第27話・地底
氷の線路は谷を渡り、フレッツァフレアの城壁めがけて真っ直ぐ伸びた。転落する心配がない、そう思ったか?
ところが線路は城壁にぶつかり途絶えている。ブレーキを緩めたら壁ドンしてキュンと落ちる、恋ではなく奈落の底に、だ。
「欲しいのは、こんな線路じゃない! 街の入口はどこなんだ!?」
「経路が変わったので、門の反対側に出てしまったのです」
何だよ、ヴァルテンハーベンに寄り道した俺のせいかよ! コンテナの快適性を二の次にして、ロックフィアからフレッツァフレアへまっしぐらに向かえばよかったのかよ!?
「祈祷師様! 城壁を避けろ!!」
宙に炎が燃え上がり、氷の線路を一瞬で溶かしていった。そして次の瞬間、急曲線を描いて直角に曲がる氷の線路が敷き直された。これで命拾いした……。
いや!? このカーブ、急過ぎないか!? 全長18メートルのコンテナ貨車は曲がれるのか!? 連結器は耐えられるのか!? 曲がりきれず脱線し、谷に落っこちるんじゃないのか!?
「祈祷師様! もっと緩く!!」
氷の線路はミシミシと音を立て、カーブを緩くしていった。生じた亀裂を埋めるため、祈祷師様が必死になって祈りを捧げる。敷き直したカーブに貨物列車が差し掛かる。
曲がれ───────────────!!
いや、無理。
2両永久連結のEH500型電気機関車は、くの字に曲がって停止した。連なる貨車20両は、すべて深い谷の宙に浮くように真っ直ぐ停まっている。
しかしこの谷、ずいぶん幅があるんだなぁ。
「……祈祷師様、急すぎて曲がれません。ここの城壁は低いから乗り越えましょう」
「双頭の赤龍は、ずいぶんと不自由なのですね」
ガッカリされたって、無理なものは無理。これ以上進行したら、頭のてっぺんから尻尾の先まで奈落の底へ真っ逆さまだ。
進路は再び炎に包まれ、城壁を越える氷の線路が
「……祈祷師様、坂が急すぎます。これでは登れません」
「サガ!? 乗り越えるのは、城壁だけではないのですよ!? 行く手をご覧なさい、煉瓦工場の屋根や煙突が建ち並んでいるではありませんか!?」
いやいや、この線路の先は煙突よりも高いじゃないか。ベタ踏み坂じゃあるまいに。
「煙突を避ければいいじゃないですか!」
「サガが曲がれないと言うから、私は!」
「ちょっとくらいは、くねって走れますよ!」
「私には、どのようなセンローがいいのかわかりません!!」
言い争いをしていると、辺りから光が奪われていった。一体、何が起きている? 俺と祈祷師様は、はたと見つめてから前面窓に目をやった。
あれ!? 少しずつ沈んでいないか!?
「何だこれ!? どうなってるんだ!? まさか線路が溶けているとか!?」
「いいえ、この谷は粘土なのです。煉瓦の材料として、フレッツァフレアの民が掘り出して出来た谷なのです」
人の手だけで、こんなに幅のある深い谷を作るなんて、凄え!
……なんて、感心している場合じゃない!
貨物列車が線路ごと地面に飲み込まれる!
早く坂を登らないと、と
俺たちが乗る電気機関車から最後尾の貨車までが、粘土質の谷をゆっくりゆっくり下っていく。俺は無駄と知りながら、ブレーキをいっぱい握りしめた。何故だろう、そうせざるを得なかった。
谷底に着いて、貨物列車はずぶずぶと飲み込まれると恐れていたが、それ以上は沈まなかった。氷の高架の
「底なし沼かと思った……よかったぁ……」
「沼ではありませんよ、ここには土を掘り出している民がいるのです。サガ、ご覧なさい」
祈祷師様が指差す先に、泥まみれになった半裸の男たちがへっぴり腰でビクビクしながらこちらの様子を覗っていた。ロックフィアの労働者より過酷な仕事をしているのが、ひと目でわかる。
いつものように、祈祷師様が乗務員扉を開け放って啖呵を切った。
「私たちはラトゥルス率いる連合軍です! この双頭の赤龍に乗って、ヴァルツースから解放するために参ったのです!」
参った、というより舞い降りただな。ゆっくりと降りてきて、神々しい美人が現れたのだから、荘厳に映ったかも知れない。
男たちは「解放だって!?」と沸き立った。見た目のとおり、彼らはだいぶ酷い扱いを受けていたらしい。
すると奥からおずおずと、代表者らしき人物が前に出てきた。格好はボロでも醸し出す雰囲気や周りの反応で、偉かったことが垣間見える。
「俺の名はロッソ・ブリッツ。フレッツァフレアの首長を務めていた」
ほら、やっぱり偉かった。こんなところに追い落とされた、ということは……。
「ヴァルツースに抗ったものの、煉瓦を焼くことしか脳のない私らだ。あっという間に制圧されて見てのとおりさ」
祈祷師様は、ドロドロにぬかるんだ地下世界に降り立った。地面がぐずぐずしているのは、氷の線路が沈んだせいだろう。
「ブリッツ殿、よくぞご無事で……」
「みんなが『首長を殺したら煉瓦を焼かない』と言ってくれたんだ。俺は、いい民に囲まれているよ」
しみじみとする祈祷師様と首長の間に、騎士団長が割って入った。
「ブリッツ殿! 我らとともに、ヴァルツースに一矢報いませぬか!?」
「もちろんだとも! 双頭の赤龍は救世主だ!」
この様子を運転台から見ていた俺は、さてどうするとしか考えていなかった。
貨物列車編成は谷の幅ピッタリに停まってしまい、前にも後ろにも進めなかった。
本当に、どうしよう……。
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