いじめの結末:14

 

 魍魎もうりょうが発する禍々まがまがしいエネルギー波は、本来であれば精霊せいれいエクソサイズであるつる感知かんち能力のうりょくからのがれることはできない。されど、例外としてあらゆる探知たんちまぬがれた魍魎がいたという前例はいくつかある。あな生成せいせい寸前すんぜんまで隠し通した遮蔽しゃへいさくと同じ、精霊せいれい悪夢あくむばらいから見付からない為の術。あなを用意した魍魎が居るならば、近辺きんぺんにその元凶げんきょうかくひそんでいてもなんら不思議ではない。

 だが、巫女みこ見立みたてとしては、それはない。


「不自然だな」


 警察署を注視ちゅうししながら、巫女はあごさすいぶかし気にめた表情ひょうじょうで深く考え込む。


「あまりにもしずかだ。ここまで何も感じない事があるか?」


 魍魎の気配が微塵みじん追認ついにんできない現状へのいらちか、常勝じょうしょうだからこそ彼女のプライドは高い。


かり気配けはいを完全に遮断しゃだんできてしまうやからなら、あの男は接触せっしょくされても気付かないだろうな」


 その意見は鶴も同意なのか、かたうなずいた。


「もうひとつ仮説かせつがあるわ」

「仮説?」


 そこまで発言しておいて、やや間を置く鶴の態度に首をかしげる。


「なんだ仮説って。……まさか」

「そう、【サウィン】よ」


 そうとなえる鶴の空気は重い。あってはならない事態に遭遇そうぐうしたさい緊迫きんぱくを表している。


が何らかの作法さほうもちいて魍魎に手をせば、気配けはい遮断しゃだんは可能でしょう」

「それはそうだが……」


 鶴の見通みとおしに巫女の表情がなおくもる。


「だどしたら、一層いっそうのこと不可解ふかかいだな。サウィンが動く程に今回の人間は特別とくべつされるタマか?」

「いいえ、ちがうでしょうね。板野麻実にそのようなエネルギーなんて無いわ」

「つまり狙いは――」

「その関係者、またはワタシ達から注目ちゅうもくとおざける為のカモフラージュ」



 鶴が緊張きんちょう面持おももちでかたる【サウィン】とは、魍魎をたばねる五つの巨悪だ。人間の魂、あるいは天使てんし妖精ようせい聖獣せいじゅうといったあらゆる生き物の魂をうばい、魍魎へと転換てんかんしてしまうあらそいの元凶。言わば精霊エクソサイズである鶴や、悪夢祓いの筆頭ひっとうとする巫女の天敵てんてき、倒すべき敵である。同時に、この巫女をもってしても数百年もの間、倒せなかった相手である。

 そのサウィンが出現した可能性が浮上ふじょうしたなら、最悪の場合、多くの犠牲者ぎせいしゃしょうじる戦いに発展はってんすることはけられない。

 鶴がここまで懸念けねんするのも、無理はない。



「ん? 慶郎よしろうさんが出てくるわね」


 警察署の正面玄関げんかん堂々どうどうとすりけて出てくる慶郎は霊体れいたいだ。当然に自動ドアが反応することはない。

 鶴たちが待機する商店街の屋根やねまでけ上がると、慶郎は何やら納得なっとくしていない様子で見聞みききした現状を語る。


「どうやら板野さんは娘さんの保護ほご依頼いらいしたようですね。自分には育児いくじをする能力が無いと認めた上で、ある意味、育児いくじ放棄ほうき自首じしゅみたいな形です」


 それを聞いても反応をしめさない巫女にわって、鶴は巫女と話す時とは違う温かみのある声で応じる。


「そう。でもそれって、慶郎さんがすすめた結末けつまつではないようね」

「もちろんです。僕が板野さんに伝えたのは由紀恵ちゃんと向き合うことです。彼女は家でもひどい状態でしたから、それをあらためて欲しかったのに」

見方みかたをかえれば、即決そっけつに判断した彼女の行いは間違いではないわ。これはこれで、我が子を救うことにつながる」

「ダメです。それじゃダメなんですよ……」


 慶郎は自分に言い聞かせるように何度も首をる。面倒めんどうみの良い教師のような、最善さいぜんではない現状にいているたたずまいである。

 その様子を満足まんぞくに見上げる鶴とは打って変わって、横に居る巫女は全く興味きょうみしめさず、無関心むかんしんに話題を戻す。


「お前まさか、あの人間がなぜ帰らなかったのかだけ調べてきたのか? 本来の目的は敵の捜索だろうが」


 巫女の対応は怒りにも近いあきれた様子だが、慶郎はそれに動じない。


「僕は索敵能力にけている訳じゃありませんが、もし彼女の周囲に魍魎が居たならば多少なりとも気配を感じ取れたでしょう。直接ちょくせつに話をした僕が気付かなかった責任せきにんも感じていますし、そこは念入ねんいりに調べましたよ」


 うたがいの目は相変わらずだが、多少なり理解したのか巫女からの反論はんろんはない。


「しかし心配です。彼女はなぜ悪夢の記憶をもったまま現界げんかいしているのでしょうか」


 魂が魍魎にらわれたままだという可能性を示唆しさした鶴ならば、このメカニズムは経験済みなのだろう。


「慶郎さんが倒した魍魎以外が、板野麻実に何らかの術をほどこしているのは確かね。過去の事例で言えば、彼女を起点きてんに悪夢を発動する起爆きばくざいとするパターンか、再び襲撃する為のマーキング」

「それはつまり、また板野さんがねらわれる可能性が高いという事ですか」

「けれど、それも微妙びみょうなのよ。彼女の魂が極上ごくじょうしなという訳でないのに、そこまでする意図が判らないの」


 鶴と巫女が話し合ったように、板野麻実の魂はごく普通のかくであり、魍魎が何度もねらう程の価値は無い。弱った心は悪夢にめやすい訳だが、それは彼女にかぎった話でもない。


 なかなか答えの出ない疑問に、慶郎は落ち着くことが出来ずかみきむしる。


「このまま板野さんを見張っていれば、敵は姿を現しますかね」


 慶郎の提言ていげんうなずこうとした巫女が、鶴の発言によってはばまれる。


「マーキングにはもう一つ別の効果もあるのよ。似た魂の付箋ふせんとして、本来のターゲットを識別しやすくするの」


 鶴がそうげた瞬間しゅんかんに、巫女も慶郎も気が付いた。


「似た魂って言やぁ居るな」

「はい、娘の由紀恵ちゃんです!」


 今すぐにでも駆け出したい慶郎だったが、ここは作戦を必要とする場面であるとしっかり認識している。


「しかし板野さんもマーキングされている以上、彼女も危険な筈です。ここは別行動が必須ひっすでしょう」


 それにうなずいた巫女が前髪をき上げる。


「仮に娘の方が上質な魂ならば、そっちが本丸だろう。私が行く」


 その背中を鶴が追った。


「それでも不可解ふかかいよ。板野由紀恵の魂も、魍魎が欲するようなエネルギーではなかった。でも、もしサウィンが関わってる案件だとしたら、ワタシに考えがあるわ」


 鶴がす【サウィン】という単語の説明を聞いていない慶郎には判らなかったが、上司の即決に口をはさむような真似はしない。


「僕はこのまま板野さんを監視します。武運ぶうんを!」


 慶郎を商店街の屋上に残し、板野麻実を預ける形でその場を去る巫女たちは、素早い身のこなしで由紀恵が通う小学校を目指す。



 この時はまだ、敵の策略さくりゃくがどのようなたくらみだったのか、誰も気付かなかった――。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鶴の怨返し みたらし先輩 @masaosan0131

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ