09●戦場の謎(1):なぜか、肝心なところを隠された引用文。

09●戦場の謎(1):なぜか、肝心なところを隠された引用文。




 『同志少女よ、敵を撃て』の各章冒頭には、当時の戦争を描いたノンフィクション作品からの引用文が掲載されています。

 その中でひとつ、とてもとても気になったのは、第二章冒頭の、『ミリタリー・スナイパー 見えざる敵の恐怖』からの引用文。(P45~46)

 お値段が相当にお高い本でもあり、私はまだ読む機会に恵まれておりません。

 それだけに、注目。


 引用されている箇所は、1941年にソ連に攻め込み、モスクワを目指して進撃するドイツ軍人のレポートです。

 進軍中にソ連軍の狙撃兵にやられて、多数の犠牲者を出してしまう。

 どうやら狙撃兵は、あの高い樹に登って隠れているらしい。

 その対抗策の戦術について語られた引用文なのですが……


 気になるのはここ。

「彼の計画は驚くほど容易に運び…(中略)…ロシア兵がバタバタと袋のように木から落ちてきた」(P46の3~4行目)


 この「…(中略)…」って、何が書かれていたんだろう?

 一度気にかかると、ずーっと気になります。

 ここで、大きな樹に対して何らかの攻撃を行って、ソ連の狙撃兵たちを一網打尽にしたということですが……

 嗚呼、ここんところ、「…(中略)…」にしないで、ちゃんと全文を掲載して欲しかったなァ。

 読者として、一番知りたい部分じゃないですか。

 だって狙撃兵にとって、こんなことされたらイチコロで全滅じゃないか……という「それをやられちゃおしめエよ」な、一番イヤな戦術を取られたのでしょうから。

 いわば、セラフィマの天敵みたいな戦術が、ここに書かれていたはずなのです。


 作者様、隠さずにおいて下さいよ。

 物凄く、気になってしまうじゃありませんか。

 しかも、そうそう気軽に買えないお値段の本からの引用です。

 申し訳ないけれど、私は未読です。



 そこで、ミステリーです。

 なぜ作者様は、この対スナイパー戦術の成功例を、「…(中略)…」として、読者の目から隠されたのでしょうか?


 意図的に隠されたことは、間違いありません。

 ちょっとイジワルかもしれませんが、読者に対して、“謎かけ”をしておられるのではないかと思います。

 なぜならば、単に“ソ連軍に女性スナイパーが数多くいた”ことを伝える(P46の5行目)だけならば、この対スナイパー戦術について語った部分、P45の6行目の「フランツ・クラーマーは」からP46の5行目までをスパッと割愛していいからです。


 つまり作者様は、この2ページにわたる引用文の中で、フランツ・クラーマーの見事な(けれど残酷な)対スナイパー戦術があったことを読者に示し、かつ、その戦術の中身は先述の「…(中略)…」として、わざと隠されたと考えられるのです。


 なぜか、思わせぶりに、対スナイパー戦術の部分だけが隠されている。

 ミステリーです。

 むしろ読者に向けて、“この部分を想像してごらんなさい”……と言わんばかりに。


       *


 こうなると、取り敢えずは、想像するしかありません。


 おそらく、スナイパーたちの潜む大樹の数百メートル圏に装甲車でも持ってきて、車載の重機関銃(映画『フューリー』でブッ放していた、砲塔上の12.7ミリブローニングみたいな)でもって、ダダダダダダダダッと連射、樹をまるごとハチの巣にしてしまったのではないでしょうか?


 隠れ場所がバレてしまったら、狙撃兵の命運は尽きてしまう、という悲劇です。

 バレたらすぐさま移動して陣地転換しなくてはなりません。

 逃げられない場所にのんびり居座ることは、死を意味します。

 『機動戦士ガンダム MS IGLOO2』のDVD第一巻で、逃げ場のないタワーの上に陣取ったアンチMSミサイルの兵員が辿った運命と同じですね。


 そのように考えるのですが……


 とすると、作者様は何らかの理由で、“重機関銃の連射でスナイパーの樹をハチの巣にしてしまう”といったたぐいの戦術を、読者に知られたくなかったことになります。

 “読者の皆さん、想像するのは自由だけど、ここではあえて解答を出しませんよ。自分でお考え下さい”と……

 そんな雰囲気を感じます。

 何故でしょう?


       *


 で、その点が不可解なまま読み進めて、さあいよいよ、セラフィマたちがスターリングラードの激戦地に到着したとき……(P202の最後の1行以降)


 なんとなく、理由がわかりました。


 一つの回答が、スターリングラードにあったのです。


       *


 スターリングラードの戦いは、1942年6月28日に始まり、翌年の1943年2月2日に終わったとされます。

 独ソのスナイパーが結集してしのぎを削ったのは、都市がほぼ廃墟の状態に破壊された、冬の季節のことです。例えたくはありませんが、まるで2022年4月のウクライナ戦争の、マリウポリの街のような恐ろしい光景です。

 ここではソ連軍の男性カリスマスナイパー、ヴァシリ・グリゴーリエヴィチ・ザイツェフ(1915~1991)が伝説を残しました。

 彼は「1942年11月10日から12月17日までの間に225人のドイツ軍将兵を倒している」(ウィキペディア)のであり、その後、2001年のハリウッド映画『スターリングラード』で彼の狙撃の神業や、その一匹狼な生きざまが、フィクションを交えてドラマチックに描かれました。この映画、必見です。

 『同志少女よ、敵を撃て』の作者様としては、狙撃のレジェンドが誕生した象徴的なこの戦場でこそ、セラフィマを活躍させたかったはず。

 映画『スターリングラード』では、当時の、破壊を尽くされた市街の風景が緻密なセットで、当時の記録写真の通りに再現されています。この市街風景は、そのまま、セラフィマたちの狙撃戦闘に最適であり、歴史的にもあまりにも有名であることから、避けて通れない戦いの舞台ということだったのでしょう。



       *


 さてそこで、セラフィマたちが陣取ることになる現地のアパート。

 そこがまた、何とも言えないファンタスティックな不思議アパートで……

 

 次章に続きます。




※作者注20230819:

読者様から、この引用文につきまして、“「彼の計画は驚くほど容易に運び…(中略)…ロシア兵がバタバタと袋のように木から落ちてきた」という記述は「ミリタリー・スナイパー」の原文そのまま(つまり原文の時点で中略になっている)”とのご指摘を賜りました。

あ、そうだったのか、想定外でした。「(中略)」まで引用されていたとは。

これはしたり、失礼いたしました。

『ミリタリー・スナイパー』は近隣の県立図書館にも置いてなくて、私には未読のままでした。てっきり問題の引用文の「(中略)」は『同志少女よ、敵を撃て』の作者さまが引用文の一部を略されたものと思ってしまいました。

とはいえ、私のように『ミリタリー・スナイパー』を未読の人は多いと思いますし、私と同様の誤解をなさった方も多々おられることと思います。通常、引用文の中に「(中略)」とあれば、「引用した人が原文の一部を略した」と受け取られても仕方がないでしょう。

それはそれとして、「(中略)」という「あえて伏せられた部分」がありながら、そのまま引用されたことには、そこにやはり『同志少女よ、敵を撃て』の作者様の深謀遠慮があったのではないか、と考えてしまいます。

つまり、「(中略)」という「あえて伏せられた部分」にこそ、大切な意味があるので、読者の皆さん、そこに注目して内容を想像していただきたい……という意図があったのではないか、ということですね。まるで読者に、“穴埋め問題”を突き付けるかのように。

だってこの「(中略)」の部分こそ、“原文のまま”だとしても、引用文の中で最も肝心な情報が秘められていると想像されるわけですから。


「(中略)」の謎は尽きませんね。


それにしても、『同志少女よ、敵を撃て』は、つくづく謎と混乱のミステリー作品ではないかと思わずにおれないのです。






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