第8話・籠城戦

 城門から兵隊が駆け出してきた。

 騎士団長が祈祷師様の肩を抱き、ふたりで鳥を見上げている。

 約得なのか、付き合っているのか、どっちなんだろう……。


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。敵国の大将である魔術師が、予告のとおり攻めてきた。ラトゥルスにとって緊急事態だ。


「ヴァルツース……魔術師ゼルビアス!!」

 そうそう、そんな名前だ。今日も鳥に乗った女が、高らかに笑い声を上げている。

「テレーゼア、ごきげんよう。貴方が寂しくならないよう、配下の者どもを連れてきたのよ」

 それを合図にしたように、草原の彼方から騎馬隊の軍勢が駆けてきた。凄まじい足音が轟いて、空気がビリビリと震えている。


 ラトゥルスの兵隊が、盾を構えて弓を引く。

 そんなんじゃあ、ダメだ! あっちの騎馬隊も弓を引いているぞ!

 流鏑馬やぶさめっていうのは難しいんだ、相当な手練てだれに違いない。あれだけの騎兵がいるのだから、強いに決まっている。


「退避! 退避! 退避─────!!」

 騎士団長の掛け声で、兵隊は城門へ……いや、貨物列車の影へと身を潜めた。俺も祈祷師様も、同じように避難する。

 これは、即席の城壁だ。鉄製だから丈夫だし、連結面やコンテナの間から矢を放てる。


 ……いや、待て待て!

 俺の列車が奴らの標的になるじゃないか!!

 これでは、金属供出したのと変わらないぞ!?

 そんなこと、させてなるもの……


 コンテナが悲鳴を上げて振動した。ついに矢が当たったのだ。次第に増していくその数に、緊張は緊迫へと変わっていった。

「弓を引け! 矢を放て! 応戦しろ! 有利な籠城戦ではないか!」

 騎士団長のハッパだけでは、兵隊を取り巻いている恐怖や不安はぬぐえなかった。


 やつれた頬、窪んだ眼窩、恐怖に狼狽えて不安に泳いでいる視線、この様子から察したぞ。

 飢饉で痩せているから、籠城戦に耐える自信がないんだ!

「俺が配ったジャガイモがあるだろう! 籠城戦は心配するな、コンテナはまだ95個もある!」


『おおっ!!』と、地響きのような声が上がった。


 やっぱり、そうだったか。先が見通せない状況での籠城戦は、精神的にも肉体的にもこたえるはずだ。

 それを、俺が配った大量のジャガイモが、勇気づけた。


 ……顧客から預かった大事な荷物を、な……。


 兵士たちが等間隔に陣取った。連結面の、コンテナの隙間から矢を放つためだ。

「討て!!」

 騎士団長の号令で、一斉に矢が放たれる。

 何だ、人望あるじゃないか。


 しかし、コンテナを揺らす金属音が徐々に増している。敵の軍勢が接近しているのだ。

 マズイ! 大事な会社のコンテナが!! ……

 案じた瞬間、何かが弾け飛ぶ音がした。

 あれは封印だ。コンテナの封印が今、解き放たれたのだ。


 逃げ隠れしている場合じゃない。

 

 俺は……この貨物列車の、担当運転士だ!!


「サガ! どこへ行く!!」

 引き止めようとする騎士団長には目もくれず、俺は列車のそばを駆け出した。

 そうだ、俺が向かうべきところは──


 足止めを食った。小さくなって、怯えて震える祈祷師様だ。潤む瞳で俺を見つめて、ただ命乞いをするだけだった。

「……ああ……サガ……私に救済を……」

 封印を解かれた俺は、抑えられないほどに高揚していた。これは、異常時の取り扱いだ!

「兵隊の上に立つ者が、何をやっているんだ! 救済するのは、貴方の仕事だろう!?」


 祈祷師様はハッとして、ゆっくり目を見開き、背筋を伸ばしていった。しかしまだ、起動したてで迷いが見える。

「騎士団長も部下なんだ。貴方は、えーっと……えーっと……貴方は、運輸指令長なんだ!」

 興奮しすぎて、わけがわからないことを言ってしまった。案の定、祈祷師様はキョトンとして、首を傾げている。


 矢が放たれ、コンテナを矢が襲う中、祈祷師様が我慢出来ずに笑いはじめた。それを見て、俺も正気を取り戻してきた。

「サガ。貴方は時々、よくわからないことをおおせになるのね?」

「すみません、運転しか能がないんで……」

「いえ、やはり貴方はラトゥルスの救世主です。だって、このようなときに私を目覚めさせ、挙げ句に笑わせてくださるんですもの」


 戦場の一角に漂っていた穏やかな空気は、兵士のうめき声で張りつめた。コンテナの隙間から、敵兵の矢が飛んできたのだ。

 ひとりの兵士が貨車のそばで、のたうち回っている。どうやら、肩に矢が刺さったらしい。

「ヤバい、急がないと」

「サガ、どこへ行くのです?」

 祈祷師様が、とっさに俺の手を掴んだ。

 絡みつく指先からは、一緒にいたい、だから私を連れて行って──そう伝わってきた。

 ……と信じたい。


 俺は決心を露わにして、祈祷師様に強く笑いかけた。

「俺は、運転士です。機関車に行きます」

「キカンシャー?」

 ほら、また富士眉にして首を傾げた。祈祷師様の癖らしい。

「ドラゴンの頭です。そこに乗り込みます」

「双頭の赤龍に、ですか!?」

 祈祷師様は、大興奮だ。ついさっきまで、獲物になった小動物のように震えていたのが、信じられない。


「サガ、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」

「何ですか?」

「この赤龍は、カマーという名前なのですか?」

 ……ああ、そういえば寝る前に、機関車をカマって呼んだなぁ。

「えっと、あだ名みたいなものです」

 俺は連結面側から機関車に乗り込んで、祈祷師様を運転台へと引き上げた。

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