第21話・脱輪
列車がガクン!! と落ち込んだ。これに祈祷師様も、脱線の意味を何となくだが察したらしい。ギュッと唇を噛み、グッと目に力を込めて、祈る組み手を強く握った。
すると、貨物列車はたちまちに姿勢を正した。神への祈りが通じて、線路が元の姿を取り戻したようだ。
舌を噛みそうな激震は収まった。だが、今度はロックフィアの集落に、メラメラと燃える山裾にみるみる接近してしまっている。
頑張れ! ブレーキ! 登り勾配じゃないか!!
祈祷師様のお祈りは神様に届いて溶けたレールを復旧したのに、俺が願って祈って懇願している停まれ滑るな減速してくれ、は叶えてくれない。
「サガ、正面の大屋根はヴァルツース侵略前にはなかったものです。あの建物に突入しましょう」
何を言っているんだ!! そのすぐ裏は炎が踊る山裾じゃないか!! あの建屋をぶち抜いたら、肉じゃがになっちまうぞ!!
いや、蒸し焼きだから肉じゃがではない。
そんなことは、どうでもいい。生きるか死ぬかの瀬戸際だ!
「ダメダメダメダメ!!」
俺はすぐさま非常ブレーキを投入した。だが、非情にもブレーキは期待したほど効いてこない、のは悪い冗談なんかじゃない。
「目的はわかりませんが、あれがヴァルツースの軍事力を支えているのは明白です!」
祈祷師様は力行ハンドルに手をかけた。
「ダメダメダメダメ!! ダメだって!」
俺は祈祷師様の手首を掴み、力行ハンドルから引き剥がす。
不服そうにムッとむくれる祈祷師様と、にらみ合う格好となって固まった。
はじめは麗しくお上品な清く正しい聖職者だと思っていたが、今ではまるで別人だ。敵の陣地が見えた途端、貨物列車で特別攻撃を仕掛けようとする。一億総火の玉だ! いやいや今の状況では一列車総火達磨だ。
たとえ丈夫な車体に救われて無傷でいられたとしても、俺の大事な相棒であるEH500型電気機関車をどうしてくれる!? ってなるよ。
ぐらぐらと煮えたぎって吹き上がりそうな感情にキツくキツく蓋をして、のどを絞って声を落としてひとつひとつ慎重に苦言を
「祈祷師様。何故、無茶をなさるのですか」
祈祷師様は頬を染め、視線を
「……サガが……私を叱ったから……」
……あれか!
ヴァルツースの魔女っぽいゼルビアスにやられそうになったとき、運輸指令長とか何とか、わけの分からないことを行ったんだっけ。
もしかして、祈祷師様はドm──。
って、そんなことに囚われている場合じゃないんだよ!!
現実に引き戻されて前方を見据えると、あっという間に迫っている謎の建屋。速度感を読み取ると、ちっとも減速していない。
そんなバカな! ずっと非常ブレーキを込めていたのに!?
その理由とは、耳孔でのたうち回る不快極まりない音のせいだった。
シャバシャバシャバシャバシャバシャバ──。
水音……立ち上る
鉄車輪が水を掻いたところで、踏みしめるのは濡れた氷だ。水びたしになった氷の線路に滑りやすい鉄車輪では、まともに停まってくれるわけがない。
ズガガガガガガガガガガガガガガガ──!!
線路は高さを保てなくなり、再び車輪が地面を蹴った。小刻みで激しい振動が俺たちを襲う。
コンテナの兵隊は、絶対にヤバい。歯とか折れてるよ、絶対。舌だけは噛むなよ、約束だぞ。
祈祷師様は辺り一面を焼き尽くす火炎に
シャバシャバシャバシャバシャバシャバ──。
靄のせいでよく見えなかったが、迫る建屋は石と煉瓦で出来ているじゃないか!? あんなものに衝突したら、重量級の電気機関車でもひとたまりない。
ブレーキハンドルを非常位置に投入したまま、俺は運転台から立ち上がって祈祷師様の組み手を掴んで剥がした。
「サガ! 何をするのです!! 神への冒涜ですよ!?」
「ダメだ! 祈るな! 列車は俺の手で止めるんだ!!」
神の力が失われて、氷の線路は溶けていった。車輪が地面を蹴り上げると、にらみ合っている俺たちは激震に襲われる。
これでいい……これでいいんだ!!
硬い土と鉄車輪、この組み合わせの走行抵抗はデカい。激しい揺れは次第に収まり、速度もみるみる落ちていく。
停まれ……停まれ……停まってくれ……。
俺たちとジャガイモを乗せた貨物列車は、建屋の手前で停止した。
安堵にぐったりする俺は、転移してこんな感じで停まったんだと思い返した。あのときは、編成が歪むことなくピシッと停止していて、感動したものだ。だから、こうして走ることが出来た。
もちろん、それだけじゃない。
氷の線路を作ってくれた神様と祈祷師様。直流1500ボルトを発生させてくれたパンタ。
えーっと……あとは……と、感慨に耽っている場合じゃない。そう、ここはヴァルツースの重要拠点で、今は戦闘中のはずだ!
騎士団長、早くコンテナを開けろ!
……開かない……?
まさかと思い、乗っ取られてはいけないからと運転台を鎖錠して、機器室脇の通路を抜けて反対側の運転台へと向かっていった。
やっぱり……振動に耐えきれず、白目を剥いて伸びている。
すると、俺の後ろをついてきた祈祷師様が騎士団長の襟首を掴む。
「このくらいの揺れで気を失うなど、騎士団長として情けないと思いませんの!? 寝ているときではありません、今すぐ立つのです! 赤龍の扉を開け放つのは、貴方の役目ではありませんか!?」
祈祷師様は、騎士団長の間抜け面を激しく揺さぶり、スパンスパンと張り手をかます。
ラトゥルスの民が敬愛する聖女だなんて、今はとても思えない。
戦争は人を狂わせる。
一刻も早く、この戦いを終わらさなければ、夢が壊れる。
呆然と立ち尽くす俺に思い浮かんだのは、ただそれだけだった。
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