第9話・反撃

 無数の矢に襲われている機関車の運転台には、俺と祈祷師様のふたりだけ。いつもはひとりぼっちだから、寂しさがなく新鮮だ。


「サガ、どうするのですか?」

「走れないこいつにも、何か出来るかも知れないって思ったんだ」

 そう、それに連結面側の運転台に乗り込んだのにも、ちゃんと理由がある。こっちでなければ、いけないんだ。


 祈祷師様はというと、ズラリと並んだスイッチ類、ビッシリ並ぶ知らせ灯、速度計に圧力計、3つのレバーハンドルを夢中になって眺めている。

「これが赤龍の頭の中……」

 ドラゴンよりも、アニメの戦闘用ロボットの方が近い見た目だ。

 ただし、こちらは本物の戦闘中。祈祷師様には尋ねる余裕はないし、もし聞かれても俺に答える暇はない。


「サガ! ゼルビアスが!」

 側窓を見るとデカい鳥が、凄い勢いでこちらに襲いかかって来た。

 ヤバい! 俺の大事な機関車が!!

「やられてたまるか!!」


 俺は、信号炎管に点火した。

 運転台の真上で小さな筒が火を吹いて、もうもうと煙が立ち上っている……はずだ。運転台から見えないからなぁ。


「双頭の赤龍が火を吹いたぞ!」

「ドラゴンが怒っている!」

「毒霧を吐いている!!」


 敵の騎馬隊は、炎と煙に動揺している。

 空に目をやれば、あのデカい鳥が煙に巻かれてキリキリ舞いになっている。

 牽制のつもりが、想像以上の効果を生み出したようだ。


「サガ、やりましたね!」

「何を、まだまだ!!」


 残っていてくれ、圧縮空気!!


 ピィィィィィ──────────────!!


 機関車のホイッスルを吹鳴すいめいさせた。


 その甲高くけたたましい絶叫に、敵兵が乗る馬たちが、魔術師がしがみつくデカい鳥が大混乱に陥った。


「こら! 落ち着け!!」

「振り落とされる……もうダメだ!!」

「た、退却、退却ぅぅぅ───!!」


 魔術師がほうほうの体になりながら、暴れ馬を必死に抑える騎馬隊に檄を飛ばす。

「に……逃げるでない! ドラゴンが鳴いただけで!!」

 魔術師の訴えは、騎馬隊に届かなかった。暴れ馬も、振り落とされた騎兵隊も、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。


「おのれ……テレーゼア! 覚悟!!」

 魔術師は何とか体勢を持ち直すと、デカい鳥の背中に立ち上がり、両手を上げて呪文を唱えた。

 すると、どこからともなく黒い雲が立ち込めて、あっという間に空を覆い尽くしてしまった。


「あれは……雷魔法!!」


 雷だって!?

 そんなものの直撃を食らったら、電気機関車は再起不能だ!

 そんなこと、絶対に許してなるものか!!


 だって、会社に怒られる!!


 やたらめったらホイッスルを吹鳴してみるが、デカい鳥は慣れてしまったのか怯んでくれない。吹けば吹くだけ圧縮空気を浪費して、次第に音は細くなる。

 屋根上の信号炎管は、使い果たした。

 手持ちの信号炎管ならば運転台に2本ずつあるが、保安用具箱から取り出して外に飛び出て点火して……その間までに雷が落ちてしまいそうな雲行きだ。


 畜生!! 線路も電気もない環境では、電気機関車もただの木偶か!?


 そのとき、祈祷師様が運転台から飛び出して、空に向かって祈りを捧げた。


 祈祷師様、一体何をするつもりだ……?


「テレーゼアの、お馬鹿さん。神に捧げるお祈りが、私の魔力に勝ると思って?」

 魔術師がほくそ笑むと、空が重々しく恫喝し、電弧が雲の合間を露わにした。

 電弧は雲を這いながら次第に太くなっていき、溢れた稲光が地上を煽る。


「これで貴方の国も民も……私のものよ!!」


 稲妻が祈祷師様に、電気機関車に襲いかかる!!


 もう、これまでか!!


 そう覚悟した、その瞬間。


 氷のドームが城塞都市を、スッポリと覆った。


 跳ね返された稲妻は、氷の表面をのたうち回っている。


「くっ……テレーゼアめ、小癪こしゃくな!」

「ゼルビアス! 神に敵おうなど、おこがましいにも程があります! 今すぐ、ここを立ち去りなさい!!」

「こんな小国、私ひとりで!! ……」


 祈祷師様は、先ほどまでとは別人のように余裕の表情をしてみせた。

「氷の盾を破っていらっしゃるのね? 弓兵隊が総出で歓迎致しますわ」

 さっきまでコンテナの影にいた兵隊は、いつの間にか城壁にズラリと並んで、力強く弓を引いていた。


 こいつら、信号炎管とホイッスルにビビって、逃げたな?


 氷越しの魔術師は、悔しさに顔を歪めている。

「覚えていなさい、テレーゼア!!」

 魔術師が踵を返して空の彼方に消えていくと、雲の切れ間が広がって明るい日差しが降り注ぎ、草原は艷やかな輝きを取り戻していった。


「……勝った……」

 緊張の糸がプッツリ切れて、祈祷師様は膝から力なく崩れ落ち、呆けた顔をみるみる笑顔に変えていった。


「サガ! 勝ちましたわ! ゼルビアスに、ヴァルツースに勝ったのです! すべて、貴方のお陰です! 貴方が私に勇気をくださったのです!!」


 城壁から無数の兵士が駆け寄って、俺と祈祷師様に嵐のような大歓声を浴びせかけた。

「祈祷師様!」

「祈祷師様!」

「祈祷師テレーゼア様!!」


「サガ様!」

「サガ・ユース様!」

「ジャガイモ男爵様!!」

 ……結局、男爵イモかよ……。

 ガッカリとして苦笑いする俺に、いっそ泣けよと空から雨が……。


 違う。氷のドームが陽に照らされて、溶け出したのだ。

「水だ。氷が溶けて、水になっているんだ」

「水……。草しか生えなかった大地が潤います。野菜や果樹が、実りを結ぶかも知れません!!」


 凄いぞ、祈祷師様の祈りは本物だ。貴方こそ、ラトゥルスの救世主だよ。


「さぁ行きましょう、サガ。凱旋をするのです」

「祈祷師様、敵兵がコンテナの封印を切ったようなので、中身を持って凱旋しませんか?」

「名案です、そうしましょう! きっと民も喜びますわ!」

 よしよし、いいぞ。搬出している間、俺は矢を受けた車両の点検だ。

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