いじめの結末:12

 

 あなの内部はすでに熾烈しれつな争いの只中ただなかにあった。どこまで続いているとも知れぬ長い道が見えるが、それよりも、多勢たぜいの魍魎と一人で交戦する巫女の姿が、慶郎の目に敬意けいいを宿して焼き付く。

 鶴につかまって孔に突入し即刻そっこく、壮絶に薙刀なぎなたを振るう少女の勇猛さに息を飲む慶郎。何か声に出したかったが、鶴の耳に届いたのはただ驚きによる嘆息だった。


「あのは別格よ。ワタシの知る悪夢祓いでも、ここまで適任した魂をもった者は少ない。なにもアレを目標にしろとは言わないけど、彼女の支援になれるよう、貴方に期待しているわ」


 鶴の飛行能力に身を任せる慶郎は、頭上で羽ばたく白鳥を見上げることしか出来なかった。それ程に、巫女の雄姿ゆうしには各の違いを思い知らされる。

 魍魎たちのおぞましいキバも、強靭きょうじんな爪も、獰猛どうもうな肉体も、今の巫女にはたわむれに過ぎない。中には槍を武装した魍魎も居たようだが、彼女の薙刀なぎなたによる完全無欠な武勇によって、歴然と差をつけて制圧されていく。


 唯一の足場である暗闇に浮かぶ一本の道。鶴と共に降り立ったそこは、何者かの意思によって作られた行路こうろで間違いない。悪夢と同じく、魍魎が作り出す狩場と似ている。このあなの仕組みや目的が如何いかなるものなのか思案する慶郎であったが、まずは目の前の戦火を終結させねばならない。

 内ポケットから銃をつかみ出すが、その必要性は鶴によって否定される。


「他に敵の気配は無いわね。無駄むだあしだったかしら」


 まるで他人事のように落ち着いている鶴の声音こわねに、危機感は感じられない。巫女の戦力に、全幅ぜんぷく信頼しんらいせているあかしだろう。その確信に錯誤さくごはなく、当然のように魍魎たちを討伐とうばつしてみせた巫女の才腕さいわんを再認識したに過ぎない。


 慶郎はただ茫然ぼうぜんと立ち尽くし、己の無力さを痛感する。もし自分があの魍魎たちと戦っていたら、良くて拮抗きっこう、悪ければ当然の敗北、死という消滅を迎えていたことだろう。それがどうだ、あの小柄な少女は顔色すら変えず、数秒の間に敵を殲滅してしまったではないか。こんなにも出鱈目でたらめに強い悪夢祓いがいるのなら、はたして自分の存在意義はなんなのかと、自尊心じそんしんを疑わずにはいられない。


「こっちはんだ」


 きりとなってっていく魍魎たちを尻目しりめに、相変わらず巫女は辛辣しんらつな声だ。


「そっちはどうなったんだ。板野いたの由紀恵ゆきえの件は終わったのか」


 いつもこの口調なのでこれが平常心なのか怒っているのか識別できない巫女の問いに、慶郎も相変わらず上調子うわちょうしな振る舞いで応える。

 この二人は、互いに顔を向け合うといつもこんな感じだ。


「まぁ、その、なんと言いますか、お節介せっかいオジさんは今回も力不足でした」


 あはは、と、苦笑いで誤魔化す慶郎の本心を知ってか知らずか、巫女はなおも問いかける。


「母親を巻き込んだ悪夢をはらったんだ、首尾しゅび上場じょうじょうだったのでは?」

「はい、そこはタイミング良くはちわせできたのですが、由紀恵ちゃんの件は、結局、警察に頼るしか他に手が無く……」


 そこで煮え切らない表情になる慶郎を理解できず、巫女は首をかしげる。彼も、今回の騒動に関して、巫女に全てを理解してもらうつもりは無いのだろう。あくまで本来の責務せきむとはれた事案だ。板野由紀恵をイジメる三枝千春との動乱に、悪夢祓いとしてのアビリティを私的利用した後ろめたい思いもあったからだ。


「それにしても」


 慶郎は話を変える。


「ここはいったい何なのです? 少し、悪夢とはしつことなります」


 明らかな話題のらし方に一瞬の間を置きつつも、その質問に鶴が丁寧ていねいに答えた。


「魍魎どもが移動手段に使う、いわゆる裏口よ。我々はこれを“あな”と呼び、見つけ次第、率先そっせんして敵の侵略しんりゃくはばんできたわ」


 鶴の返答に付け足すように、今度は巫女が先を続けた。


「本来、あなの出現は事前に見抜けない。徘徊はいかいする魍魎のような気配も無く、悪夢祓いが発するエネルギー波も発生しない。――が、私は今回、なにやら不穏な予感がしている。お前は気付けなかったか? 慶郎。魍魎の気配にことに」


 巫女の所見についてピンとこない慶郎は思考をめぐらす。まず、魍魎の気配に変化など感じなかったし、撃破した魔物は間違いなくターゲットだった筈だ。ガーゴイルのような外見をしたあの魍魎は、確実に仕留めたし、悪夢からも解放された。この時点で、自分が成すべき悪夢祓いとしての役割にあやまりはない筈だ。

 断言を避ける形で、慶郎は巫女の主張に首を振った。


「とくに、おかしな点は感じられませんでしたが……」

「本当に?」


 かぶせ気味に追及してくる巫女の鋭い眼差しに、慶郎はひとつの違和感を思い起こした。さほど大問題になるような事柄ことがらではないと思い報告を後回しにしていたが、つい先ほど、あったのだ。小さな疑問が。


「悪夢にり込まれた被害者、板野麻実……。彼女は、悪夢を脱出後も、記憶が確かでした。本来、一般人は悪夢内での出来事を記憶することがないと聞いていたので、それが判った時、確かに違和感を感じました。ですが、これが何を意味するのか見当も付かず――」


 慶郎の感想をさえぎる形で、鶴が低い声で問う。


「彼女は今どこに」

「徒歩で家へと向かっている筈です」


 なにか考え込む様子で、鶴が長い首をかたむける。


「異変に気付けなかったワタシの落ち度かしら」


 そう漏らすと同時に羽ばたき、真っすぐ慶郎を見つめた。


「行くわよ。もしかしたら、板野麻実の魂は悪夢に閉じ込められたままかも知れない」

「そんな――いっしょに鳥居をくぐって脱出しましたよ」


 鶴の脚につかまり、慶郎の体はあなの出口へと向かう。


「ここまで高等な術を持ってるとは予想外だったわ。管理者として、見抜けなかった過失かしつを謝りましょう」


 律儀りちぎな鶴のびに、慶郎は困惑し言葉を押し殺した。今は被害者の救済を最優先にすべき時なのだと把握はあくし、余計な発言をつつしんだ。

 よくを言えば当然、どういう事なのか詳細を語って欲しいところだが、その説明をする時間をしんでまで急ぐ鶴の敏速を邪魔する訳にはいかない。


 

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