第23話・神の力

 助けに来たそばから住民に出ていけと言われるなんて、どういうことかと祈祷師様も騎士団長も狼狽えた。だが、経済発展著しい日本からやって来た俺には、何となくわかるぞ。


「祈祷師様。彼らはヴァルツースの恩恵をこうむっているようです」

「恩恵ですって!? あのヴァルツースの!?」

「ぬうっ! ロックフィア、ヴァルツースの手中に堕ちたか!」

 ラトゥルスにとってヴァルツースは、国の乗っ取りを計る極悪非道の敵だから、驚くのも怒るのも無理はない。

 しかし、ヴァルツースが勢力を拡大出来たのは力技だけではないはずだ。


 俺は、一番近くでスコップを構える親父に声を掛けた。

「山を燃やす石を採って、ヴァルツースに売っているんだろう!?」

 住民たちは、何故わかったと顔を見合わせオロオロしている。やっぱりそうだ、石炭か、それに類するものを採掘してヴァルツースに売っているのだ。


 大量の鉄を溶かすには、カロリーの高い燃料がいる。そこで燃える山、いや燃える石だ。

 火は信仰に直結する、古い宗教に火は付きものだ。燃える石が採れる山を、神の山として崇めても不思議ではない。

 山を燃やして信仰心をポッキリと折って、この石を高値で買うと手懐ける。反抗心は自慢の軍事力で押さえればいい。


 やむなく恭順してみれば貧しい寒村だった……今は火の山のせいで熱いけど……ロックフィアはヴァルツースが主導した炭鉱開発で発展を遂げて潤った。

 あがたてまつっていた神の山は、黒いダイヤモンドが採れる宝の山へと変貌した。信じて救ってくれたのは、神様ではなくかね様だったというわけだ。

 平均的日本人らしく信心深くない俺でさえも、そこまでわかって虚しい気持ちにさいなまれた。


 これに怒りを露わにしたのが、神様に祈ることを仕事にしている祈祷師様だ。ワナワナと震えて麗しきご尊顔が歪んでしまっている。

「信じていた神の山に火を放たれて、あげく切り売りして、あなたたちは悔しくないのですか!?」


 住民たちは動揺せず、スンと冷めている。そのうちひとりが、村の現状を訴えた。

「祈っても祈っても、荒れ地の寂しい村だった! ヴァルツースが来てからは見てのとおり! 神様なんか、どこにもいないと教えてくれた!」


 これに祈祷師様が納得出来るはずがなく、悲痛な声で叫び上げた。

「私たちに神は、あります!」

 何だかどこかで聞いたことがあるなぁ、なんて思い返していると祈祷師様が両手を組んで祈りを捧げた。

 次の瞬間、電気機関車がグラッと揺れた。咄嗟に手すりを掴んで体勢を整えると、心なしか目線が高くなった気がした。

 気のせいじゃない、確実に高くなっている。


「双頭の赤龍が大地を駆ける氷の轍、センローが見えますか? これこそ、神の力なのです!」


 突如として現れた氷の線路に、ロックフィアが沸いた。誰もが道具から手を放し、恐れおののき祈祷師様にひれ伏している。


「サガ、赤龍を鳴かせることは出来ますか?」

 祈祷師様がコソッと言うので、俺はバタバタと運転席に腰掛けてホイッスルを吹鳴すいめいさせた。


 ピィィィィィ──────────────!!


 住民はみんな、すっかり畏怖して両膝をついて電気機関車を拝んでいる。何だこれ、EH500型電気機関車を信仰する、新たな宗教の誕生か?


「さぁ、サガ。双頭の赤龍を走らせるのです」

「祈祷師様。そんなことをしたら、正面の建屋に突っ込んで電気機関車がぺっちゃんこです」

「出来ぬというのか、サガ男爵!」

「嫌だよ」


 3人でワチャワチャやっていると長老みたいな爺さんがやって来て、涙ながらに反省の弁を語りはじめた。

「金に目がくらみ、先祖代々受け継いでいた信心を捨ててしまった……。確かに、草一本を根付かせることさえ苦労していた村は、豊かになった。暮らしに必要なものから娯楽まで、ヴァルツースの商人が何でも持ってきてくれた」


 いいじゃん、としか俺には思えなかった。え? ダメなの? 稼いだ金で美味いものを食べて、暇なときは遊ぶ。最高じゃないか! 遊んで暮らせたら、もっといい。

 あ……この流れでいいのか。ちょっとしばらく同情するような、神妙な顔をしていよう。


「しかし……しかし、だ。燃える火の山を何とも思わなくなり、神に感謝を示す祭りはなくなり、村人の思いはバラバラになってしまったのじゃ。近頃は些細なことで憎しみ合い、争いにまで至るようになってしまった」


 金は暮らしを豊かにするが、争いの元にもなるからねぇ。それを解決するのも金だったりするんだが、まだそこまでには至っていないんだ。


「ラトゥルスの祈祷師よ、双頭の赤龍よ、よくぞ神の力を見せてくれた。ワシらは神を求めていたのだ。貴方たちが信じる神に、ワシらは平伏ひれふそうではないか」


 爺さんがそう言い切ると、ロックフィアは再び沸いた。

 なんてこったい、貨物列車が突っ込んだだけでラトゥルスを守護する神様を信じるなんて。田舎らしい純朴さじゃないか。

 大丈夫か? この人たち、騙されやすいんじゃないか?


 それは置いといて、俺には欲しいものがある。ヴァルツースでも手に入りそうだが、補給を絶つことにもつながりそうだ。

「ところで、ヴァルツースに売っている燃える石を分けてくれませんか? こちらにはジャガイモという野菜が山ほどあるのですが」

「野菜ですと!? 野菜は貴重なんじゃ! ヴァルツースに大金をはたかず済むならば、是非とも恵んでくださらぬか!?」


 草を生やすのにも苦労するとは言っていたが、石炭みたいなものとジャガイモを交換出来てしまうなんて!

 コンテナひとつ分の石炭っぽいもので、食糧を好きなだけ分けてあげよう。彼らを助けることが出来るし、食べ物が無駄にならない。

 それに石炭っぽいものは重たいだろうから、欲張ると貨物列車が走れなくなっちまう。

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