13●戦場の謎(5):セラフィマの左手の不可解。彼女はマッチョな女ランボー!?

13●戦場の謎(5):セラフィマの左手の不可解。彼女はマッチョな女ランボー!?




 お話もいよいよクライマックス、第六章、要塞都市ケーニヒスベルクの戦いで、主人公セラフィマ自身に関する最大のハテナ? が生まれます。


 まずは、P436の1行目から、次ページのP437の1行目。

 ネタバレ防止のため、ここは作品の本文をお読み下さい。


 この場面、どう見ても不可解です。

 というのは……


 セラフィマの狙撃場面です。

 敵の城壁から味方の陣地までは300メートル。(P431の9行目)

 城壁と味方の最前線の間に掘られたフリッツの塹壕からセラフィマは狙撃します(同、13行目)ので、彼我の距離は300メートル以内です。推定200メートルくらいでしょうか。

 彼女の腕なら目標に間違いなく着弾できるでしょう。

 ただし……


 セラフィマはこのとき、数十キロの重さの物体を塹壕の上へ持ち上げて動かしながら、その物体を手放すや瞬時にスコープで敵を視認、その手で狙撃銃の引金ひきがねに指をかけて正確に射撃しています。(P436の最後の行)


 これは、重労働すぎるように見えます。

 というのは、このときセラフィマは、左腕が麻痺して使えない(P438の12~17行目)からです。

 数十キロの重量物を持ち上げて降ろし、狙撃銃を構えて照準し、引金ひきがねに指をかけて発射するまでのシークエンスを、右腕一本だけで、しかもほぼ同時に超特急でこなさねばなりません。


 ピストルでなく、ライフルです。

 片腕で、できるのか?


 説明はあります。P433の3~6行目で、彼女は傷ついた左手に巻いていた包帯をほどいて、狙撃銃の銃身をくくりつけます。とはいえ、痛みを感じないほどに麻痺している(P438の14~16行目)ので、力は入らないでしょう。ひじから先はダランとした状態ではないかと思うのですが……


 かりにそれで可能だとしても、セラフィマにはランボーさん並みにマッチョな体力と体格が必要なのでは……いやまあ、彼女がラノベな魔法少女だったら全然オッケーなのですが。

 やや、疑問を残しながら、そんなことを思います。


 この狙撃シーン、映画『スターリングラード』(2001)のラスト近くで、カリスマスナイパーのザイツェフが、親友のダニロフの献身によって最後の一弾を放つことになる場面と重なります。それぞれ事態の推移が異なりますので、比較してみると面白いでしょう。


       *


 ちなみに、セラフィマの左手には、さらに謎が残ります。

 「敵には仕草で左手を印象づけて」(P438の15~16行目)とありますが、この“仕草”がどのようなものだったか、具体的に知りたいのです、読者としては。

 ここが、セラフィマのクライマックスの伏線として、極めて重要なのですから。


       *


 さて続いて、この狙撃場面の直後に……

 セラフィマは、Kar98kというドイツ軍のボルトアクションライフルを手に入れて使用します。(P441の後ろから7~6行目)

 その銃の装弾数は最大5発ですが、ドイツの狙撃兵がすでに一発発射(P436の9行目)していますので、残りは最大4発です。

 そしてセラフィマは、要塞の二階から前の道路に向けて、あるものを複数回狙撃します。(P444の1行目から8行目)

 「引き金を絞り、ボルトを引いて弾丸を装填して、銃弾を次々放った」(P444の8行目)とあります。ここで3発、使ったのでしょう。

 というのは、彼女はそのあとすぐに、もう1発、発射しているからです。(P445の後ろから3~2行目)それがおそらく最後の一発だったということです。


 弾の数はそれで合います。

 しかし、気になるのは……

 彼女が手に持つ銃、Kar98kは、弾丸の装填がボルトアクション方式ということです。(P441の後ろから7~6行目)

 すなわち彼女は、少なくとも3発目、4発目、5発目の三つの弾丸を、銃身手前のレバーをがっちゃんと引くボルトアクションで、装填したことになります。


 しかし、彼女の左腕は、ほどいた包帯を巻きなおした状態(P492の後ろから5~4行目)ですが、麻痺したままで、全く使えません。

 ボルトアクションの装填は、通常、左腕で銃身をホールドして、右手でレバーを操作しなくてはなりません。

 右手一本だけでは、ちょっと無理ではないでしょうか。


 ということでフシギなほど超人的な能力を、セラフィマ嬢は発揮しているのです。

 左手は、痛みを感じないほど麻痺しているので、腕を曲げることも、指を曲げることも困難であると思われます。

 P443の2行目で「左手に感覚が戻り」とありますが、「手首を貫かれた自分の左手は、もはや正常には機能していない」(P433の3~4行目)ので、手首を何かで貫かれた状態で感覚が戻ったら、気が狂いそうな激痛かと思います。


 やはり、不可解です。


 ここを、どう説明するのか……


 ひとつは、後半のドイツ銃Kar98kを発射する場面では、イリーナが近くにいるので、イリーナが寄り添って手を貸し、ボルトアクションのレバー操作を行ったと解釈することができなくもありません。

 そんなことなら最初から、両腕が無事なイリーナが撃てばいいのですが。

 しかしここは二人の関係です、“一緒に、撃とう”とかイリーナが愛を込めてささやき、二人で指を重ねて発射する。

 イリーナの右手の指には一部に欠損があり、それでも銃は見事に発射できていたということですが、それならなおのこと、“二人でひとりになって”狙撃する、という、実に印象的な場面が展開したことでしょう。


 そうすることで、“罪を二人で分かち合う”という、甘美で宿命的な百合シチュエーションが演出できたかもしれません。


 しかしそれは本文に描かれておらず、読者の推理にまかされています。

 ここはやはり、説明が欲しかったなア……


 なんかこう、ミステリーとしては、謎解きがスッキリしない感じが残るのです。


       *


 ただ、『名探偵コ●ン』みたいなレベルで、つじつまの合う謎解きをしますと……

 “一人ならできなくても、二人ならできる”ってこと、ありますよね。

 セラフィマが二人いたら、この“不思議な左手”の疑問は氷解します。


 そうです、セラフィマはそっくりの双子だったのです。

 双子なのですが、同時に同じ場所に現れないようにして、一人としてふるまっていたのです。

 生い立ちはケストナーの『二人のロッテ』方式として、それぞれ別々に狙撃手にスカウトされ、“魔女の巣”で出逢ってビックリ、あまりのそっくりぶりにイリーナに見込まれて、“二人なのに一人に見せる”双子スナイパーとして暗躍していたのです。

 そのことはずっと国家機密だったのですが、とうとうお話のラスト近くになって正体を現しました……というカラクリはいかがでしょうか?

 セラフィマ1号とセラフィマ2号が行動していれば、左手が使用不能になっても、随時、相方あいかたが現れてサポートすればいいわけです。

 コードネームは“アサルトジェミニ”!


 ラノベだなあ。これでは文学賞がもらえませんね。


       *


 さてしかし、もうひとつ、大きな謎を残すのは、セラフィマの仇敵となるドイツ軍の狙撃兵、H氏です。

 この人、実はセラフィマ以上に、強烈な印象を残しました。

 その、あまりにも可哀そうな姿に……

 しかも、P4の“登場人物”に意味深なミステリーを加えています。

 詳しくは次章で。






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