15●補足:スナイパー腕比べ……セラフィマvsクルッカ(1)

15●補足:スナイパー腕比べ……セラフィマvsクルッカ(1)





 余談になりますが、セラフィマの狙撃手としての腕前を確かめてみましょう。

 セラフィマは1945年4月にケーニヒスベルクで戦った時点で「85人を殺して」きた(P406の13行目)と述懐しています。

 1942年11月の“魔女の巣”卒業から二年半でスコア85、凄い腕前ですね。


 その一方、美少女スナイパーの物語として、素通りできない一冊があります。


 『氷風のクルッカ 雪の妖精と白い死神』(以下『氷風』 著:柳内たくみ 氏、アルファポリス2012年6月6日初版)。


 1939年11月26日にソ連軍が一方的にフィンランドに宣戦して侵攻開始、翌1940年3月13日の停戦まで、ソ連とフィンランドの間で戦われた『冬戦争タルビ・ソタ』を舞台としています。

 ここで、17歳のフィンランド美少女スナイパーが素性を隠して参戦、“雪の妖精”の通り名で活躍する……というお話です。

 ただし作品では、フィンランドは“スオミ共和国”と、ですが、ソ連は“ニューヴォスト連邦”と改名して、あくまで架空世界のフィクションというスタイルを取っています。

 主人公の少女スナイパー、クルッカ・サムライネンが師匠と仰ぐのはフィンランドのカリスマスナイパー、シモ・ヘイヘ兵長(氷風P36の7行目)。

 実在の人物ですが、作品のフィクション性が明確にされていますので、読み手は“同姓同名の架空人物”と認識して、安心して納得できるようになっています。


 にしても、当時のソ連が2022年のウクライナ戦争とほとんど同じ要領で、手前勝手な自国の安全保障を理由にヤクザな言いがかりをつけて、圧倒的戦力で侵略を始めるあたり、歴史は本当に繰り返すものです。

 結果的にフィンランドは善戦、ウクライナ戦争のような西側からの援助がほとんど期待できない悪条件でしたが、甚大な損害をソ連軍に与えました。

 しかし結局、停戦と引き換えに国境近くのカレリア地方をゴッソリと割譲させられ、苦汁を飲むしかなかった……という歴史的背景があります。


       *


 さて、18歳(P15の3行目)のソ連少女スナイパー、セラフィマは閑村で鹿や熊を撃つ猟師です。

 その腕前は……

 距離百メートル。無風状態(同5行目)。初弾の一撃で母鹿の脳に命中させます。(P17の9行目)

 使用した銃は、単射式ライフルの“TOZ-8”。

 口径は5.7ミリ(P84後ろから4行目)。


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 一方、17歳(氷風P13後ろから5行目)の少女スナイパー、クルッカはサーミ人の猟師です。

 その腕前は……

 百メートル先の白樺の樹の枝から、撃ち落とせる細い枝を見極めて、初弾の一発で落とします。(氷風P31後ろから6~3行目、P35後ろから6行目)

 使用した銃は、モシン・ナガンのコピー版である“M28/30”。弾倉5発。

 口径は7.62ミリ。


       *


 セラフィマは百メートル先の鹿の頭部にピンポイントで着弾させ、クルッカの方は同じ距離ですが、直径7.62ミリの弾丸で落とせるほど細い枝を選んで命中させます。枝が太いと弾丸がかするだけで落ちない場合がありますから。


 さて、セラフィマとクルッカ、どちらの少女が、腕がいいでしょうか?

 主観の相違はあると思いますが、ワタシ的には、クルッカの方に軍配を上げます。



 じつは……

 セラフィマは照準眼鏡スコープを使っています。

 しかしクルッカはスコープなし、銃身の上部に付けられた鉄製の爪のような照星と照門を重ねて狙う照準器アイアンサイトを、裸眼で使っているからです。


 二人の違いは、それぞれの本の表紙イラストにはっきりと表れています。

 セラフィマは照準眼鏡スコープつき、おそらく銃は装填が半自動の“SVT-40”。

 クルッカは照準眼鏡スコープ無し、銃はおそらくモシン・ナガン系列の“M28/30”。


 『氷風……』の作品中でも、クルッカはかなり多くの場面で、照準眼鏡スコープ無しの射撃を披露します。

 使用する銃は、五発入り挿弾子クリップを交換するたびに照準眼鏡スコープを脱着する必要があり(氷風P411の4行目)、乱戦の渦中でそのまま銃身の照準器アイアンサイトだけで射撃することもしばしばだったようです。


 一般に、猟師としては、獲物を百メートルあまりの近距離で狙うことが多く、クルッカは高価な照準眼鏡スコープを使わずに猟をしていたと思われます。

 映画『スターリングラード』(2001)の冒頭でも、子供時代の主人公は猟師の祖父(?)とともに、照準眼鏡スコープ無しで射撃しています。

 猟師さんは通常、比較的距離の近い、100~200メートルあたりまでの射程で獲物を狙うことが多いようです。あまり遠距離だと、射止めた獲物が草木の陰やくぼみに落ちるなどして視界から見えなくなってしまったとき、探すのが大変でしょうね。だいたい、道も無い場所で命中させることになるわけですから。


 クルッカはもともと、200メートル先の毛綿鴨を一発で仕留める腕前(氷風P17の1行目)を有しており、実戦では、走り回る敵兵に射程400メートル程度まで照準眼鏡スコープなしで命中させます。しかし距離的にはそのあたりが限度のようです。(氷風P84の4~8行目)

 それ以上の距離は、照準眼鏡スコープが必要ということですね。


 セラフィマは“魔女の巣”の訓練で、腕を磨きます。

 「せいぜい百メートルで鹿を撃つのが精いっぱいだった技量は」「五〇〇メートル向こうの的を射抜けるまでに向上」します(P85の11~12行目)。

 もちろん、これは照準眼鏡スコープつきということです。


 セラフィマはそもそも、射程が百メートルの鹿射ち猟で、すでに照準眼鏡スコープを常用していました。(P16の11行目)

 百メートル程度なら、たいていの猟師は、クルッカのように照準眼鏡スコープなしで狙っていたと思われますが、セラフィマは照準眼鏡スコープを日常的に愛用していたわけです。


 理由はわかりませんが、鹿の頭部に寸分たがわず、ピンポイントで必中させることにこだわっていたのでしょう。

 鹿を苦しめずに、一瞬で葬り去るために。


 そして一般の猟師には珍しく、照準眼鏡スコープを使っていたことは、たぶん、イリーナがその銃を一目見たときに、興味をそそられたことと思います。

 照準眼鏡スコープつきの銃を、セラフィマが構えようとしたとき(P38最後の1行目)に……

 おそらくイリーナは気付いたのです。

 “この娘、精密射撃に熱心な奴だ”

 ……見所があるかもしれない、そう感じ取ったのでしょう。




   次章へ続きます。






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