いじめの結末:13

 

 あなだっした慶郎たちは霊体となって上空をわたった。鶴の飛行能力であれば、地上をけるよりも最短距離で板野家へ辿たどりつける。

 ――であれば、徒歩で帰宅途中である筈の板野麻実よりも早くに到着した筈だが。


「居ないですね」


 鶴の脚をはなし、地上へり立った慶郎が家の気配をさぐるも、どうやら帰ってきている様子はない。これだけ小さな家だ、いくら未熟みじゅくな慶郎であってもターゲットの気配を見落とすことはない。


「道中も地上からは板野さんを感じ取れませんでした。かといって悪夢が展開されている波動も感じない」

「ワタシも同感よ。途中で姿を見付けられる可能性が高い筈だから、地上へは常に気をくばっていたわ」


 二人は周囲の気配をいまいちど再確認する。板野麻実が宿やどす魂の波長はちょう、彼女を狙う魍魎の気配、どれも周囲からは感じ取れない。


「鶴さんの偵察ていさつりょくでも居所いどころわからないとなると、方角が真逆まぎゃく、なんて事もあり得ますかね」


 慶郎はあくまで真剣に可能性をとなえている。


「例えば、由紀恵ちゃんが居る学校へ向かったとか」


 家とは反対方向へ向かったのであれば、いくら精霊エクソサイズといえどもそこまで広範囲を感知はできない。


「そうね、とりあえず帰路きろにはいない。これはハッキリとした訳だし、別の場所も探しましょう」


 板野麻実がなぜ家へと帰らなかったのか、その疑問を考えるのは後だ。巫女が示唆しさしたように、他の魍魎がひそんでいる可能性がある以上、止まっている時間はない。

 それに、てっきり巫女も一緒に来るものだとばかり思っていたが、どういう訳か姿が見当たらない。他になにか手掛かりを見付けていたのかも知れないと思い、慶郎たちは板野麻実と同時に、エネルギー波が巨大な巫女の気配をさぐりつつ、再び上空から索敵さくてきを開始した。



        ×        ×



 板野麻実の家路いえじを慶郎たちに任せるつもりだった巫女は、はなから魍魎の気配をさぐる事に専念せんねんしていた。彼女の大筋おおすじではなく、である。

 人としてどうかと思うその思考も、悪夢祓いのとして優秀すぎる巫女には管理者であるエクソサイズも手を焼いている。

 つまり、彼女が板野麻実を発見したのは本当に偶然ぐうぜんである。


「あれ?」


 鶴と共に慶郎が商店街しょうてんがい屋根やねに舞い降りる。巫女を検知してすぐ、近くに板野麻実が居ることも感知できたのは、彼らにとっては驚きだ。屋根の上で待機している巫女の姿は、まるで板野麻実が家に帰らないのを知っていたかのように見えただろう。


「よく板野さんを見付けられましたね」


 現在、板野麻実が居るであろう建造物を監視する巫女が、だるそうに横目でこたえる。


肝心かんじんな魍魎の気配が無いがな。ま、あの女を見張みはっていればその内でてくんだろ」


 巫女から発せられる悪夢祓いとしての大きすぎるエネルギー波は目立つ。えて離れた位置から監視するのも、魍魎にさとられないようにする為だ。

 慶郎も巫女と肩を並べ、板野麻実が立ち入ったを監視する。それにしても、そのは想定外だった。


「なぜ板野さんはに……」


 心配と疑問が入り混じった声をらす慶郎を、さも興味きょうみなさ気に巫女が耳穴をほじる。


「盗み聞き、得意だろ? ちょいと行ってみろよ」

「人聞きの悪い言い方しないで下さいよ。あくまで調査ですからね」


 そう言って、慶郎は迷いなく警察署内へと侵入した。こういった時に行動が早いのは、彼が被害者の安全を想うその強さのあらわれなのだろう。



 慶郎が離れたこのに、巫女はいだいていた疑問を鶴に投げかける。


「ひとついていいか? なぜあの男を悪夢祓いにまねき入れた。素質も伸び代もとぼしい、あんな男を」


 巫女の言葉は冷たい、本当に慶郎を評価していないのが判る。それに対し鶴の返答は、今までの母性のようなかばう語り口とは違う、管理者として的確な答えをもった回答かいとうだった。


「彼にはしっかりがあるのよ。それがある限り、あの人はこの宿命から決して逃げたりはしない」


 警察署を監視しつつ、その大きなひとみはまた別の何かを見ているかのような眼差しだった。その姿を横目に、巫女はかさねてう。


「生前の行いや鍛錬たんれん、思考、信念、それらが例えどんなに優秀ゆうしゅうであったとしても、悪夢祓いとして強く動けるかは影響しない。偶然ぐうぜんな魂の性質、確かそう説明してくれたよな」

「そうね。合ってるわ」

「奴ほど中途半端な悪夢祓いは長生きしねぇぞ。それを私達は何度も見てきた。アンタも人選じんせんには注意を払っていたからな、あの男を見た時はいよいよアンタもボケたのかと不安になったぞ」


 動物の姿をりた精霊せいれいが笑っても、その表情は変化がない。


「面白いこと言うのね。まぁ、これは私の趣味、みたいなものよ」

「そのふざけた趣味で“必勝の弾丸”を預ける相手を間違えるなよ。他にもっと戦えそうな魂が居る筈だろ。適任者を再選してくれ」


 どうしても慶郎を認められない巫女からすれば、鶴が提供ていきょうしている武器や武具がかされていないと指摘してきせずにはいられない。魍魎を一撃でほふる弾丸も、あらゆる怪我けがを半減させる護符ごふも、巫女の目にはぶた真珠しんじゅとして映る。


「そこまでかたくなに彼を否定しなくとも、ワタシの嗜好しこうには許容きょようしてくれても良くてよ?」

「は? だからそこが見えねぇから指摘してんだろうが。あの男を採用さいようし続ける理由はなんだ」

無暗むやみにプライベートは語れないわ。興味があるなら、貴女あなたが調べてもいいのよ? 同時に、ワタシは貴女のプライベートを慶郎さんには伝えないわ」


 感情の判らない声質でどこまでもゆずらない鶴に、巫女も諦めたのかそれ以上の追及はしなかった。納得の得られない問答もんどうをしてる間に、警察署内ではどうやら慶郎は板野麻実に接近できた気配だ。二人の魂がすぐそばまで近付いているのは巫女や鶴ならば簡単に感知できる。


「さて、あの男の得意な盗み聞きで何が引き出せるかな?」

「その前に、姿を巧妙こうみょうに隠しているであろう魍魎に注意なさいな。いくら警察官が大勢いる場であろうと、魍魎の狩りに躊躇ちゅうちょはないわ」

「逆に弱い悪夢祓いが来て油断ゆだんするかもな。それで尻尾しっぽを見せればチャンスだ」


 巫女の眼差まなざしが鋭利えいりに細まる。魍魎を狩る戦師せんし熱意ねついえているあかしだ。



 

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