第55話 謎の女

 魔物を撃退した間宮たちは、引き続き島の端へと移動していた。


「ん?何だあれは」


 草原に生えていた数本の木に、間宮が何かを見つける。


「どうしたのよ」

「いや、あの木になんかついてないか?丸い形の」

「あーあれね、美味しいわよ」

「え?」


 ナイアが妙な事を言ったことは置いておき、間宮はその木に近づくと、確かに木の実が生っていた。黄緑色の丸い形をしたその実は、現実で言うところの梨のような見た目に非常に似ている。

 とは言ってもここは奈落。見た目は美味しそうだからと言って、そう簡単に口に入れるわけにはいかない。奈落に来た当初、間宮は腹が減っていたので魔物の肉を食べたが、今は別にそうではない。変なものを食べて腹を壊すしたり、毒でも入っていたりしたら大変である。


「......これホントに食べられるのか?」

「大丈夫!......のはず」

「はずってなんだよ」

「アタシの知識が合ってれば、ってことよ。ま、そんな変な物じゃなかったはずよ」


 不確かさを重ねていくナイアの供述に若干の不安がありつつも、正直魔物肉ばかりの食にも飽きてきた間宮は、木から実を一つもぎ取る。冷たい重さが感じられるが、現実の果物と見た目も感触も殆ど同じである。意を決して間宮は実を丸かじりした。


「......美味いなこれ」

「でしょ!やっぱ言った通りだったわね」

「はず、って言ってただろうが。味はりんごに似てるし......ん?」


 そのまま実を食べ続けていると、何か変化を感じた間宮。


「ちょっと身体が軽くなった?なんだこれ」

「いやこれアンタの魔力が回復してるわね。それでそう感じるだけだわ」


 ナイアにそう言われると、確かにと思う間宮。階層主戦で散々消費された魔力が回復していくのが、腹の奥底で感じられた。そしてこれはチャンスでもある。今まで魔力の回復手段を持っておらず、魔水を探し回った間宮たちにとって、貴重な回復源となるものであった。


「ナイア、乱獲するぞ」

「了解よ!」


 それからというもの、間宮とナイアはそこら中に生えている低木に駆けつけては、生っている実を回収し続けた。島の端へと行く目標は頭の外へと放り投げられ、間宮は度重なる戦闘によって強化された身体能力を無駄に活かし、縦横無尽に駆けまわった。


「まだまだぁ!」








 しばらくしてようやく二人が立ち止まったころには、最初の島の殆どを巡り、目に付いた木の実を片っ端から回収してしまった。間宮の能力によって開かれる異空間には未だに余裕がある。とは言え当面は充分であると思われる量を確保したため、そろそろ戻ろうとしていた。


「体痛い......」

「張り切り過ぎよ!あんだけ走ったらそうもなるわよ」

「いや、魔水の代わりは重要だろ」

「そうだけども......はぁ」


 間宮が変なところで妥協をしないのは、今までの付き合いでナイアも薄々と感じていた。妙に頑固であると。無論、その性格によって十一階層に来れたのだから、ナイアから言う事は特になかった。それでも、もう少し間宮自身を労わってほしいと思わざるを得なかった。


「じゃ、移動するか」

「そうね、あとちょっとよ」


 既に間宮たちは島の端へと近づいている。振り返ると僅かに地形が傾斜していることが分かった。二人が出てきた扉は島の中央にあり、最も標高が高い場所にある。そこから少しずつ傾斜を降り、現在目の前には広い雲海と、次の島へと繋がる長い橋が架かっていた。橋は異常に太い木の根が複雑に絡み合って出来ており、見た目は非常に丈夫そうである。

 そうして進もうとしたその時である。突如目の前の空から光が差し込み、間宮とナイアの目の前にスポットライトのように降り注いた。


「何だ!?」

「アンタ、上!」


 間宮が上空へと目を向けると、人型の何かが降りてくるのが見えた。仄かなベージュ色のトガのようなものを身に付け、まるで神様が降臨するのかというような荘厳さを持って降りてくる。

 既に雰囲気から只者ではないことが間宮には理解できた。敵対することは得策ではないが、万が一のために全神経を集中させ、いつでも超能力を行使できるように準備をする。


「......」


 遂にその存在は目の前に降り立つ。くすんだオレンジ色の長髪は風に靡き、まるで神話の絵画から出てきたのかと思えるような整った顔とプロポーションの女性。しかしその翡翠の眼差しは無機質に間宮たちを射抜いていた。


『貴様達だな』

「話すのか、しかもこれって」

「念話ってやつよ。声じゃなくて、思っていることを伝える方法。でも、そんな高度なことをするなんて......」


 耳からではなく頭に直接言葉が叩き込まれる感覚に、間宮は顔を顰める。しかし、そんな余裕はどうやら無い様子である。


『置いていけ』


 その一言と共に女性が胸の前で祈るように手を組むと、そこに光が生まれた。光は徐々に強くなり、やがて直視できないほどにまで収束される。

 瞬間、言い知れない悪寒が間宮を襲った。


「ナイア!」


 収束された光は線となり、一瞬で間宮の眼前に迫った。

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神の試練の始まりです。 citrus @citrus07

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