耐えられないだろう? それが仇となったんだ」


 なるほど、この街の事情がつけ入る隙となったのか。その悔しさが伝わって、思わずハンドルに力がこもる。

「首長さん、街を取り返しましょう」

 俺が進路を見据えると、線路脇に出発信号機が現れた。

 握った右手を耳のそばまで上げて、肘を回して振り下ろす。ピンと伸びた人差し指が指す先は、信号機に灯る緑の光。

「出発進行」

 俺は指差した右手で力行りっこうハンドルを握りしめ、力強く押し下げた。

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