第6話・栄誉称号

 泥のように眠って迎えた朝、そこは朝日が差し込む運転台だった。

 ふいっと横を見ると、割れた側窓の向こうには石積みの城壁がそびえ立っている。

 俺は落胆した。


 ……夢じゃなかった……。


 やはり、貨物列車ごと異世界転移してしまったのだ。だって、ほら。城から兵士が迎えに来た。

「サガ様、おはようございます。祈祷師様が謁見を申し出ております」

 朝早くから、何だよ……。車両の状態を確認したいから、運転台で眠っていたのに。


 渋い顔で門を抜けると、家や倉庫や学校から老若男女が大興奮で飛び出して、俺に手を振って大歓声を浴びせてきた。

「サガ様!」

「サガ様!」

「サガ様ー!!」

 大事な荷物を配っておいて威風堂々としていられるはずもなく、背中を丸めてコソコソと犯罪者のように城へと向かう。


「サガ、この度のご高配に改めて感謝を申し上げます。そこで、貴方に領地と爵位を授けます」

 爵位だって? 嫌な予感しかしないぞ、まさかと思うが……。

「計り知れない貢献ですが、ものには順序がございます。手始めとして、男爵では如何でしょう」

 やっぱり……ジャガイモを配って男爵か。


「サガ男爵の名を未来永劫まで伝えるべく、あのジャガイモという食料を男爵イモと名付けます」

「そんなことをしなくても、あのジャガイモは元からそういう名前です」

 祈祷師様は何たる偶然、これはもはや運命ではと驚いている。俺には、悪い冗談にしか聞こえない。


「爵位を得れば、舞踏会に招かれることもございます。そうなれば、独り身というわけには参りますまい」

 また嫌な予感しかしないぞ、もう冗談はやめてくれ。

「シェラバートン伯爵に、年頃の娘がおります。あまりの美しさに男同士の争いが絶えず、伴侶が決まらないので困っておりました。サガ、貴方が迎えては如何ですか?」

「何て名前ですか?」

「メイです」

 今度はメイクイーンだ……。

 偶然の一致で悪意がないのは重々承知しているが、馬鹿にされている気になってしまう。


 いや、名前だけで嫌がるのは失礼極まりない。そう思い直しても、まったく知らない相手と結婚だなんて無茶な話だ。この世界では当たり前かも知れないが、それを受け入れるのははばかられる。

「祈祷師様、俺は昨日ここに来たばかりで、右も左もサッパリ分からないんだ。そんないっぺんに色々決めてもらっても困る」

 目を回しながら断る俺に、祈祷師様はちょっとガッカリしつつ笑みを送った。

「メイ嬢は、とても気立てのいい娘です。お会いすれば、きっと気に入ることでしょう。近々席をご用意します」


 人望を集める祈祷師様のお墨付きだから、メイは本当にいい娘なのだろう。その証拠に俺は兵士から厳しく睨みつけられ、今にも刺されてしまいそうだ。

 誰もが憧れるアイドルを、ジャガイモを配ったポテト出……じゃなかった、ポッと出の男が一瞬にしてさらうんだ、面白いはずがない。

 異世界だろうと命は惜しい、何とかならないだろうか。


「そういや、領地ってどこですか?」

「もちろん、双頭の赤龍の周辺です」

 大事な車両のそばでよかった……そう安心したのは、つかの間。城門のすぐそばだ、籠城戦では最前線になるじゃないか!?

 思い出せ、飢饉と侵略の救世主として俺を召喚したと祈祷師様は言っていた。ヴァルツースとかいう国から守れと、そういうわけか。


 異世界の軍隊と戦えって言うのか!?

 デカい鳥に乗るような女がリーダーだぞ!?

 機関車とコンテナだけで戦えるわけがない!!


 これは断らなければ──。

 いや、それは出来ない。あそこが別人の領地になったら、列車に近づくことさえ出来なくなってしまう。鉄を目当てにバラされるかも知れない。これでは

「爵位の件、謹んでお受け致します」

と、頭を下げるしかないじゃないか。畜生、何であんなところで停まったんだ。


 祈祷師様はホッとして、後光が差しそうな笑顔を見せた。何という美しさだ、兵士たちが忠誠心を示す理由が、よくわかる。

「私からは以上です。サガ、貴方から伝えたいことはありますか?」

「ええっと……ジャガイモに芽が出たら毒を持つので、畑に植えるよう伝えてください」

「わかりました、すぐに知らせましょう。新たに実れば食糧難も解消されますね」

「あとはジャガイモの調理法も、いくつか教えた方がいいですか?」

「是非とも! ご教示をお願いします」

「わかりました。簡単なものだけになりますが、今度レシピを書いておきます」


 一礼して立ち去ろうとする後ろ髪を、祈祷師様が引いて止めた。やめてくれ、ちょっとドキッとするじゃないか。

「サガ、これからどうされるのですか?」

「列車の状態をまだ見ていないので、点検を実施します」

「食糧をもたらしてくださった、双頭の赤龍ですか?」

「ええ、まぁ……」

「まぁ! 私もご一緒して宜しいでしょうか?」

「もちろん、構いません」

 祈祷師様は期待感にパァッと光を放った。


 このテレーゼア、どこまでもいつまでも貴方と一緒におります。サガに私のすべてを捧げます。

 なんていうことを言ってくれる気配は、微塵もない。

 どこの世界であろうとも、世の中は思い通りになってくれない。

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