12●戦場の謎(4):ウラヌス作戦のちょっと不思議な戦車戦。

12●戦場の謎(4):ウラヌス作戦のちょっと不思議な戦車戦。




 すみません、この章は重箱の隅をつつくような、細かな指摘になるのですが……

 何事も気に掛ける、みみっちい性格ゆえ、何卒お許し下さい……


 スターリングラードの戦いの前座ともいえる“ウラヌス作戦”。

 セラフィマの同僚の狙撃手アヤが、ソ連軍の対戦車ライフルで敵戦車と対決します(P169~172)。カッコいいぞ!

 わずか4ページとはいえ、緊迫感ではピカイチの注目シーンです。


 敵戦車はLT-38、チェコ製、主砲は37ミリ口径。

 10トンクラスの軽戦車(重戦車ティーガーⅡはなんと70トン)で、車体のサイズは左右2.15メートル、前後4.56メートル。

 内部のキャビンは推定で左右1.5メートルくらい、前後2メートルくらいでしょう。

 ちんまりとした軽自動車サイズです。

 とはいえ、歩兵からみると装甲を纏った怪物、恐るべき相手です。

 前面装甲の厚みは50ミリで、対戦車ライフルでは撃ち抜けません。

 側面は30ミリなので、ギリギリ撃ち抜けるかも、とされます。

 しかし敵戦車はこちらに正面を向けて突進してきます。


 対戦車ライフルで狙うのは、操縦席の“のぞき窓”です。

 ここは、操縦士が前方を見るための「高さ10ミリ、左右15センチ」(P169の後ろから6行目)の小さなスリット孔で、その内側には防弾ガラスが固定してあります。 その奥に操縦士の顔があるわけです。

 なお、戦車の操縦士が前方を視認する仕組みは、“のぞき窓”方式と“潜望鏡ペリスコープ”方式があり、ペリスコープ方式は文字通り潜望鏡を使います。

 操縦士の前面は装甲板で守られ、操縦室の天井から平べったい潜望鏡を出して外を見ているわけですね。

 この潜望鏡は、敵の射撃などで壊されたら、その部品ごとそっくり交換すれば済むので、操縦士にとってはより安全です。近代的な戦車はたいていペリスコープ方式で、“のぞき窓”は例外的です。

 本文中では「のぞき窓ペリスコープ」(P169の後ろから6行目)と、両者を混同した表現があるので、ちょっと混乱しますが、LT-38戦車は“のぞき窓”方式です。

 なおP174の3行目以降で「車長用キューポラのペリスコープ」を狙撃していますが、前述したように、ペリスコープを銃弾で破壊しても、その下方にいる敵の乗員にダメージを与えることはもともと困難でしょう。



 アヤが操る対戦車ライフルはデグチャレフPTRD1941。

 28万挺も製造された名銃です。

 有効射程は1500メートルで、このたびの敵戦車との距離は百メートル。

 本文中では「一〇〇メートルもある」(P169の後ろから10行目)と書かれていますが、戦場では至近距離、目と鼻の先です。


 そこでアヤは対戦車ライフルの初弾を、“のぞき窓”に見事命中、防弾ガラスを破壊して操縦席へ貫通させます。(P170の4行目)やったぜ!

 しかし砲塔内の砲撃手がまだ生きていて、砲塔を回転、主砲をこちらに向けます。(同、8行目)


 ヤバいぞ、さあ、どうするアヤ!


 ここからは『同志少女よ、敵を撃て』の本文をお読み下さい。アヤは神業的な技量で、敵戦車に……


 ということですが、同時に私は思いました。

 手の込んだ高等射撃をしなくても、たった今、破壊して穴をあけた“のぞき窓”を狙って、同じところにもう一発、撃ち込めばいいのでは?

 車内は鉄板に囲まれた、軽自動車並みの狭い空間です。

 対戦車ライフルの弾丸は、狙撃ライフルのほぼ二倍の直径、14.5ミリ口径という大型弾です。威力は段違いにエグい。

 これが戦車の中に飛び込んで、弾頭が破砕して飛び散っても、あるいは鉄板に囲まれたキャビンの中を瞬時にメチャクチャ跳弾しても、砲撃手や装填手などの乗員はまず全員、ぐちゃぐちゃに切り裂かれておしまいです。

 あるいは、“焼夷徹甲弾”という弾種があるので(P171の4行目)、それを撃ち込めば百%火の玉だったはず。


 そう思ったのですが、アヤは違う方法をとりました。

 まあ、趣味の問題と言えばそれまでですが……

 具体的には、『同志少女よ、敵を撃て』の本文をお読み下さい。


 本文では生き残った乗員がひとり、「側面ハッチから飛び出し」(同、13行目)たとありますが、LT-38戦車は小型で、たしか側面ハッチは無かったと思います。

 当時のドイツ側戦車で側面ハッチがあったのは三号戦車か四号戦車。 

 ガルパンの四号戦車とイメージがダブったのかもしれません。それとも最初の原稿では三号戦車との対決を前提にしていたところ、あとからLT-38戦車に変更して、書き直されたのかもしれませんが……。

 でも、作品はフィクション(P494)なので、一応、問題ありませんね。

 失礼しました……


 以上、重箱の隅をつつかせていただきました。

 作者様、ごめんなさい……


       *


 さて、対戦車狙撃は、映画『ロシアン・スナイパー』(2015)にも、迫真の場面があります。

 こちらは対戦車ライフルではなく、狙撃用ライフル。

 ボルトアクションで、形を見れば、たぶんモシン・ナガン系列でしょう。

 主人公のリュドミラ・パヴリチェンコ嬢は、スコープで、ドイツ戦車…たぶん三号戦車…の“のぞき窓”を狙います。

 もちろん対戦車ライフルのような威力はないので、ハンマーで叩くように、同じ箇所をピンポイントで一発、二発とひびを入れて三発目で……


 いや、こちらも凄い神業の場面です。

 さすがカリスマスナイパー。

 必見ですよ。



       *


 なお、スナイパーvs軽戦車の戦いは、『氷風のクルッカ 雪の妖精と白い死神』(著:柳内たくみ 氏、アルファポリス2012)にも描写されています。

 こちらは、あくまでフィクションとされていますが、モデルになったのは1939年の冬に勃発した、フィンランドとソ連の“冬戦争”。ちなみにこれは、超大国ソ連が弱小国フィンランドにヤーさん的な因縁をつけて、一方的に攻め込んだ侵略戦争です。

 21世紀の2022年になっても、歴史は繰り返すものですね。


 ここではソ連の軽戦車T-26に、フィンランドの狙撃兵と、対戦車ライフル隊が挑みます。(同書P361~364。2012の初版本による)

 T-26はLT-38戦車よりもほんのひと廻り大きいですが、車体の装甲は前面も含めて25ミリ以下とされ、対戦車ライフルにボカッ、ボカッと当てられてへこむ場面など、リアリティが素晴らしいです。

 車体前面の操縦席の前の小さな“覗視孔てんしこう”をカリスマスナイパーが狙うなど、緊張感あふれる名場面も。

 『同志少女よ、敵を撃て』と比較して読むと、戦場のイメージが、より膨らむと思います。


 こちらもぜひおススメですよ!  




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