第10話・凱旋

 車体もコンテナも、ボコボコじゃないか……。

 大事な車両の痛々しい姿を目にして、俺もボコボコに凹んだ。元の世界に帰れると言われても、車両がこんな状態では帰りたくない。


 幸い、ブレーキ直通管もジャンパ栓も奥まっているせいか無傷だ。あれだけの矢が飛んできたのだから、運がいいとしか思えない。

 これも神のおぼし召しってやつなのか?


 とにかく、列車は走行出来る状態だ。列車は、走ってなんぼだよ。

 あとは直流1500ボルトか、50ヘルツまたは60ヘルツの交流20000ボルトの電流、そして軌間1067ミリの線路があれば……って、それが一番の問題じゃないか。


 そんなふうに頭を抱える俺に誰ひとり構うことなく、コンテナを開けては積荷を見せて、あれは何だこれは何だと質問してくる。


「タマネギもあったんだ。切ると涙が出るから、気をつけろよ」

 ジャガイモと合わせて肉じゃが……ニンジンも加えてカレー……。

 ここに醤油やみりん、日本酒はないだろうな。香辛料をたっぷり使うカレールーなんて、もっての外だ、多分。


「これはトウモロコシ。葉っぱを剥いて焼いたり茹でたりすると、甘くて美味いんだ」

 日本だと夏祭りのイメージだけど、世界では米や小麦と並んでよく食べられている穀物、だった気がする。

 ていうか、やっぱり醤油が欲しい。俺は日本人なんだなぁ。


「チーズもある! さすが北海道だ! 冷蔵コンテナじゃないから、バターはないか」

 みんな中身よりも鮮明な印刷や透明なビニールに興味津々だ。空き箱やビニール包装は放置出来ないから、空きコンテナに入れてもらおう。

 その後は……どうしたものか。まるで使用済み核燃料だな、何百年後にロストテクノロジーとか言われるのだろう。


 相変わらず、段ボール箱に感心している兵士もいる。この世界じゃあ、重い木箱しかなさそうたからなぁ。

「紙なのに、どうしてこんなに丈夫なんだ?」

「真ん中の紙が波打っているだろう? これが柱みたいになるんだ。コンテナの扉がない側にも、ヒダみたいなプレスがあるけど、似たような構造だよ」

「ふぅむ、なるほど。蜂の巣みたいだな」


 そうそう、ハニカム構造っていうんだよ。

 あと、この世界には蜂がいるのか。RPGゲームに出てくる、ヤバい蜂じゃなきゃいいなぁ。


 しかし、食品ばかりで安心した。

 貨物列車は他にも石油、化学薬品、セメント、変わったところでは巨大な変圧器や自衛隊車両、果てはゴミまで運んでいる。

 そんなものが転移していたら、この戦争でガソリンや酸が撒かれ、コンクリートの砦が築かれ、変圧器は……使い道がないか。戦車が走り、最終的には処分出来ないゴミまみれの地獄絵図だ。


「みんな! ひとつずつ持ったか!?」

 威勢のいい騎士団長の声に、兵隊が「おおっ」と呼応する。ラトゥルスにとって、最良の1日に違いない。

 俺は、大事な預かりものを再び配った罪悪感に苦しめられる。もう元の世界には戻れない……。

「さぁ、祈祷師様! サガ男爵! 堂々たる凱旋と参りましょうぞ!」


 我々を迎える人垣は、門から城まで一分の隙間なく続いていた。

 そこを嵐のような大歓声を全身に浴びながら、祈祷師様も騎士団長も兵士たちも誇らしげに歩いている。コソコソと身を潜めているのは、俺だけだ。

 いつになったら、胸を張って歩けるようになるのだろう。


「サガ男爵、どうなさった!? あなたが主役なのですぞ!?」

 満面の笑みで背中を叩く騎士団長に、苦笑いを返すのがやっとだ。まったく、人の気も知らないで……。


 まもなく城、というところで人垣がこぼれた。我慢出来なくなったのか、子供たちが飛び出して祈祷師様を取り囲んだ。どの子も真っ白なローブを羽織っており、小さな祈祷師様に見える。


「空を覆う氷は、テレーゼア様がお出しになったのですか!?」

「貴方たちも祈りを捧げたのでしょう? みんなの祈りが、神に通じたのですよ」

「祈祷師様、この子たちは……?」

「私が営む神学校の生徒たちです。ヴァルツースが侵攻をはじめたとき、祈祷師の素質がある子を集めたのです」


 戦争がきっかけなら、さっき祈祷師様がやったようなことを学ぶのか。

 神に祈りを捧げて魔術を蹴散らすなんて、いかにも異世界らしい話じゃないか。


 リーダー格なのだろうか、最前列の中央にいた子が、手の平を前に付き出した。

「ご覧ください、神のご加護を受けてみせます」

 するとその子は、一瞬で氷の球体に包まれた。   


 うおっ! すげえ!

 他の子供も歓声を上げたが、祈祷師様は穏やかに微笑むだけだ。驚いていないことに、驚かされてしまう。


「私が貴方ほどの頃には、このようなことは出来ませんでした。貴方は、神の祝福を受けていますね。褒めて差し上げたいので、失礼しますよ」

 祈祷師様が氷をツンと突くと、パン! と弾けるように砕け散った。ひらひらと舞う氷粒に手を伸ばし、その子の頭を優しく撫でた。


 日向のような明るい未来を期待する祈祷師様、果てなく広がる青空に柔らかな新芽を伸ばす子供たち。暖かなふれあいを緊迫させるのも、祈祷師の卵だった。


 いかにも真面目で、言うなれば委員長タイプの子がキッパリと言い放つ。


「テレーゼア様、この中に魔術師がいるのです」

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