第4話・救世主
「あのコンテナは札幌から東京に届ける荷物だ! 列車ごと無くなって、日本は大騒ぎのはずだ! 早く元の世界へ帰してくれ!!」
今頃、忽然と消えた列車の捜索が必死に行われているはずだ。
谷底に落ちたのでは、林の中に埋もれているのでは、宇宙人に
いや、メアリー・セレスト号は人だけがいなくなったやつだ。
いやいや、そう騒ぐに違いない。
まさか、異世界転移したとは思うまい。
顧客は当然、怒っているだろうなぁ……。
会社が糾弾されていなければいいなぁ……。
脱線したとき、線路や架線柱や信号機に損傷を与えなかったのだろうか。常磐線や上越線というバイパス路線はあるにせよ、もし破壊していたら地域輸送に影響を与えてしまう。
俺はこのとおりピンピンしているし、激突した覚えもない、車体に接触痕はないようだが……。
あああああ気になってしょうがない。
俺がこんなに悩んでいるのに、祈祷師様も兵士たちもキョトンと首を傾げている。
「サッポー? トーキョー? ニホ? それは、どこの国ですか?」
そっちかよ!!
そうか、祈祷師様らは呼んでおきながら、俺が異世界から来たことに気づいていないんだ。
自分に言い聞かせる意味も込めて「落ち着いて聞いてくれ」から説明をはじめた。
「俺が暮らしていた世界には、魔術師はいない、あんなデカい鳥はいない、ドラゴンだっていないんだ。つまり俺は、日本がある世界から、日本がない世界に転移させられたんだ」
祈祷師様も兵士たちも、目を点にしてポカンとしている。こことは別の世界があるなんて、信じられない様子である。そうだろう、俺だって信じられない。
しかし、これが事実なんだ。
「だから、元の世界に帰してくれよ、コンテナが届くのを待っている顧客がいるんだよ、頼むよ、会社の信用に関わるんだよ」
懇願というよりは、もはや泣き言だ。
「異なる世界から召喚するなど、私にははじめてのことです。そして、いいですか? サガ、私は送還する
……折り返し不可の一方通行だった。
列車だったら指導通信式にせよ伝令法にせよ、何かしら取り扱いがあって逆線走行出来るのに。誰だ、人生をレールに例えたのは。
俺も列車もコンテナも、この異世界に
昔の映画みたいに、高速で走っているところに雷が落ちて……違う、あれはタイムスリップだ。そもそも、電気はおろか線路もない。それじゃあ機関車が走れない。今は、食料品を満載した鉄の
詰んだ、絶望した、目には何も映らない。
が、切羽詰まっている彼らは構うことなく俺に追い打ちをかけ、傷口に塩を塗り、コンボ攻撃を仕掛けてくる。
「預かりものを恵んでくれなど、悪魔の所業と存じております。ですが、このままではラトゥルスは飢えて潰れるか、ヴァルツースに潰されるか、ふたつにひとつ。神の導きだと信じ、恥を忍んでお願いを申し上げます。どうか、私たちにお恵みを!! ……」
そんな、必死に懇願されても──
……だが、俺は帰れないんだ。
そこで思いついた選択肢は3つ。
ひとつは、コンテナを死守し続けて、この国の人間も俺も一緒に飢えか侵略で命を落とす……。
いや、無し無し。
もうひとつは、元の世界への生還を試みつつ、コンテナの開放を粘る。だが俺は、積荷の詳細までは知らない。開けてみたらやっぱりジャガイモで、とっくに芽が出てソラニンだらけ、食中毒で命を落とす。
いや、無し無し。中身を確かめてからギリギリまで渡さない、というのも状況を考えたら通らなそうだ。守りきれる自信がないし、すべてのコンテナがジャガイモだったら食べきれず、大量廃棄になってしまう。
そして最後、祈祷師様の望みどおりコンテナの即時開放だ。割引シールが貼られても売れ残って廃棄されるコロッケや、文化的生活の堕落を応援するポテトチップスになるわけではない。本当に必要な人々に渡るのだ。
でも、もし、万が一、食料品を配ったそばから日本に戻れたら、どう説明すればいいんだ……。
「コンテナの積荷は、どうしたんだ!?」
「脱線した先で、テロリストだか新興宗教だかに脅されて、仕方なく明け渡しました」
ダメだダメだ。そんな大量の荷物を隠せるわけがない、絶対に嘘だとバレる。
「異世界転移したんスよ。飢饉が起きていたから配ったんスわ」
「馬鹿野郎!!」
ダメだダメだ。事故の重責のあまり、頭がおかしくなったと思われるに違いない。
祈祷師様をチラリと見ると、真剣かつ神妙な顔つきで
この世界から帰れないなら、意地を張っている場合じゃない。これは緊急避難だ、救済措置だ、事情気の毒による人道的支援だ。
「わかった! コンテナを開ける! ただ、俺も食料品だろうと引き継ぎを受けただけで、本当に詳しい中身は知らないんだ。過剰な期待は勘弁してくれ」
兵士たちが大喜びで笑顔を見せると、祈祷師様は頬を濡らした。
「私たちは、その気持ちだけでも十分なのです。そのコンテナとやらは、どこにあるのですか?」
俺は、祈祷師様を列車に案内することにした。
同時に、この世界で生きていくしかない事実を前にして、気持ちも身体も電気機関車で牽けないくらいにズッシリと重くなっていた。
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