第19話・軌道
貨物列車を熱心に観察する一団がいた。豊富な木材を扱っている職人たちだ。
いつか祈祷師様にした説明に終始するかと思いきや、さすがは技術屋だ。突っ込んだ質問も飛んでくる。
「双頭の赤龍は、氷の轍しか走れんのか?」
「そうです。氷じゃなくてもいいんですが、こいつは舵取りが出来ないので、この幅の轍がないと走れません」
「何故、そのような厳しい条件が課せられているのだ。轍の上でなければ、生きていけないのか」
いい質問ですねぇ。
どちらかと言えば、窮地だ。鉄道のデメリットを明らかにされたのだから。
「地面がどんな条件でも、線路が埋まらなければ走れるんです。乾いても、ぬかるんでも、雨や雪が降っても、線路の頭が出ていれば大丈夫です」
レールの頭まで沈んだら本来は走れないけど、列車が水をかき分けて走っている動画は時々見るから、やってやれないことはない、多分。
「ならば何故、鉄の車輪を用いておる」
「氷と鉄の組み合わせだと、小さな力で走れるんです。こいつが地べたを走ろうとしても、あまり速く走れません」
「双頭の赤龍は、力が弱いのか?」
これには俺も、ちょっとムキになってしまう。
EH500形電気機関車の主電動機出力は565キロワット、これが各軸に懸架されていているから計8つ、合計4520キロワット。
1時間定格出力は直流電源で3400キロワット程度、これは変電所が飛ばないよう力を抑えているんだ。リミッタを解除すれば1300トンの貨車を牽引できる。
「こいつは
ドヤッてみたが、頭だけが身体を牽く、という意味不明ワードで技術屋たちの頭は混乱しているようだ。
「本物のドラゴンじゃありません、こいつは機械なんです。こことは違う世界から来たんですよ」
技術屋たちは頭を冷まし目を覚ますため、ブルブルと頭を振った。こんなにデカい機械は、そうそうないだろうからなぁ。
「機械だって? ……風車とか水車とか、そんなやつか?」
「まぁ……雷で走る水車……かな?」
雷で思い出した! パンタがまだ、屋根の上で伸びている!!
運転台からディスコン棒と梯子を出して、屋根に上がってパンタカバーを突っついた。
すると、パタンパタンとパンタカバーが開いていった。よかった、無事のようだ。
「パンタ、ごめんな。大丈夫か?」
パンタも目覚ましに、ブルブルと頭を振った。ちょっと耳鳴りがするみたいで、目はトロンとしボーッとしている。
「ドラゴンの鳴き声、凄いね。まだ頭がキンキンするよ」
「パンタに合う耳栓を、職人に作ってもらおう。ヴァルツースとの戦いは、厳しくなるだろうからなぁ」
ということで、パンタを屋根から降ろして職人に耳栓を作ってもらうよう頼む。端々で酒盛りをしているから、コルクには困らないだろう。
「最後に聞きたいんだが、双頭の赤龍は氷の轍を走ることを選んだ? どうしてこうなった」
「俺の世界では鉄の道なんですが、ここでは大量の鉄は手に入りません。だから、摩擦係数が鉄に近い氷を選びました」
「マサツーケース?」
マサチューセッツみたいに言うな。
「滑りやすい方が、少ない力で走れるんです」
すると技術屋のひとりが、妙なことを言った。
「木の轍に木の車輪だと、どうだ?」
おっ? この世界に、鉄道ならぬ木道が生まれようとしているのか?
「土の地面と木の車輪よりは、走行抵抗は少ないと思いますが」
「ソウ・コウ・テイ・コウ?」
ヒップホップみたいに言うな。
「転がるときの、引っ掛かる力っていうのかな。重く感じるかどうかってことです」
技術屋は腕組みをして、うなずいている。輸送効率のよさに感服しているようだ。
「地面に木を直接置くと、そのうち腐っちまう。サガ男爵の世界では、どうしている?」
「大工事になりますが、地面を掘って
しかし、よく中世ヨーロッパになぞらえられてSNSで炎上する異世界で、専用路を整備するほどの高速大量輸送が求められているのだろうか。馬車程度の輸送量なら、鉄道もとい木道の建設は必要ない気がするんだが……。
「かなり大掛かりですよ、何を運ぶんですか?」
「切り出した丸太を運ぶんだ。落とした枝でコロを作るのもいいんだが、運搬が楽になるなら人手を木こりに割けるだろう?」
木のレールで丸太を運ぶ……? 妙なことをと思ったが、レール運搬貨車や製鉄所の専用鉄道の類いだ。鉄と鉄、鉄と氷より摩擦係数は劣るが、何ら変な話ではない。
問題は別にある、それもかなり重大な。
「地面に木を敷くのはともかく、木のレールでは重たい丸太に耐えられませんよ? まだ、地面を突き固めてコロで運んだ方がマシです」
そう、荷重の問題だ。
さっきは愛車をバカにされてムキになったが、線路の敷設となると話が違う。建設も莫大な手間と費用が掛かるし、列車がまったく走らなくても一定の維持費が発生する。
不採算鉄道路線存続問題を、異世界にまで発生させるわけにはいかない。
やはりレールは鉄が至高、氷は代用なのだ。
落胆した技術屋が、お腹と背中がくっつきそうな溜め息を吐いて、ボソッと呟いた。
「やっぱり鉄が一番か……ヴァルツースに行けばなぁ……」
「ヴァルツース!? ヴァルツースには、大量の鉄があるんですか!?」
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