後編 彼女の妄想と、ただひとつの答え

 私は、割と運命という言葉を信じてしまう性格だ。あの時のあれも、その時のそれも、結果的には運命に導かれたものだと考える。

 良いことも悪いことも、運命とするなら納得がいく。いちいち選択や判断に後悔はしないでも済む、そういうわけだ。

 だから、昨夜の失態も運命ということにしておきたい。是非ともそうしてくださいお願いだから。


 そう、やってしまったのだ。ちょうど一年前と同じようなことを。


 とはいえ、去年とは状況が大きく違う。私の住むアパートの床で眠る彼は、飲み友達ではなく大好きな彼氏だ。

 あの時の意味不明な告白を受け入れてくれた素敵な彼。私のわがままや、ちょっとした趣味にニコニコ付き合ってくれる優しい彼。なんというか、こう、夢のような一年間だった。


 たまたま今年の誕生日は土曜日だった。お祝いをしてくれると言うので、彼が決めたコースを堪能した。朝はずっと行きたかったパンケーキのお店、昼はちょっとだけ豪華なイタリアン。

 恋人になる前から、私が食いしん坊なことは知られていたらしい。恥ずかしいやら嬉しいやら。雑誌やテレビで気になるお店があると、いつの間にか行く計画を立ててくれる。たぶん私の彼氏様は世界一だ。


 夜は私からリクエストした。いつもの居酒屋に行ったあと、私のアパートで宅飲みがしたいと。やっぱり思い入れのあるお店で、楽しくお酒が飲みたいのだ。

 家に連れ込んだ後はむふふ、なんて考えていた。去年と違って、もういろいろがいろいろしてるから大丈夫なのだ。

 それともうひとつ、淡い期待というか妄想の域を出ないのだが、彼からプロポーズされたらどうしよう。などと頭の片隅で考えたりもしていた。

 しかし、私はやってしまった。居酒屋ですっごく楽しかったことは覚えている。軟骨の唐揚げと抹茶アイスを注文した後の記憶がない。


 気が付いたら、私のアパートの床で、彼の太ももを枕にしていた。もうわけがわからない。衣服は乱れていない。彼はそういう男だ。

 今となっては、私の誕生日はこうなる運命と思わざるを得ない。思うしかない。


 私はのっそりと体を起き上がらせる。ふらふらするし、頭も少し痛い。

 時間は朝八時。彼はまだ寝息を立てている。起こさないようにシャワーを浴びてしまおう。すっぴんを見られるのは慣れたけど、崩れた化粧は恥ずかしい。それに、髪もボサボサな気がする。


 洗面台の鏡を見ると、案の定酷い姿だった。彼にはどこまで見られてしまっただろうか。去年に続いた失態に、幻滅されてしまってはいないだろうか。

 とりあえずブラウスを脱ごうと、ボタンに手をかけた時、鏡に見慣れないものが映った。私の左手、薬指に銀色のもの。


「えええええええー」


 思わず大声を出してしまう。私の左薬には、シンプルな銀色の指輪がはめられていた。なんだこりゃ。知らないぞこれは。

 左手の薬指といえば、あれしかない。でも、彼は何も言ってなかった気がする。もしかして、酔っ払っている時か。

 私は更にやらかした気になる。消えてなくなりたいほど情けない。


「あー、起きたか」

「ひゃっ!」


 鏡に彼の姿。私は慌てて振り向いた。


「こ、こここここここれ」


 左薬指を指して、彼に確認しようとするけど、言葉が出てこない。

 そんな私を見て、彼はにんまりと笑った。そして、私の左手をとり指輪を外すと、再度はめ込んだ。


「こういうわけなんだ。俺と結婚してください」

「は? え?」


 私はいまだ状況が理解できていない。結婚って言われた気がする。


「あ、それはサンプルだから安心してくれ。オーケーもらえたら、ちゃんとしたのを買いに行こうと思って」

「あ、えっと、え?」


 やっぱり私は意味のない声を発することしかできない。なんだこれ。まだ寝てて夢を見ている可能性がある。


「本当はさ、昨日言うつもりだったけど、寝ちゃったからさ」

「あ、うん、寝た」

「なので、驚かそうと思って寝てるうちにこっそり、な」

「は、はぁ」


 驚かそうとした割には、サイズがぴったりだ。いつの間に測ったのだろう。


「それで、どうだろうか?」

「え?」

「プロポーズのつもりだったのだが」

「ふぁっ!?」


 だんだんと頭がはっきりしてきた時に、決定的なことを言われた。これはもう、夢でもなんでもなさそうだ。

 そして、答えはひとつしかない。


「よろしくお願いします」


 私は崩れた化粧とボサボサ頭で、彼の手を握った。きっとこの惨状と幸せは、運命なんだと思いながら。

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『運命』の捉え方 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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