第5話・コンテナ

 地面に寝そべる貨物列車を祈祷師様も兵隊も、市民たちも城壁に貼り付いて遠巻きに見つめていた。

 俺はひとり、コンテナを前にして借りたナイフで封印を……切るのか……。

 これを切ったその瞬間から、俺はラトゥルスの住人だ。もう、日本には帰れない。もし帰れたとしても大事な積荷を配ったのだから、誰にも合わせる顔がない。


 覚悟を決めろ! コンテナの扉は、異世界への玄関だ! 俺は、ラトゥルスの救世主になる!


 一思いに封印を切り、コンテナの扉を開放すると、城壁の方からどよめきが響き渡った。

「ドラゴンの腹が割れたぞ!」

「ドラゴンのはらわただ……」

「おお……何とおぞましい……」

 だからドラゴンじゃないっての! よく見ろ、ただの鉄の箱だ! おぞましいとは失礼な!


 さて、積荷は……やっぱりジャガイモだ、北見で収穫したらしい。コンテナの端から端、上から下までギッシリと詰まっている。

 コンテナいっぱいのジャガイモを俺ひとりで運ぶのか!? いくらなんでも無理な話だ。

「おーい! ちょっと手伝ってくれ!」


 祈祷師様は、偉そうな鎧をまとった兵士を指名した。どうやら騎士団長らしい。

 そいつがオロオロしながら自分に指を差すと、周りの部下に促されて観念し、抜き足差し足忍び足の手本でも見せるように恐る恐るやって来た。

 大丈夫か、この軍隊は。


「うう……何という色なんだ」

 我が社のコンテナに、何ということを言ってくれる。赤紫で統一されていて壮観だろうに。

「ほら、よく見てみろよ。ただの鉄の箱だ」

「……これは凄い、鉄のうろこではないか」

 目の前まで近づいて、まだドラゴンだと信じているのか。まったく、呆れるばかりである。


「それで中身が、これだ」

 コンテナから引っ張り出した段ボール箱を手渡すと、偉そうな兵士は眉をひそめて固まった。

「これは……紙? 紙の箱が、こんなに重いものに耐えるのか?」

 なるほど、段ボール箱を見るのもはじめてだ。正直、面倒くさい。説明はあとにしよう。


 抱えさせた段ボール箱を開けて、そのひとつを掴んでみせた。

「これはジャガイモ、野菜だ。焼いても茹でても揚げても美味いんだ」

 偉そうな兵士は箱を片腕に抱え直すと、まるで自分の手柄のように掴み取ったジャガイモを高々と掲げて、群衆に見せつけた。

「食べ物だ! 食べ物だぞ! このサガ・ユースが我々に食べ物を恵んでくださった!!」


 群衆は必死の形相で駆け出して、あっという間にコンテナを取り囲み、蜘蛛の糸でも掴むようにやつれた腕を我先にと伸ばしてきた。出遅れて輪に入れなかった住民は、城門の向こうにまで列をなしている。

 兵隊がコンテナを開け、迫る市民にジャガイモを投げ渡している。いちいち手渡していられないのだ。

 ジャガイモを持ちきれなくなった住民は、待つ人々に引きずり出されてジャガイモと一緒に地面を転がった。這いつくばって落としたジャガイモを拾うものだから、踏み潰されないか心配だ。

 救済して、いい気になんかなりはしない。そこにあるのは、狂乱と飢えへの恐怖だけだ。


 ジャガイモを降ろすため、というよりは避難のために空いたコンテナへと乗り込むと、ひとりの兵士が感心して声を掛けてきた。

「すべて鉄なのか……これは凄い」

 さっきは辟易へきえきとしたが、それは間違っていた。この世界の製鉄技術は未熟なんだ。剣やよろいや高価な装飾品、日用品なら桶の金輪で使われるのが関の山。これだけ大量の鉄が惜しげもなく使われているのが、珍しいのだ。


「これで武器や防具を作れば……」

「やめてくれ、これは会社のものだ、本当にやめてくれ」

 さすが軍人、頭の中は戦争のことでいっぱいなのだ。この世界の住民になっても、大事な車両であることには変わらない。金属供出など、させてたまるか。


 大狂乱の配給を終えた頃には陽が傾いていた。日本時間で今、何時なんだと懐中時計を見てみると……。げっ! 終業時間をとっくに過ぎているじゃないか。異世界転移していなければ、今頃は夢の中だ。

「サガ、貴方のご高配を心より感謝します。我らラトゥルスの民を救ってくださり、ありがとうございました」

 祈祷師様が俺に深々と頭を下げると、整列していた兵隊も一斉に平伏したから、本当にこの人は力があるのだ。総理大臣か官房長官、少なくとも防衛大臣くらいの地位だろう。


「それより、俺はずっと寝ていないんだ。どこか寝床を貸してくれないか?」

「どこかなど、ご謙遜を! 貴方のために、城内の一室を用意してあります。頂戴したジャガイモですが、お食事もご用意しております。これからは、城でお過ごしください」

 城は街の中心にあるが、そこだと列車から遠くなってしまう。車両が心配だし、起きたら点検もしたいから、城門の近くでいいのに。

「なら、いい。俺は機関車カマで寝る」


 厚遇をあっさり断って機関車に乗り込む俺を、祈祷師様も兵隊もポカンと口を開けたまま見つめていた。

 運転台の椅子にもたれ掛かってコンソールに脚を投げ出し、帽子を顔に被せた瞬間、俺はスーッと眠りについた。

 全部夢だったらいいのになぁ……。

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