第5話 この世界の片鱗にふれる⑤



 俺は、斑猫に先導され三毛猫と共に移動して治癒院に着いた。実は、頭巾と深編笠で周りの状況も何も分からず再びのドナドナだった。意外と近くだったので、何とか持ったが、かなりの疲れを感じる。案内されたのは、六畳位の狭い和室。奥に低い机があり、片隅には布団と座布団が積んである。


 俺が部屋を眺めている間に斑猫は消えていた。斑猫は隠密ではないだろうか。動きが計り知れない。その上、いつの間にか机の手前に箱が一つ置かれていた。


 とりあえず、深編笠と頭巾、羽織を脱ぎ、座布団を敷いて座り込んだ。慣れぬ和服が締め締めで、キツい。そんな俺の様子を横目に三毛猫が箱の手前に手招きする。俺は、膝でそろそろと近づく。


「何か」


「ちょいと指を貸せ」

「ゆ、指ぃ……」


 ちょっと迷って、右手の人差し指を差し出すと、三毛猫の鋭い爪で突かれた。

「イタッ!!」


 プクッと血が出てきた。おおっと慌てて、口に持って行こうとした手首を握られた。そのまま、箱の飾り留め具に指先を押し付けた。留め具が、ほんわりとした光を放ち、瞬く間に収束した。手首を離されると前のめりの体勢が維持出来ず、顔から床に直撃した。額に畳の跡が付いたのであろう痛みを感じる。二つの痛みにイラッとして、三毛猫を睨む。


「何だよ、一体……」


「これは、お主の荷物じゃ。今、鍵の登録をしたので他の者は開けられぬ。その留め具に触れてからならば、蓋が開く。試してみよ」


 俺は、おずおずと箱に向かった。箱は木製で、全体に紋様が施されている。上蓋の真ん中辺りには象嵌が施され、四隅に金属の補強装飾がされている。


 中央の飾り留め具に触れる。ほわっと光りカチッと鍵が外されたような音がした。すると簡単に蓋を持ち上げる事が出来た。


 覗き込むと小物入れにもなる仕切りの付いた中蓋が付いていた。中蓋は中央で二つに分かれており、それぞれに取り出しやすいように持ち手が付いている。中蓋を取ると更に小ぶりな葛籠が入っていた

 。

 葛籠の中には、着物に帯、袴、下着とか小物の着替え諸々の一式。大中小の手拭い。巾着かな。葛籠の他に大きな風呂敷包みと小さな風呂敷包み、俺のリュックサックと靴が入っていた。小さい風呂敷からは、俺の服が出て来た。大きな風呂敷は、厚手の着物だった。


「なんだ、これは……」


 俺は、その着物に前から袖を通して持ち上げた。結構厚めの綿が入っているようで、地味に重い。しかも長い。立ち上がって持ち上げても裾を引き摺っている

 。

「それは夜着じゃ。その長持の中の物は、異種民族が登録された時の支援品じゃ。只人族の服や荷物は違和感があり目立つ。他人の目に触れる事がないように配慮せよ。着替えは足りぬかも知れん。その際は、支援金にて購入するのだ。その箱は、留めると自動的に鍵が掛かる仕組みじゃ。必ず、きちんと留めておくようにするのじゃ」


「はぁ」

 結局、夜着って何。まぁ、良いか。


「失礼致します」


 襖越しに声を掛けられ、慌てて荷物を片付ける。蓋を閉じ、留め具を嵌めたのを確認して三毛猫が応える。


「うむ、入って来るがよい」


 白衣のようなものを羽織った白猫が入って来た。白猫違うわ。眉の位置に公家のような丸い薄っすらグレーの模様がある。麿だ麿。いやぁ、ちょっとテンション上がった。良し、心の中でマロと呼ぼう。


 マロは、大きな鞄を抱えていた。俺の前に座ると鞄を開いた。中央に持ち手があり、前後に蓋が開くようになっていた。何やらびっちり瓶が入っている。マジマジと覗き込んでいると、声を掛けられた。


「こちらは、この治癒院の治癒者じゃ。何日か世話になり、体調を整えるように。その間にお主の受け入れの支度を整える故。この治癒院に居る間は、この部屋から出ぬように。くれぐれもこの点だけは、お守り下され。それは、お主の為でもあるのじゃ」


「はぁ」


「では、失礼する。用意が出来次第戻ってくる故、息災でな」


 三毛猫は、マロに丁寧な挨拶をして出て行った。よく分からない猫、いや人、いやいや猫人だった。でも、これからも世話になるようだから奇特な猫人か。



 マロは俺に対峙して、顔を覗き込んできた。マスクと言うか白い布で口元を隠したマロの瞳がキュウっと絞られた。眼光鋭くちょっと怖い、いやかなり怖い。何か全てを見透かすようで、背筋がゾワゾワする。ああ、軽く鳥肌も立っているよ。一体何者なのと、腰が引けてきた。正しくは、引いた気持ちだけで微動だにしなかったよ。小心者だな。


「ふむふむ」


 マロは、姿勢を戻して軽く瞬きした。


「我は、治癒術師です。これより、少し身体のご様子を見せて頂きます。ご了承頂けますか」


「はぁ、よろしくお願いします」


 丁寧な申し出につい気の抜けた返事をして、頭を下げた。ああ、日本人の哀しき習性よ。マロは、俺の返事に頷き膝を詰めて来た。


 セットが乱れて目元に掛かっていた前髪をそっと寄せて、額に掌を押し付けられた。おお、肉球プニプニした感触が気持ち良い。じわじわとした緩やかな温かみが、額から身体全体に広がって行く。末端まで行き届くと温かさが収束した。収束した熱は胃の辺りを中心に広がり始める。そこはポカポカと言うより、じっとりと熱を持っているようだ。心地良い熱に身を任せると自然と瞼が下がり、身体がグラグラと揺れた。いかん、気持ち良さに意識を失うところだった。


 と、肉球が離れた。プニプニが離れる寂しさに追いすがりたくなる。


「まず、疲労が澱のように蓄積しています。少し散らしましたが、疲労は治癒術の範囲外になります。ここで数日静養して回復して下さい。また胃の腑に陰りが見えましたので、こちらは治癒を施させて頂きました」


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この世界は【猫】人で成り立っている。 白雨空 @kuuhakuu

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