第22話・タイフォン
祈祷師様に引っ叩かれて頬を真っ赤にした騎士団長がハッと目を覚ます。
「こ……これは、ご無礼を!」
身体をガバッと起こして乗務員室扉に手を掛けた次の瞬間、窓外に無数の刃が映し出された。
「くっ! ……ヴァルツースめが!」
「いいえ、彼らをよく見るのです」
祈祷師様の言うとおり、今まで戦って? きたヴァルツース兵とは違った様子の連中に囲まれていた。
鎧や兜は身につけていない。粗末な服も顔や手も、爪の間でさえ真っ黒だ。そして威嚇するため掲げられているのは金づち、スコップ、ツルハシだ。平たく言えば、一般市民の労働者である。
そんな奴らが正面の、周りに立ち並ぶ赤煉瓦の建物から続々と現れて雄叫びを上げている。
いきなり赤くてデカくて長いものが突っ込んで来れば、警戒するのは当然だ。
しかし、だ。
か、勘違いしないでよね! この貨物列車は、あんたたちに自由と平和とジャガイモをもたらしに来たんだからね!
今までと違って、怖がらないのはどうしてだ!? ピグミスブルクでもヴァルテンハーベンでも双頭の赤龍だと言って逃げ回っていたじゃないか!
ええいこの際、何でもいい。頼むから電気機関車を傷つけないでくれ!
「私が彼らを説得します」
勇ましくドアノブを掴む祈祷師様を、騎士団長が
「いけません! ならば私が!」
「ラトゥルスを率いているのは、私なのです」
「連合軍を束ねているのは、我ら騎士団です!」
祈祷師様と騎士団長の堂々巡りが、この窮屈な乗務員室に渦巻いていた。うだるようなふたりの熱気がじわりじわりと滲み出して、俺たちを囲む労働者諸君が苛立ちはじめた。
車体の鋼板は思いのほか薄いんだぞ。コンテナの鋼板なんかはペラペラで、ハニカム構造を箱型に組んでいるからシャキッとしている。
金づち、スコップ、ツルハシなんかでやられてみろ。ベッコベコのギッタギタの穴ボコだらけになっちまう。
俺の大事な相棒を守らなければ……。ただそれだけで、俺はおずおずと小さく挙手をした。
「それじゃあ、俺が……」
「「どうぞどうぞ」」
あなたたちは軍を率いていたんじゃないのか!? 俺が率いているのはコンテナ貨車だけなんだぞ!?
畜生、このノリは古今東西未来永劫どこであろうと通用するのか!?
ここは偉大な笑いの神様に敬意を表して、俺が説得しなければ。
「それじゃあ、まずはホイッスルで牽制を」
「やめろ、サガ! あんなに興奮しているんだ、逆上したらどうするんだ!?」
「じゃ……じゃあ、軽くタイフォンで」
「タイホだぁ?」
逮捕じゃねぇよ、とっつぁん。いや騎士団長。
「電気笛……雷の笛です」
「雷だと!? そんなものを鳴らしたら!!」
「……悪魔の角笛……」
しまった、あらぬ誤解を産んでしまった。騎士団長は憤怒して、祈祷師様は怯えきっている。敵の親玉は雷魔法を遣うから、尚更だ。
何だよ、ここまでパンタの電気を頼りに来たんじゃないのかよ!
「そんなデカい音じゃないんですよ」
「そうなのですか?」
「まぁ、警笛だからそれなりの大きさですが」
「それなりとは、どれくらいだ」
「おおっと! 危ねえ……っていうくらいです」
我ながら、どんな例えだと。実際、注意喚起で使うから、平たく言うとそうなってしまう。
しかしこんな例えでも、双頭の赤龍を操るサガ男爵が言うならば、と渋々納得してくれた。
「むう……。では、この場はサガ男爵に託した」
「サガ、ロックフィアの民を
鎮まるかどうかは賭けだ。失敗したら貨物列車もろともフルボッコ、ラトゥルス率いる連合軍は一巻の終わり、この世界はヴァルツースの手中に収まる。
俺は意を決して運転席に腰掛けて、タイフォンを鳴らした。
フォン……。
ビビって、ちょっと間抜けな音を鳴らしたせいだろうか。
貨物列車を取り囲む労働者諸君の肘が緩んで、数メートルほと後ずさった。こんなにうまくいくなんて、まるでライトノベルじゃないか。
祈祷師様と騎士団長が、俺の肩を力強く掴んで揺さぶった。
「やったぞ! サガ男爵!」
「さぁ、民に敵意がないと伝えるのです!」
これも俺の仕事なの!? そりゃあ笑いの神様が遺した伝説のやり取りをしたけどさぁ、こういうのは軍を率いたり束ねたりしている人の仕事じゃないの!?
俺が率るのは、コンテナ貨車で十分だ!
狼狽えていると騎士団長に無理くり立たされ、乗務員室扉を開け放った。
押すなよ! 絶対に押すなよ!?
と言うより先に、民衆の前へと押し出された。扉の幅は人ひとり分、俺が言うしかない状況だ。畜生、旅客鉄道なら放送をするから、こんなことも慣れっこだろうに。今だけは貨物鉄道の社員である自分を恨む。
「わ……我々はラトゥルスから来た連合軍です! みんなをヴァルツースから解放しに来ました!」
私たちは君たちの味方だ、安心したまえ。そういう空気が背後から漂ってくる、騎士団長だな? コンテナを開けるくらいしかしていない癖に。
するとロックフィアの興奮は最高潮に達した、まるでフェスだ。もう村の名前をロックフェスに変えたいくらいだ。
これで情勢が変わるだろうと思われて祈祷師様も騎士団長も、テンションアゲアゲな空気を醸し出している。
だが……。
「出ていけ──────────!!」
と、怒号が飛んだ。
「「えっ……何で?」」
背後から呆けた声が漏れ出した。畜生、息ピッタリじゃないか。
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