第20話・ループ

 ヴァルツースには鉄がある、それを聞いて俄然やる気になってきた。それはまるで、出会ったときのラトゥルスの民のように。

 ただ、彼らは武器や防具のために鉄を欲した。

 だが、俺は違う。

 このEH500型電気機関車を、鉄のレールで走らてやりたいのだ。普通鉄道なら、鉄軌道を鉄車輪で走ってナンボだろう。神様には申し訳ないが、代用品では満足出来ない。

 氷は溶けるし、滑るし、停まらないし……やっぱり鉄だよ。


 しかし現在コンテナに積載している兵力では、まだ足りない。侵略された国をすべて救い、ともに戦う仲間を募って、ヴァルツースを孤立させてから叩くのだ。

 俺の進言を受け入れた祈祷師様の号令で、我らラトゥルスの軍勢が、ピグミスブルクの援軍が、そして新たに加わってくれたヴァルテンハーベンの兵隊が空いたコンテナに乗り込んでいく。


「やっぱり、潰した館から乗った方が楽だなぁ」

なんて、ピグミスブルクの連中がこぼしている。そうだね、人はプラットホームから乗るものだよね。


 運転台で乗車完了を待っていると、祈祷師様が助手席に座って祈りを捧げた。

 円形の目抜き通りに現れた、天へと登るスパイラル。頭も屋根も城壁さえも越える高さで、次の国へと伸びていく。


 深い森に囲まれた城塞都市にそびえ立つ、氷のループ線路!!


 外から見たら、綺麗だろうなぁ……。貨物列車が走るさまは、まさしく天を駆ける双頭の赤龍。

 と、同時に氷の線路でよかった、これが溶けなかったら迷惑で仕方ない、とも……。


「祈祷師様、サガ男爵、準備が整いました」

 騎士団長がそう告げて、反対側の運転台に乗り込んだ、よしよし。悪いな騎士団長、この運転台はふたり用なんだ。運転を担う俺と、ラトゥルスを率いる祈祷師様で満員だ、余裕で乗れるけど。


 パンタは屋根で電気を放っていてくれる。架線電圧計は直流1500ボルトを指し示す。いいぞ、そのままでいてくれよ。

 前方に出発信号機が現れて緑色の光を灯した。勾配も緩やかで、いい塩梅だ。さすが祈祷師様、よくわかってくれている。

 自弁ブレーキを緩解させて電気機関車を加速させる。通りを挟む街並みと、幾層にも重なっているループ線に囲まれて次第に高度を上げていく。登り勾配に抗いながら1ノッチだけを投入し続けているから、貨車へのショックは多分ない。


 ついに列車は城壁を越えて、樹上に浮かぶ線路を進む。眼下では、ヴァルツース兵が自ら放った魔物に苦しめられているのだろう。頑張って駆逐してくれよ、そうじゃないとヴァルテンハーベンの良質な木材を、手に入れられないのだから。


「それで、祈祷師様。我々はどこに向かっているんでしたっけ?」

「ロックフィアという山のふもとにある村です。寄り添うようにそびえる山は、火の山とも呼ばれています」


 火の山か、活火山なのかな。それよりも、山麓ならば勾配が気になって仕方ない。坂に弱い鉄道で、滑りやすい氷の線路。無事に村まで辿り着けるだろうか。急峻きゅうしゅんだったら、配線を考えないと進めないぞ。


「その山って、どんな山ですか?」

「ロックフィアの村人が熱心に信仰している神の山です。二つ名のとおり、燃えています」


 山が燃えているって、ずいぶんな比喩だなぁ。かなり活発な火山なのかな? ふもとで人が暮らしているんだから、鹿児島の桜島みたいな感じだろうと勝手に想像してみた。


「ヴァルツースが攻め入った折、山に火を放ったのです。神の怒りを買ってしまい、山は今も火に包まれています」

「ちょっ! おまっ! ……山全体が燃えているってことですか!?」


 祈祷師様は、固くうなずいた。

 いやいやいやいや。神様が敷いてくれた線路が何で出来ているか、知っていますよね? 氷ですよ? 溶けちゃいますよ? 貨物列車が停まってくれませんよ? 下手をすれば脱線しますよ!?


「村っていうんだから、小さいんですよね!? 村の手前で停まっちゃダメですか!?」

「サガ、何を取り乱しているのですか? 確かに小さな村ですが、ヴァルツースはロックフィアを重視しているのです。双頭の赤龍がいなければ、我らに勝ち目はありません!」


 諦めるなよ!

 自信を持てよ!

 頼むから貨物列車に頼らないでくれ!


「線路は氷なんですよ!? そんな山に近づいたら溶けるじゃないですか!」

「……祈りましょう。我らが神よ、ラトゥルスを救い給え……」


 村に突っ込む方を諦めないのかよ……。

 人身事故はゴメンだし、溶けた線路じゃあ思うように停まってくれない。蠅が止まるほどの低速で村に乗り入れしてくれる!


 森が終わって、線路は地上に下りて這う。平坦だった土地は進むに連れてかすかに傾斜し、山に向かっているのだと感じられた。

 多少線路が溶けても登り勾配の抵抗があれば、ブレーキ距離はひどく伸びたりはしないだろう。大丈夫、今までどおりの長め遠め慎重なブレーキ操作をすればいい。

 頼むぜ神様、電気機関車を支えられる硬い線路を維持してくれよ。


「見えました! あれが火の山です」


 祈祷師様が指差す先に、真っ赤に燃え盛る山が見えた。てっぺんから山裾まで火炎に包まれ、空を焦がしているようだ。


「それで、村はどこですか?」

「麓に影が……」

 そこで、祈祷師様は言葉を失った。

 小さな村だったロックフィアには、巨大建造物がいくつも立ち並んでいた。ヴァルツースが重視しているのは本当らしい。

 そして俺には、ひとつの仮説が思い浮かんだ。


 と、ブレーキをかけないと。

 滑走したら村を貫くどころか、山に突っ込んで紅蓮の炎に焼かれてしまう。

 祈祷師様には申し訳ないが、安全の確保は輸送の生命だ、場合によっては手前に停めよう。


 ズザザザザザザザザザサザザザザサ!!


 俺たちは列車ごと激しい振動に襲われた。接地した車輪が砂塵を巻き上げているのだ。

「ヤバい! 脱線する!」

「サガ! ダッセンとは何ですか!?」

 そんなことを聞いている場合か!!

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