10●戦場の謎(2):ハテナが一杯スターリングラード…不思議アパートと重機関銃

10●戦場の謎(2):ハテナが一杯スターリングラード…不思議アパートと重機関銃




 激戦地スターリングラードの戦場で、イリーナとセラフィマが訪れたのは、「ソ連の工業都市のアパートとしては平凡な一室」(P205の後ろから2行目)。

 部屋は「八階」(P205の後ろから6行目)にあり、現地の市民兵が守っている。

「窓には、12.7ミリが据え付けられて」いる。(P206の3行目)

 そこで、敵の狙撃兵を発見します。

 その隠れ場所は「距離六〇〇」メートルにある「給水塔」(P247後ろから3行目)。給水塔の高さは「四五メートル」(P255の4行目)。

 敵の射撃を視認したソ連市民兵は、8階の窓から給水塔に向かって12.7ミリの「機関銃」を「乱射」しますが……(P248後ろから5行目、P249の三行目)


 それだけで敵狙撃兵を仕留めることはできず、アパートの8階をアジトにして、イリーナとセラフィマの戦いが始まります。

 狙いは、地上45メートルの高さの給水塔のてっぺんに陣取る敵狙撃兵。

 イリーナとセラフィマは、自分たちの射撃拠点を、「目標から、八六〇メートル」の位置にある、路面の「マンホール」に変更します。(P252の14~17行目)

 その理由は……

 アパートから狙うと目標までの距離は600メートルですが、あえて、距離860メートルという遠くのマンホールから狙うことで「射撃距離を長く取ることによって仰角を抑え」るためだと説明されます。(P253の7行目)


       *


 ここで、第一のハテナ? です。


 当時、激戦中のスターリングラードに、「8階以上のアパート」と「高さ45メートルの給水塔」は存在したのでしょうか?


 記録写真など見る範囲では、どの建物もかなり壊されていますが、概ね4~5階が多く、1フロア3メートルとして、高さ15メートルほどが普通のようです。

 簡易的に要塞化して、ドイツ軍の攻撃でボコボコにされながら二か月間耐え抜いたことで名所となった“パヴロフの家”も4階建てです。

 理由のひとつは、庶民のアパートではエレベータがなかったからでしょう。

 (ニッポンの戦後の団地も、エレベータなしで5階まででしたね)

 エレベータがあるとしたら、高級ホテルか高級百貨店か高級官庁ではなかったでしょうか。

「ソ連の工業都市のアパートとしては平凡な一室」としては、8階以上あるのは、ちょっと不自然ではないかと思われます。


 とすると、“高さ45メートルの給水塔”も、存在が危ぶまれます。

 概ね4~5階で、高さ15メートルほどの建物が廃墟化した街並みの中で、“8階以上の高さのアパート”と“高さ45メートルの給水塔”が、ニョッキリと突き出して自立している、という、とても目立った風景になるからです。


 そうなると、どちらも格好の攻撃目標。

 敵に占領されて射撃拠点にされては困るので、敵味方双方から砲撃を受けて、早々に崩れ去っているでしょう。

 それが難攻不落で、すっくと建っている。

 なんだか、不思議アパートと不思議給水塔ですね。

 あ、もちろん『同志少女よ、敵を撃て』はフィクションですから、存在していても間違いではありません。素人読者の素朴な“ハテナ?”の一つとしてご容赦下さい。



       *


 そして、第二のハテナ? です。


 アパートの8階は、高さ22メートルくらいですか。その窓から距離600メートル、高さ45メートルの給水塔に潜む敵狙撃兵に向けて、12.7ミリの「機関銃」を「乱射」していますが……(P248後ろから5行目、P249の三行目)


 アパートの8階(推定22メートル)からみて、高さ45メートルの給水塔のてっぺんを狙うのは、単純化すれば、126のに近い角度になりますね。

 見上げるほどの仰角ではなく、視覚的には“チョイ上”程度の感じ。12.7ミリの「機関銃」で問題なく射撃できる角度といえるでしょう。


 ここに登場する12.7ミリ機関銃は、たぶん“DShK38重機関銃”でしょう。ランボーさんの『怒りのアフガン』に実物が出ているそうです。

 発射速度は一分に600発とか。射程距離は手元にデータがないのですが、同時期のアメリカさんの、同じく12.7ミリ口径のブローニングM2重機関銃ですと、設計上の発射速度は一分に450~600発と、まあ同じで、有効射程は2000メートルとされています(ウィキペディアより)。

 最大射程は六千メートル以上になりますから、流れ弾にはメッチャ注意しなくてはなりませんね。自衛隊さんの演習で、遠くの民家に着弾したりしたら大変ですから。


 ということで、目標の給水塔まで距離は600メートルですから、12.7ミリ機関銃なら、楽勝で弾が届きますね。

 しかも一分600発で、ダダダダダダタダタッと撃ち出します。

 そう、これはおそらく、作者様が第二章の冒頭で引用された、

「彼の計画は驚くほど容易に運び…(中略)…ロシア兵がバタバタと袋のように木から落ちてきた」(P46の3~4行目)

 その戦術と同じ光景ではないでしょうか。

 給水塔はたちまち着弾で穴だらけになり、断片やら破砕された粉塵やらがはじけ飛びます。

 最初は狙いを外しても、ビルの壁面やら給水塔の支えなどがバンバン弾けて目に見えますので、すぐ弾道修正ができるでしょう。

 破壊力、凄いです。12.7ミリって、口径が狙撃ライフルの1.5倍、それが一秒で10発も叩き込まれるのです。

 給水塔は、数秒で、ハチの巣状態。

 敵狙撃兵は一巻の終わり……となったはずです。

 しかし物語では、そうはなりませんでした。

 詳しくは『同志少女よ、敵を撃て』をお読み下さい。


 ということで、第二のハテナ? は、“12.7ミリでケリがつかなかったのは、なぜ?”でした。


 思いますに……

 作者様が、第二章の冒頭の引用文で……

「彼の計画は驚くほど容易に運び…(中略)…ロシア兵がバタバタと袋のように木から落ちてきた」(P46の3~4行目)

 と、肝心な部分を「…(中略)…」にされたのは、狙撃兵の隠れ場所が露見して、そこに12.7ミリ重機関銃が出てきたら、お話が終わってしまう……という理由ではないでしょうか?

 ヤマトの波動砲、亀仙人のかめはめ波、2022年のプー●ンさんの核兵器みたいなものですね。

 “そいつを出しちゃァおしめエよ”みたいな、一種の禁忌アイテムです。

 物語の最初近くで、スナイパーの天敵の必殺兵器なんか出してしまうと、なによりも読者にとって、そのあとが楽しくありませんから……




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