第26話・フルノッチ

 コンテナ内に前向きの木製椅子、そのすぐ前に握り棒が設置されて兵士たちは大喜びだ。

 これがあればブレーキ距離を詰められる、非常ブレーキの衝動にも耐えられるはず。


 ただ、さすがに製作期間1晩では足りず、各家からの提供を受けた。ヴァルツースを倒すなら、と快く供出してくれたのだ、期待に応えないわけにはいかない。


 発車の準備をしていると、住民たちが閉ざした門に耳を当てた。

「魔物もヴァルツース兵も、もういない! 木を切り出して椅子を作るぞ!」

 重い扉を押し開けると、町中に森の香りが吹き抜けた。木の葉の囁やきが耳をくすぐり、小鳥が歓喜の歌をさえずる。

 魔獣の咆哮も、ヴァルツース兵の怒号や悲鳴も聞こえない。

 ヴァルテンハーベンの再出発だ。


 ならば、俺たちも出発しなければ。世界を救うため、そしてジャガイモが芽を出すまでに。


「それじゃあ、みんな。進行方向に座ったら正面の手すりを掴んで、腕を突っ張ってください。先を急ぐから、フル加速で行きますよ」


 素直に従う兵士たちは、ジェットコースターに乗っているみたいだ。

 あと、副産物として定員が増えた。立って半畳寝て一畳と言うように、今までゴロゴロしていた兵士たちがシャキッと椅子に座ったからだ。

 次に向かうフレッツァフレアを救い出し、志願兵が100人乗っても大丈夫。


「祈祷師様、行きますよ」

「サガ。フルカソックとは、どのような……」

「まぁ、見ていてください」


 祈祷師様が神に祈りを捧げると、円形の目抜き通りに氷のスパイラルが現れた。直前左に信号機が浮かび上がって、緑色の進行現示をぼんやりと灯した。

 信号機の種別は──そういえば、祈祷師様にはひとつしか教えていなかった。


「出発進行」


 そうそう、出発信号機の進行現示しか知らないだ。気合が入るし、閉そく信号機も場内信号機も運転士の注意力で補えるから、いいか。


 主幹制御器マスターコントローラを一気に下まで押し下げる。


 ガチャララララララララララ……。


 貨車の連結器が一瞬にして伸びきって、機関車は氷の線路を駆け上がる。やっぱりフルノッチ、気持ちいい!!


 あとはコンテナの兵隊が身体を支えられているか、だ。加速してみてわかったが、かなりの衝動が発生している。

 そもそも客車じゃないからなぁ。連結器に緩衝かんしょう装置があるはずもなく、枕バネは空気バネでも軸バネはない。

 乗り心地、ヤバそう。

 次からは、もう少し衝動を気にしよう。


 ループ線を登りきり、森を高速で飛び越える。貨物列車はフレッツァフレアへ、まっしぐら。


「煉瓦を作るっていうことは、工場があるんですよね。結構デカい町なんですか?」

「ええ、とても栄えています。あらゆる町に煉瓦を届けていたのです。ラトゥルスの煉瓦も、フレッツァフレアで作られたものです」

「へぇ、そうなんですか。確かに、煉瓦に適した粘土を採れないとダメですからね」


 東京駅丸の内駅舎の赤煉瓦は、埼玉の深谷から持ってきたものだったな。だから深谷駅は東京駅風の駅舎が乗っかっている。地平の駅舎ではなく橋上駅舎だから、ちょっと妙な感じだ。

 と、思うのは俺だけか?


「ただ工場を中心とした町なので、防御が手薄だったのです」

 なるほどなぁ、煉瓦生産に依存し過ぎたというわけか。そこを猛々しい軍事国家のヴァルツースが突いたのだ。何事もバランスが大事だよ。


 そこでふと、ヴァルツースに興味が湧いた。彼らが他国を制圧する理由が見えたからだ。


「ヴァルツースは、経済力が欲しかったんですかね? えっと、つまり金を稼ぐ力というか」

「かつてのヴァルツースは作るものも売るものもない、貧しい土地でした。人々の心はすさみ、無法者が跋扈ばっこする寒村だったのです」


 祈祷師様の話を聞いて、モヒカンのムキムキがトゲトゲした防具を身につけヒャッハー! って感じのデストピアが思い浮かんだ。漫画やアニメでもヤバそうなのに、リアルにあったらこの世の終わりだ。


 助けようにも、そんなんじゃあ近づくことさえ危なくて仕方ない。ヤベェ奴らを倒せるだけの力が必要不可欠だが、今まで周ったところに圧倒的な警察力みたいなものはない。きっと平和な世界だったのだ、ヴァルツースを除いては……。


「そこへゼルビアスが魔術師として覚醒し、ヴァルツースを束ねて近隣諸国を力で制圧しはじめたのです」

 持つものがなければ、人の力を売るしかない。それが出稼ぎ労働や類まれな技術力であれば平和に済んだろうに、荒くれ者ばかりだから戦う道に全フリするのが手っ取り早い、そんなところか。


 それでは、魔術師ゼルビアスとは何者なのか。

 気になったところで、俺の思考は強制的に打ち切られた。

 いくつもの煙突が立ち並び、吐いた煙に包まれているフレッツァフレアの街が浮かび上がった。その壮大な規模から近隣諸国に煉瓦を売って繁栄していることが、街の全容が隠されていてもよくわかる。

 街を囲む城壁は低く脆弱だ。自前の煉瓦で強化すればいいだろうに、どうして防御を疎かにしたのか。

 その理由は、すぐにわかった。防衛を城壁だけに頼っていないからだ。


 城壁の下は、断崖絶壁だったのだ。


 貨物列車が転落する!!


 俺はすぐさま非常ブレーキを投入した。

 コンテナのみんな、踏ん張ってくれ!

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