第11話・パンタ

 祈祷師様は火が点いたように怒り出した。声を荒げることが珍しいのか、ダンボール箱を抱えた兵隊はオロオロと狼狽している。

「貴方たちは、神の祝福を受けているのですよ!? 魔術師などは、ひとりもいません!」

 これに委員長は「本当だもん……」と言いたげに口を尖らせている。


 すると、これが証拠だと言わんばかりに、後ろで隠れていた男の子が周りに促されて歩み出た。後ろめたさから、祈祷師様と視線を合わせられずオドオドと目を泳がせている。押し出した子供たちが、ヒソヒソと追い詰める。

「やって見せろよ」

「魔術師じゃないのかよ」

「祈祷師様に見てもらえよ」


 祈祷師様がスッと背筋を伸ばし、ダンボールを貯蔵庫に運び入れるよう兵隊に命じた。万が一、男の子が魔術師だったときのため、人払いをしたのだ。


 さて、俺はいていいものか。

 普通に考えれば兵隊と一緒に貯蔵庫へ行くべきだろうが、魔術師というのが引っ掛かっている。


 そこには、淡い期待があった。


 気配を消して、こっそり様子を覗おう。幸い、祈祷師様はその子を案じているせいか、俺が立ち去っていないことに気づいていない。


 祈祷師様は屈んで、男の子と目線を合わせた。安心させるように微笑んでいる、これぞいつもの祈祷師様だ。

「貴方の祈りを、私にも見せてください」


 男の子は、意を決した様子で広げた両手の平を前へと突き出した。唇を噛み、目をギュッと閉じて全身に力を込めている。


「ほら、もうこの格好からお祈りじゃないよ」

と、チャチャを入れる子供に祈祷師様は、静かにするよう立てた指を口元に当てる。


 水を打ったような静寂が訪れる。


 しかし、男の子には何も起きない。


 子供たちの悪ふざけか、それとも何かの勘違いかと諦めかけた、そのときだ。


「うわぁぁぁぁぁ!! 魔術師だぁぁぁぁぁ!!」

 子供たちが、蜘蛛の子を散らすように走って逃げていく。

 祈祷師様は、凍りついたように固まっている。


 しかし、俺にとっては神の恵みに他ならない。まさに奇跡だ、こんなに都合のいいことってあるものか。

 いいや、ちゃんと確かめなければならない。

 気づくと俺は、その子に手を伸ばしていた。


「ちょっと君……痛ってぇ!! つぅぅぅぅぅ……こっちに来てくれるか」


 はやる気持ちを抑えつつ、手を掴まないようにして、ビクビクしている男の子を城の外へと連れ出した。これには祈祷師様も驚きを隠せない様子である。


「サガ、どうしたというのです!? これから勝利のお祝いを……今後のための合議を……」

「そんなことをしている場合じゃない、この子は神様の贈り物だ。それと梯子はしごだ、梯子はどこだ」


 俺が連れてきた先に、男の子は青くなって震え上がっている。特段臆病な子らしいが、この世界の住民ならば無理もない。

「……双頭の……赤龍……」

 そう、EH500型電気機関車だ。


 借りた梯子を屋根へと掛けて、男の子と視線を合わせた。

「君、これの上に昇れるか? 足場が狭いから、慎重にな」

 俺が優しく促しても、男の子は躊躇している。そりゃそうだ、ドラゴンに乗れって言っているんだから。

 俺は猿のように梯子を昇り、屋根から届かない手を伸ばした。

「怖くないよ、みんなにジャガイモを届けた正義のドラゴンだ」


 手綱を手繰たぐるるように梯子を掴み踏みしめ一歩、また一歩と屋根へと上がった彼は、角のように立ち並ぶ碍子がいしを不思議そうに見回していた。

「本当だ、怖くない……」


「あそこに、鉄のやぐらが畳んであるだろう? あれを掴んで、俺が合図したらさっきみたいにお祈りしてくれ」


 教えたとおり、彼が櫓を掴むのを見届けてから屋根を降りて、運転台へと乗り込んだ。

「よし! いいぞ!」


 俺が見つめている先は、架線かせん電圧計。当然、今は0ボルトを指して眠っている。

 そう、彼は魔術師ゼルビアスと同じように電気を放ったのだ。ただ、微弱なのか手の平から電弧が時々跳ねただけだ。

 微弱でいい。それに雷は確か直流電流、1500ボルトあれば十分だ。


 痙攣でもするように、電圧計が跳ね上がった。

 だが足りない。600ボルト、路面電車並だ。


「怖がるな! ドラゴンは君の仲間だぞ!」

 電圧が上がった!

 だが微増の750ボルト、第三軌条方式地下鉄並み。まだこの倍は要る。


「頑張れ! 君の祈りが必要なんだ!!」

 電圧計が跳ね上がった! 示す先は……


 1500ボルト!!


 あとは直流電流か、だ。

 転移するまで走ってきたのは、交流電流区間。制御機器を破壊しないため、機関車の設定を直流電流に切り替えて、スイッチ類を次々と投入していく。


 運転台表示灯、点灯!

 空気圧縮機コンプレッサ、動作!

 送風機ブロアー、起動!


 次の瞬間、機関車の電源が一気に落ちた。

 彼に何があった!?

 運転台を飛び出して屋根へと昇ると、彼は腰を抜かして歯をガチガチと噛み鳴らしていた。

「どうした!? 大丈夫か!?」

「……凄い鼻息……唸り声……」

 送風機の音が鼻息で、空気圧縮機の音が唸り声に聞こえたようだ。確かにEH500型電気機関車の音は、どれもこれもバカでかいことでマニアの間では有名だ。


「君の祈りが、ドラゴンを目覚めさせたんだ。君こそ本物のドラゴン遣いだよ」

 労いと感謝を込めて彼の肩にそっと触れると、言葉に出来ない喜びが彼の頬を紅潮させて、瞳を朝露のように潤ませた。

「……僕が……ドラゴン遣い……?」

「そうだよ、このドラゴンには君が必要なんだ」


 彼の祈りは、はじめて必要とされたのだろう。彼の細く柔らかい髪がふわっと立ち上がり、興奮して全身がふるふると震えはじめた。


「ありがとう……本当にありがとう。君、名前は何ていうんだ?」

「僕、パンタ! パンタだよ!」

「いい名前だ。君が掴んでいた櫓も、パンタっていうんだよ」

 そう。彼が掴み、祈りを捧げたのは集電装置、パンタグラフだ。


 そして今、君が掴むべきなのは俺の手だ。今度こそ、しっかり握ろうと差し伸べた。

「さあ、パンタ君も一緒に行こう」

「一緒に……? どこへ……?」

「お城だよ、祈祷師様に教えてあげるんだ。ドラゴンには君が必要だってことをね」

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