17●補足:“カチューシャ”の訳詞の謎。

17●補足:“カチューシャ”の訳詞の謎。




 『同志少女よ、敵を撃て』には、1945年のケーニヒスベルク攻略戦でセラフィマが口ずさむ歌として、“カチューシャ”の訳詞が引用されています。(P444)


 “カチューシャ”って、明治か大正時代あたりの流行歌かな? 古い歌だなあ……と、読んだその時は思ったのですが、じつは全然そうではなくて、ウィキペディアによりますと……


……「カチューシャ」( Катюша)はソビエト連邦の時代に流行したロシアの歌曲である。ロシア帝国時代ではなく、ソヴィエト連邦スターリン時代の1938年に作曲された曲である。(中略)労農赤軍を称えた「ポーリュシカ・ポーレ」と同様、軍歌である。

……やがて1941年6月に「独ソ戦」が始まると従軍する兵士を称える歌となって歌われるようになり、代表的な戦時流行歌として定着した。


 ということで、まさに“独ソ戦”真っ最中であるセラフィマの時代では、最新流行トレンディの軍国歌謡だったのですね。納得!



 ただし、444ページで明鏡止水の境地のセラフィマが歌ったとされている日本語訳詞は、明らかに“関鑑子女史の翻訳”によるものです。


 しかし、ウィキペディアでは……


「現在日本で一般に知られている日本語詞は関鑑子による訳詞(1948年頃)であるが原詩の軍事色は一切省かれている。」


 とありますので、『同志少女よ、敵を撃て』の、1945年のケーニヒスベルク戦でセラフィマが歌ったのは、1948年頃に日本人の関鑑子女史が訳出“することになる”内容の歌詞ということになります。

 これはいささか、違和感があります。

 と言いますのは……


 まず、これでは1945年に、“1948年頃の日本語訳詞の内容”で、セラフィマが歌ったことになってしまいますね。まだ見ぬ未来の訳詞なのです。


 そして1948年の関鑑子女史の訳出では、“カチューシャ本来のロシア語の原詩”に込められた「国境警備に当たる若い兵士を故郷の恋人が思って歌う」という軍事色の濃い設定が省かれているからです。


 では、セラフィマはどのような歌詞を口ずさむべきだったかと言えば、TVアニメ『ガールズ&パンツァー』(2012-13)の8話にて、プラウダ高校の戦車団が雪原を爆走する場面で、登場人物のカチューシャとノンナが歌っている、あの原詩を直訳したものが正しいということになるかと思います。(「ロシア語の「カチューシャ」!」というサイト等で直訳版が紹介されています)


 セラフィマが歌うのは1945年の時点ですから、1948年版の訳詞はどこか大事なところで内容的に異なるように感じます。やはり「本来のロシア語の原詩」と同じ内容であって欲しかった……と思うのは、ヘソマガリな私だけでしょうか。



 その理由として……

 セラフィマはこの“カチューシャ”を歌いながら数名を射殺します。

 そこに「国境警備に当たる若い兵士を故郷の恋人が思って歌う」という原詩の趣旨が重なることで、セラフィマの銃弾が極めて皮肉な意味を込めて、逆説的に放たれたことが強調されると思うからです。


 “私はあなたを想っている。私はあなたを愛している。愛しているからこそ、裏切ったあなたを許せない!”

 

 ……そういうことではなかったかと、思うのです。



  【次章へ続きます】





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